ファン・サポーターとクラブとの接点の変化
DTFA Times編集部にて再編
休日のレジャーとしてスタジアムに足を運び、迫力ある選手のプレーやファン同士が作り上げる一体感のある応援を楽しみ、スタジアムグルメやイベント企画を存分に楽しめたこれまでの「観戦体験」はコロナ禍によって一変しました。
現在(2021年8月時点)は、観客数5,000人もしくは収容率50%以下での開催を余儀なくされている地域、試合中の声を出しての応援を禁止、など制限下でのスタジアム観戦が続いています。多くのスポーツ団体やクラブでは、制限が解除される時期をただ待つのではなく、このような状況下でもいかにファン・サポーターとのつながりを維持できるかを日々検討し、様々な施策が実行されています。
スタジアムを中心とした、これまでのファンエンゲージメントの枠組みを抜け出し、スタジアム外での体験も含めた、日常生活のあらゆるシーンでの「顧客体験」設計が、今、各スポーツ団体やクラブに求められています。
目次
Jリーグへの興味・関心は維持
コロナ禍によって、休日における時間の使い方が大きく変わりました。おうち時間を有効活用するためにDIYに勤しんだり、テレビゲームや動画サービスを契約し楽しむ、そんな時間の使い方が増えてきており、スポーツ業界にとっても影響は非常に大きいと考えられます。
スタジアム内の感染対策は十分なのか、制限下でサッカー観戦を楽しめるのか、これまで友人を誘って観戦することが多かったが誘いづらくなってしまった、などの理由でスタジアム観戦を敬遠しているファン・サポーターも少なくないと思われます。
スポーツ団体やクラブが最も危惧していたことは、コロナ禍の影響で休日レジャーの優先順位が変化し、スポーツ観戦自体への興味・関心がなくなってしまうことでしたが、2020年にJリーグが実施した調査(デロイト トーマツ コンサルティングが支援)によれば、現時点でその傾向は限定的であることが分かりました。
"2019年にスタジアムへの来場歴があるものの、2020年にはJリーグの試合をスタジアムで観戦しなかった非観戦者"を対象に、未来場の理由を調査した結果、全回答者のうち58%が「行きたくても行けていない外出先」としてJリーグを選択しています。
つまり生活スタイルが変わったとしてもJリーグを観戦したいという意欲はなくなったわけではなかったのです。そうなると、この層に対してどうアプローチしていくか、そして、このような環境下でいかにして新たなファン・サポーターの開拓を実現していくかが、2021年以降の大きな課題になるといえます。
観戦体験以外での接点強化
ここで、コロナ禍の影響が続く中、地域とのつながりを強め、ファン・サポーターとの新たな接点強化に努めている事例を紹介したいと思います。
世間では大規模イベントに関してコロナ禍によるネガティブな影響が取り沙汰されていますが、これまでのような「観戦体験」の提供が難しくなった状況においても、スポーツが持つ価値を再確認し、新たな領域でファン・サポーターとの接点強化に尽力しているクラブがあることも忘れてはなりません。
例えば、神戸や鹿島、湘南や町田をはじめとした複数のクラブは、ワクチン接種会場としてのスタジアム利用について自治体と連携し、地域医療に貢献しています。ワクチン接種を目的に初めてスタジアムに訪れた方も多く、思わぬきっかけでスポーツを身近に感じることになっています。
また、G大阪はテレワークスペースとしてスタジアム内のVIPラウンジルームを開放し、緑のピッチを眺めながらテレワークが可能なサービスを展開しています。
昼はVIPラウンジルームで仕事、夜は観客座席で試合観戦、一日中スタジアムを満喫できる夢のチケットの販売にも今後期待したいところです。そのほかにも、C大阪では朝ヨガ体験企画を通して地域住民の健康促進に貢献、鹿島はホームタウン地域を疑似観光できるバーチャル体験など、各クラブが様々な企画を実行しています。
健康・医療やテレワーク、観光といったスタジアム観戦以外の機会を通じた接点づくりが進み、地域住民の生活自体を支えていく取り組みは今後さらに加速していくと考えられます。
そして、実はこのようなクラブの在り方は、これまでの「観戦体験」のみならず、生活機能の一部として、スポーツ団体・クラブが存在することで新たな価値を地域社会に提供できるという意味で、理想的な姿の1つだといえます。
スポーツを通した新たな価値創造
最後に、新たな付加価値を生み出せるようになったスポーツ団体・クラブが、ファン・サポーターや地域とのつながりをどのように維持・強化していくかを考えてみたいと思います。
もちろん価値の中心はスポーツコンテンツそのものであることは揺るぎないところですが、コロナ禍によってスポーツ団体・クラブにとっての「商圏」「提供価値」の再定義がなされたことは、ある意味大きなチャンスなのではないかと考えられます。
今回のコロナ禍により、期せずして10年は進んだといわれるデジタルテクノロジーを使って、特定の座席に座っているのと同じ空間を再現できるバーチャルスタジアムの普及も進んでいます。その結果、どこで観るか、誰と観るかという観戦体験の選択肢が増え、スタジアム入場者だけではなくDAZNなどでの配信やパブリックビューイングの視聴者を含めた「総観客数」という考え方が浸透し「商圏」の概念が変わる、そんな時代もそう遠くないものと思われます。
また、先の例のようにスポーツ団体・クラブの「提供価値」は決してスポーツコンテンツだけではありません。
スポーツは地域とのつながりが非常に強く、パートナー企業や地域との関係性によって、あらゆる価値の相乗効果が生まれ、日常生活の様々な「顧客体験」をスポーツ団体・クラブが提供する姿が想像できます。
昨今のビジネスの潮流としても企業が消費者に対してモノやサービスを売る形態だけではなく、コミュニティーに集う企業や消費者がつながり、新たな価値を創造してくコミュニティービジネスが拡大しています。
地域・企業・生活者のコミュニティーハブとしてスポーツ団体・クラブが担う役割はますます大きくなり、生活のあらゆる機能を提供していく、これまでの「観戦体験」の枠を超えた「顧客体験」実現を、コロナ禍が加速させるのかもしれません。