はじめに
本連載では、心理的抵抗が不正に与える潜在的な影響を指摘するとともに、不健全な組織風土を打破し、変革するためのアプローチを5回にわたり解説する。率直に意見を述べることができる組織風土、その核となる心理的安全性をいかにして高められるかについてフォーカスしながら、「実践にどう移すか?」という実務家視点の解決策まで踏み込んでいく。最終回である本稿は、「組織からの働きかけ」について取り扱う。
3つの働きかけ(再掲)
第1回で、心理的安全性を高めるためのアクションとして「3つの働きかけ」、すなわち①自己への働きかけ、②他者への働きかけ、③組織からの働きかけの3方向から成る変革アプローチをご紹介した。このいずれが欠けても変革はちぐはぐなものになる、あるいはかき消えてしまい、定着には至らないだろう。
今回扱うのは「③組織からの働きかけ」である。個人の変革を集団に波及させるために、組織にはこれを時に後押しし、時に定着を促進する役割が求められる。
そして第3回でご紹介した「影響力」の波及効果により、心理的安全性を高める行動を個人から組織に広げていく。

事例から見る「組織からの働きかけ」の必要性
某大手製造業の事例を見てみよう。
データ改ざんにより長年規格外製品を出荷していた某社において、代々の管理職はかねてこうした不正に問題意識を持ち、データ改ざん依存から脱却するための品質改善努力を重ねていた。具体的には、自主的に品質向上の方策を練り、技術的な環境改善を提言し、会議に上程する等のアクションを講じていた。しかし、全社的なコストカットの要請等で充分な環境改善は実現せず、また担当者達の品質向上に向けた努力は、異動による知見の分散に阻まれ、充分な成果を出すことができなかった。総じて、改善努力の成果が組織として公式化されることはないまま、立ち消えになってしまったのである。
本事例においては、もし組織が設備更新や改善プロジェクトを組織の公式な取り組みとして後押ししていれば、全く違った結末を見ただろう。ここに「組織からの働きかけ」の重要性が見て取れる。
制度による働きかけ
1.「自己への働きかけ」を促す
それでは、組織からの働きかけはどのように行うべきだろうか。最初に紹介するのは、制度で「自己への働きかけ」を促すという点である。第2回で扱った「自己への働きかけ」を端的に述べると、内省により自身の認知や相手に与える印象の歪みを補正することである。しかし、一口に自己認識と言っても従業員はそのような行いに不慣れな場合や、戸惑いを感じるケースも多いだろう。結果、一回やったきり、やらされ感・やっつけ感、“模範解答探し”等に陥り、行動の改善が図られないことも考えられる。
そこで、組織が「自己への働きかけ」を手助けする必要がある。
例えば、次のような取り組みが挙げられるだろう。
評価制度を振り返りの機会として活用できるように制度設計を見直す
面談、1-on-1等の機会で、個々の価値観に踏み込んだキャリア形成をサポートする
次期に向けた行動改善のコミットメントの設定とフォローアップの機会を提供する
教育・研修プログラムに反映させる
等である。
総じて、キャリアや評価制度を通じて組織と個人を結びつけることで、従業員の行動を促すことを企図している。
2.権威による障壁を取り除く
権威による障壁を取り除くとは、言い換えると、権威がもたらす「発言への不安」を組織として取り除くということを指す。組織の中で人は明示・黙示を問わず、何らかの権威(パワー)を帯びる。その権威は心理的安全性の高揚に際して個々人の行動の変革だけでは乗り越えられない高い障壁となってしまうこともあるため、組織としての支援が必要となる。
図2に挙げるのは、パワーの分類である。
詳細な説明は割愛するが、パーソナルパワーやリレーショナルパワーは、人的な関係性に基づく権威であり、個々人のコミュニケーションや立ち居振る舞いによってある程度の改善が見込めるだろう。対してポジションパワーは組織内の役職や役割等、組織が定めた組織構造に立脚するが故に、個々人の心がけや行動の変革だけでは乗り越えることが難しい。そのため、ポジションパワーに由来する障壁を取り除くためには「組織からの働きかけ」が必要である。

では、組織はどのように働きかけるべきか。
例えば制度面の見直しによってポジションパワーを低減させることが考えられる。上長に対して意見しづらいというような不安は、役職数の削減、等級・階級の勾配の見直し、人事評価における主観要素のウエイト抑制や多面評価の採用といった評価制度の見直し、権限委譲等によって軽減できるかもしれない。
また、部門間の暗黙の“格差”の存在が部門間牽制を無効化するケースがある。90年代後半に破綻した金融機関では、不正を実行していた花形部署に対して本社や間接部署によるチェック機能が働かなかったことが事態悪化の拍車をかけたと指摘されていた。
昨今の品質不正事案でも、営業、製造といった部署に比べ品質関連部署の地位が低かったことが原因の一つに挙げられる。
このような格差解消の方策の一例に人員配置への配慮が考えられる。内部統制の基本原則の一つに「3つのディフェンスライン」があるが、有力な人材が製造や営業、事業部門等の「第一線」に偏って配置されないようにし、品質保証、経理等の「第二線」、内部監査の「第三線」に人事ローテーションで一定の有力人材を配置することで、ポジションパワーの偏在を緩和しつつ、チェック機能の強化、全社的視野を持つ人材の育成など複数の効果が期待できる。
3.明確なルールを設ける・適用する
心理的安全性への脅威を排するためには、組織として明確なルールを示し、実際に運用していく必要がある。脅威とは、例えば提案を無視したり全否定したりする、あるいは人前で責任追及し叱責をするような行為を意味している。このような行動は組織として公式に排除することが望ましい。
このとき詳細なルール設計は必ずしも必要なく、「発言による不安がない」「互いに尊敬・信頼できる」の心理的安全性の2因子を脅かす行動・言動の禁止を、シンプルな言葉で表現することが求められる。
ルールを設けるからには何らかのペナルティも同時に設定することが必要となるが、その運用は違反者がどのような権威を帯びているかに左右されるべきではない。むしろ、権威をもつ者こそ心理的に安全な組織風土醸成に感度を高く持つ必要がある。
2021年に某国内プロスポーツリーグは、所属するクラブチームの前監督が選手に対する暴力・暴言・ハラスメントを行ったとして、処分を行ったことを公表した。当該スポーツリーグは「暴言・暴力及びハラスメント行為を行わない」ことをルールとして定めていた。
一連の処分はルールに背いた前監督だけでなく、クラブチームへの処罰にまで及んだ。ハラスメントから決別するスポーツリーグの姿勢を示したといえる。違反者の属性に左右されず明白なルールを設け、適用したことの好例であろう。
運用による働きかけ
1.対話や意見交換の場を用意する
「組織からの働きかけ」として、制度を見直すこと以外にもできることは多い。
発言や意見交換に躊躇いがちな従業員に対しては、発言や意見交換を“公式なもの”として位置付けることで心理的なハードルを下げられる場合がある。先述の不正事例で見たように、組織として様々なコミュニケーション機会や手段を“公式化”することには重要な意味がある。事例では異動等により改善努力が寸断されてしまったが、これを公式なアクションと位置づけることで、人員や予算、時間等のリソースの分配が得られる可能性がある。また、従業員に心理的安全性の高揚に向けた組織の本気度を見せることができる。
2.権威による障壁を取り除く
権威による障壁は運用によっても取り除くことができる。部下が上司をより身近に感じることができれば、権威による障壁を切り崩せるだろう。例えば、管理職に次の取り組みで、フラットなコミュニケーションのきっかけづくりを促すことが考えられる。
自己開示
オープンドアポリシー
MBWA(Management by Walking Around;マネージャーの現場巡視)
いずれの取り組みにも共通することであるが、大切なことは上司から部下への歩み寄りなしに権威による障壁は取り除けないということである。
また、部門横断プロジェクトやクロスファンクショナルチーム、タスクフォース等にみられるように、主たるレポートライン外の業務機会を奨励することも有用だろう。
3.業務のひっ迫状態を是正する
業務のひっ迫状態の是正は、変革の前提となる重要なポイントだ。
業務のひっ迫をもたらす要因は組織毎に様々だが、業務量やスキル管理の不充分さ、事務手続きやレポートラインの煩雑さ、リソース不足や投資の不足、実力と乖離した目標やノルマ等が複合的に絡み合っている場合が多い。
業務がひっ迫していると新しいアイデアや改善策の発案の余裕が持てず、必要最低限のコミュニケーションしか取れない状態に陥る。このような状態において「発言による不安がない」「互いに尊敬・信頼できる」という状態が形成されづらいことは想像に難くない。
このため、組織としてひっ迫状態の是正に向けた働きかけを行う必要がある。例えば以下のような取り組みが考えられる。
業務プロセスの見直し
⇒自動化、システム化やアウトソースも検討しながら、廃止を含む業務の見直しを行い、人の手をかけるべきところにかける仕組みに再構成する。
目標・計画の見直し
⇒根拠のない、あるいは実力と乖離した予算やノルマについて、裏付けをもって社内外も含めた調整を行い、達成可能なものとする。
人材配置の見直し
⇒経験・スキルのある人員を計画的に育成したり、早期抜擢や権限移委譲を図ったりすることで、業務負荷と職場の実力を近づける。
業務のひっ迫状態の是正は、職場の実力や現状を把握しないことには始まらない。まずは業務の棚卸を行い、業務負荷や適正人員を見える化することから始めることをお勧めする。見える化を丹念に行うことで、業務の発生頻度や繁閑の周期、非効率あるいは不要な業務や重い負荷をもたらすトリガー等が浮かび上がる。
これらの一連の取り組みは、担当任せで実行するには限界がある。“現場の奮起”に依存するのではなく、組織が適切な働きかけや支援を行うことで業務のひっ迫状態の是正を確実に遂行する必要がある。
おわりに
ここまで全5回にわたり、心理的安全性の不正リスク低減に対する重要性に始まり、心理的安全性の高め方を数多くの具体的なアクションを含めて紹介した。
人の心理はコントロールすることが困難だが、行動はコントロールできる。行動の積み重ねはゆっくりとではあるが確実に人の心理へ波及する。だからこそ、簡単なアクションから始め、少しずつ施策を積み重ねる必要がある。また、このような変革に向けた行動は「団体戦」といえる。組織としての取り組みが不可欠であることを最後に強調しておきたい。
ここまで長きにわたりお付き合いいただいた読者に、厚く御礼を申し上げる。
※本文中の意見や見解に関わる部分は私見であることをお断りする。
