はじめに

近年、不正調査の現場において、現金や換金性のある棚卸資産の窃盗といった資産の不正流用や、経費の不適切利用、取引先と結託した不正なキックバックなどの「金銭不正」が対象となることが以前より増えている。従来、金銭不正は従業員によるものが多く、金額も比較的少額であることが多いといわれていたが、昨今は経営者による横領や、従業員であっても長期にわたって続けた結果、十数億円単位の着服に及ぶケースが報道されている。

本稿では、こうした金銭不正が発生した際、企業がどのような体制と手続で調査を行い、その原因と再発防止策をどのように説明しているのか、実例をもとに分析する。なお、2024年に上場企業が不適切事案を開示したもののうち、調査報告書等をもとに「金銭不正」に該当すると判断した19件を対象とした(以下、当該19件を「2024年金銭不正」という)。そのため、分析にあたっては非公表の事案が件数に含まれていないことをご了承いただきたい。

金銭不正の調査体制

金銭不正を調査するにあたり、「どのような体制で調査を行うか」が課題となる。社内のリソースのみで調査を行うか、弁護士・会計士などの外部専門家を入れるか、さらにはより独立性の強い「企業等不祥事における第三者委員会ガイドライン(日本弁護士連合会)」に準拠した第三者委員会を設けるかを、事案の影響度や広範性をもとに検討することになる。例えば、経営者不正である場合、実行者の権限範囲が広いことも考慮し、より客観性のある調査体制を敷くことが一般的である。しかしながら、外部専門家へ委託するには一定程度、調査コストが必要であることから、金銭不正による被害額なども考慮すると、調査体制は悩みどころであろう。

実務ではどのような調査体制としているのか、2024年金銭不正の調査体制を分析すると下表のと通りである。

調査体制

件数

(国内拠点)

(海外拠点)

社内調査チーム/委員会(社内のみ/不明)

4

(4)

(0)

社内調査チーム/委員会(外部含む)

特別調査委員会

15

(13)

(2)

第三者委員会

0

 

 

データソース:公開情報(調査報告書)

このように、公表された金銭不正では、外部を含む社内調査チーム等や特別調査委員会が組成されることが多い。これは、公表を前提とするような金銭不正の場合には、内外のステークホルダーからは外部を交えた調査体制が求められている結果であるといえる。なお、非公表の案件については、上記分析に含まれていないが、ステークホルダーへの影響が比較的小さく、社内のリソースのみで調査を行うことが多いと推察する。

また、海外拠点で発生した事案は全て外部を含んだ調査体制であった。海外における規制対応、言語面のサポート、時間的な制約など、社内リソースでは対応しきれず、外部の知見も活かした調査を行っているものと考えられる。

次に、2024年金銭不正を経営者不正と従業員不正に分けて件数を分析した。

調査体制

不正実行者

平均被害額

社内調査チーム/委員会(社内のみ/不明)

経営者 2

202百万円

従業員 2

107百万円

社内調査チーム/委員会(外部含む)

特別調査委員会

経営者 7

285百万円

従業員 8

147百万円

第三者委員会

0

 

データソース:公開情報(調査報告書)

経営者不正と従業員不正の別では、調査体制に偏りはないようである。一方、平均被害額でみると、社内の人員だけで完結させている調査体制の方が平均被害額が少ないという結果となった。これは、やはり、金額が小さい事案であれば調査費用が被害額を上回ることを避ける傾向にあることが推測される。一方で、金額の開きが著しいともいえないが、これは公表を前提とする金銭不正は、非公表の事案よりも被害額が大きいことが多いと考えられ、非公表の事案を含めると実際の平均被害額はもう少し低くなることが推察される。公表案件の分析では被害額が150300百万円程度であれば、外部専門家を活用することがトレンドといえよう。

金銭不正の調査手続

課題の二つ目が「どのような手続で調査を行うか」である。金銭不正は、個人の口座に金銭が振り込まれる、あるいは現金や在庫などの現物が窃盗されているなど、被害額特定のために通帳などの情報開示を不正実行者から受ける必要があるが、不正調査は捜査権がなく、本人の同意を得ることが難しいケースが多い。そのため、本人の自白が得られない場合には調査が困難となる。さらに、キックバックなど共謀先が存在し、巧みに隠蔽されている場合には企業に残されている情報だけでは実態がつかめないことがある。その中で、ステークホルダーからは「不正の根拠を明らかにすべきだ」、「ほかに不正がないことを検証すべきだ」という要望を受けることが多く、その期待に応えられないジレンマに陥るであろう。

実務ではどのような手続が実施されているのか、2024年金銭不正の調査手続を分析すると以下のグラフのようになる。

データソース:公開情報(調査報告書)

金銭不正の場合も、不正調査で一般的なインタビューや文書の閲覧などが手続の中心となる。金銭不正の場合は特に、自白を引き出すための証拠分析とインタビュースキルが極めて重要となるためだ。

アンケートの実施やホットラインの設置もほとんどの事案で行われている。これは、前述の「ほかに金銭不正がないのか」という検証ポイントをカバーするために広く情報を収集しているためである。また、データ分析による検証が比較的少ないということも特徴的である。これは会計不正などと異なり、金銭不正は財務諸表などの分析によっても大きな異常が見られず、データ分析だけでは発見・検証が難しいことを示唆している。

メールデータ等のドキュメントレビューを実施するデジタルフォレンジックが多く活用されていることも特徴的である。ある程度、調査コストが発生するデジタルフォレンジックが採用されているのは、金銭不正の証拠や自白を促すための根拠、共謀者の存在などの情報を得るための手段として、デジタルフォレンジックが他の手段より有効であることを示している。2024年金銭不正において、デジタルフォレンジックと経営者不正と従業員不正の関係を見ると、経営者不正のほうが積極的に活用されている。これは、経営者不正の場合は、関与者、拠点、手口の広がりが懸念されるため、その財務諸表全体への影響を検証することを目的としていることによる。

不正実行者

有り

無し

経営者

7

2

従業員

5

5

データソース:公開情報(調査報告書)

原因分析と再発防止

2024年金銭不正における原因分析とそれに対する再発防止策をピックアップすると次の通りとなる。

不正の
トライアングル

原因分析

再発防止策

動機

・個人的な金銭的欲求

・取引先との馴れ合いによる不適切な関係

✓社内や取引先向け通報窓口の設置・周知

✓取引先に対するアンケートや反面調査

機会

・業務の属人化やブラックボックス化

・支出に係る承認体制の形骸化

・経営者による内部統制の無効化

✓プロセスの見える化・文書化

✓支出の稟議基準や承認権限の見直し

✓不正リスクシナリオに基づくデータ分析や内部監査の実施

正当化

・自身の待遇への不満

・不適切行為を見て見ぬ振りをする企業風土

・その他コンプライアンス意識の欠如

✓経営者からのコンプライアンス重視のメッセージ発信

✓コンプライアンス推進と人事評価との連動

✓コンプライアンス教育、研修の実施

承認体制の形骸化など、「内部統制の穴」が原因となっていた場合、機会を縮小するための再発防止策を立案・実行することは当然であるが、金銭不正は人の心の問題であり、動機や正当化への手当ても必要となる。また、経営者による不正や社内外との共謀による場合、不正を完全に防ぐことには困難が伴う。そのため、2024年金銭不正における再発防止策も、経営者や従業員のコンプライアンス意識の醸成を基本としつつ、不正の発見を目的とした不正リスクシナリオに基づくデータ分析や内部監査の強化、各種通報制度の整備・周知などを中心としていることに特徴がある。

おわりに

金銭不正に関する調査は、情報アクセスに限界が生じがちなため、実行者の自白をいかに引き出すかが最も重要となる。本稿の分析対象は調査委員会等で公表されているものに限られるが、他件発見のためのアンケート・ホットラインを別にすれば、インタビュー・文書閲覧・デジタルフォレンジックが重要視されていることが示唆的である。いずれも調査の専門スキルを要するものであるため、スキル向上のための人材育成、専門家とのネットワーキングに平時から取り組んでおくことが求められる。

※本文中の意見や見解に関わる部分は私見であることをお断りする。

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