2020年シーズン冒頭に発生したコロナ禍による影響で、多くのクラブは経営面で大きなダメージを被る結果となりました。
特にリモートマッチ(無観客試合)であったり、密を生じさせない観戦環境の徹底などは、これまでのクラブの経営スタイルを大きく転換せざるを得ない外部環境になっていますが、このような環境だからこそ、改めてJリーグやJクラブが生み出す価値について考えてみたいと思います。

※当記事はJリーグ マネジメントカップ2020調査レポートに掲載した内容を一部改訂して転載しています。

財務的価値と社会的価値

突然ですが、「クラブが生み出す価値」にはどのようなものがあるでしょうか。

一般的にクラブは継続的な経済活動に基づき事業を実施する事業体と位置付けられるため、基本的にクラブの生み出す価値は、経済的尺度によって測定・評価されるのが一般的です。

例えば、入場料収入、放映権収入、パートナー(スポンサー)収入、物販収入といったクラブ経営上の基本的な収益は、提供される役務やライセンス、商品の取引といった経済活動に裏付けられて生み出されるものであり、その取引の対価としてやりとりされる貨幣価値によって測定・評価が可能です。これらは財務的価値と呼ばれ、基本的には取引の対価として可視化される性質のものになります。

JMC(Jリーグマネジメントカップ)でもこれらの財務的価値をベースとしたビジネスランキングを作成しているところではありますが、一方で、クラブが生み出す価値というのは、この財務的価値だけなのでしょうか。そうではないことを、このコラムを読んでいただいている読者の多くが理解しているものと思います。それをここでは、社会的価値として説明したいと思います。

社会的価値は、ここではシンプルに、「何らかの事象や活動(アクティビティ)によって生み出される付加価値」であると考えると分かりやすいかと思います。例えば、スポーツによって生み出される付加価値は、上記の財務的価値以外にも、以下のようなものがあるとされています。

これらの社会的価値はこれまで、受益者に対するアンケート調査や、検診や測定によるデータにより、定性的には把握されてきました。そのため、個人や社会に対してスポーツというコンテンツがポジティブな影響を多く生み出していることについては、それほど議論の余地がないところです。

しかしながら、これらの効果は定性的にしか評価できていないというのが現状です。本来であれば、スポーツコンテンツの生み出す社会的価値は非常に大きく、広範に影響を及ぼすものであり、財務的価値の何倍もの価値を生み出している可能性があります。

例えて言うなら、スポーツコンテンツの生み出している価値のうち、財務的価値として認識・可視化されているものは氷山の一角にすぎず、海面下に隠れている氷山の本体部分にあたる社会的価値は、存在自体は認識されているものの海上からは見えていないため、測定ができない(可視化されていない)状況になっていると考えられます。

そのため、投資効率の呪縛から逃れられない株式会社などでは、スポーツコンテンツへの投資を決める社内の意思決定を行う会議体(取締役会や投資委員会など)において、その定性的情報のみで投資判断を行うことは一般的にかなりハードルが高いものになってしまっています。これは、日本スポーツビジネス業界の構造的課題といえます。

SROI(Social Return On Investment)とは

そこで、日本スポーツビジネス業界の構造的課題となっている社会的価値の可視化という観点からその手法を整理してみると、以下の通りいくつかの手法があります。

このうち、社会的インパクト評価については、何らかの活動が生み出す価値を金銭的価値で表すことが可能な手法で、現在主流の評価手法となりつつあります。なかでも我々が構造的課題を解決する有力なソリューションの1つになり得るものと考えているのは、SROI評価という手法です。

SROI評価は、社会的インパクト評価手法の1つであり、「事業実施により生じる社会的・経済的・環境的変化を、市場価値に当てはめて貨幣価値換算することで、変化の価値を定量的に可視化する評価手法」です。

具体的には6つの評価ステップを経て実施していくことになりますが、ステップ2のロジックモデルの作成と、ステップ3のデータの分析・評価がポイントになります。つまり、ロジックモデルの検討により、特定のアクティビティが生み出す効果(アウトカム)をロジカルに定義し、そのうえでアウトカムの性質に親和性の高い金銭代理指標をもって、アウトカムを貨幣価値換算して可視化する、という手法になります。

そしてこのステップを、第三者機関などを活用しながら極力恣意性を排し、客観的に評価することができると、ある特定の事業活動が生み出す社会的価値のインパクトを金額ベースで評価できるようになるため、企業が投資をする際の意思決定の根拠として活用することが期待できます。

そうなれば、社会的価値を生み出す活動に対する企業の投資が今まで以上に促進されることとなるため、スポーツコンテンツが生み出す社会的価値をより大きく、かつ安定的なものにしていくことが可能となると思われます。

Jリーグ×SROI

スポーツコンテンツが生み出す社会的価値の可視化を推進していくことは、Jリーグやクラブにどのような影響をもたらすでしょうか。

クラブにとって社会連携活動(シャレン!)は、Jリーグの百年構想の理念の実践活動でもあり、Jリーグやクラブが社会的に認められるための重要な活動となっていますが、残念ながら現時点ではその活動が生み出している社会的価値のインパクトについては可視化されていない状況です。

そのため、クラブが社会連携活動を実施する際の活動原資は、入場料収入、放映権収入、パートナー(スポンサー)収入、物販収入といったクラブ経営上の基本的な収益から捻出する形で確保されていることが多く、クラブによってはその原資が十分に捻出できないため、活動の内容や規模がスケールしにくいのが状況になっています。

ここで、クラブが継続的に実施している社会連携活動が生み出している社会的価値を、SROIの手法によって可視化できれば、社会連携活動が生み出している付加価値を客観的に把握することが可能となります。そして協賛企業にとっては、社会連携活動から生み出される社会的価値の規模に応じた活動への適正投資金額の判断も、より客観的に実施することが可能となります。

結果として、各クラブが実施している社会連携活動に特化した協賛企業として参加する、といったマッチングを生み出す契機にもなり得ると考えられます。

もちろん現時点においては、スポーツビジネスにおけるSROIの活用実績はまだ少なく、直ちにSROIを客観的な指標として活用できる環境にはなっていないのが実情ですが、コロナ禍を契機として、スポーツコンテンツホルダー側、協賛企業側双方においてスポーツの価値の見直しの動きが活性化してきています。

特にJリーグの社会連携活動は、ようやく日本でも市民権を得られるようになってきたSDGs・ESG投資につながる活動であり、さらにいえば、その先のWell-Being社会の実現にも通じる活動でもあります。その意味でも、そこから生み出される社会的価値の可視化に向けた取り組みは、避けては通れないテーマであると考えられます。

Jリーグには、ぜひ他の競技団体に先駆け、スポーツビジネス界におけるSROIのスタンダードとなるようなケーススタディを積み上げ、それを展開していっていただきたいと思います。その活動自体も、Jリーグの新たな社会的価値の創出につながるものになるはずです。

DTFA Times編集部にて再編