Ⅰ 競争法の特異性
事業会社から見た競争法の特徴
企業活動を規制する法令のうち、例えば公益通報者保護法や不正競争防止法は、労働者や営業秘密の保護といった「ビジネス活動の外縁」を規制対象としている。そのため、適用範囲は限定的であり、法令遵守のための行動も明確である。 一方、競争法(独占禁止法等)は、事業活動の「核心部分」――つまり価格や取引条件の決定――に関する行為について規制が及ぶ。
例えば独占禁止法第2条第6項は「不当な取引制限」について、事業者が他の事業者と共同して価格や数量、取引の相手方などを制限し、競争を実質的に制限する行為を禁止している。
このように、競争法は幅広い事業活動を対象とし得ると同時に、具体的にどのような行為が違反となるのか、どのように順守すればよいか現場では非常に分かりにくいという側面がある。
競争法違反リスク
例えば公益通報者保護法の場合、通報者に不利益がないような対応が求められるところ、管理部門が法令に従った制度・運用を採用していれば違反を防げる可能性が高い。
他方、競争法では、カルテルや談合など、業績に直結する「価格決定」などが規制対象となるため違反の動機が強いことに加え、管理部門からは違反が把握しづらいため、違反リスクのコントロールが難しい。
そのため実務的には、「競合他社との接触に係るルール」や接触した場合の「接触記録の作成」といった内部統制を採用することが多いが、これだけでは違反リスクを十分に下げることができないことも多い。
独占禁止法 | 公益通報者保護法 | ||
規制例 | カルテル・談合の禁止など | 公益通報を行った労働者の保護(解雇の無効等) | |
| 想定リスク | 企業間の商品価格・生産数量等の取り決め | 公益通報を行った労働者に対する解雇等の不利益な扱い | |
インセンティブ | 企業間競争の回避による商品価格の高値維持 ・商品価格は事業部門の業績に直接影響を与える | 企業内部における法令違反の発覚の回避 ⇒公益通報者への圧力や通報のもみ消し等により、発覚回避 | |
| 内部統制の例 | ・競合他社との接触の禁止 ・例外的に接触した場合の、接触記録の作成・保管 | ・内部通報窓口の設置 ・社外担当者(弁護士事務所等)による公益通報者の対応 | |
リスク対処の可能性 | リスクの直接コントロール困難、抑止的対応に留まる ・企業間の協議は密室で行われる可能性 ・接触記録の作成・保管を義務付けても、正確に作成されるとは限らず、抑止的な効果に留まる ・リスク軽減のために事業者がとるべき措置が法令上明確でない | リスクをコントロールするための方針が法令で示されている ・公益通報を行う労働者に圧力が掛かる可能性 ⇒通報者を特定する情報に守秘義務が課されており(第12条)、対応方針は比較的明瞭 ・リスク軽減のために事業者がとるべき措置が法令上規定されている(第11条等) |
Ⅱ 違反した場合のインパクト
競争法のルールは、顧客・サプライチェーン・業界・競合他社など、広範な関係者に影響を及ぼす法律であり、遵守に当たっては対応すべき事項が多く、また違反が起きてしまった場合も同様である。
例えば、カルテルなど価格を引き上げる行為の場合には、顧客である発注者等が被害者になるため、損害賠償や指名停止など、当該違反行為に関する責任を負うことがある。
また、取適法違反の場合はもちろん、競争法違反行為を行った場合、企業としての信頼が揺らぎサプライチェーンにおける取引にも影響が生じる可能性のほか、例えば当該業界の監督官庁等から業界団体に対して指導や改善の要請がなされるなど、当該業界全体に対する信頼の観点から影響が生じることがあり、カルテル等の共同行為の場合には、競合他社との接触に係る自主規制がより厳格化するなども考えられる。
そして、独占禁止法の場合には、一定の違反行為を行った場合には課徴金を課される制度となっている。
課徴金制度は、独禁法違反によって得た利益に相当すると考えられる額を返還するという位置づけとして設計されており、違反行為を前提とした事業継続は許されないという強い制裁のメッセージが込められている。
独禁法違反に対する課徴金は、高額となる場合があり、近年の事例では、令和5年3月の電力会社による事案では、合計1000億円以上の課徴金が課された。
この点、課徴金を課された場合等には、株主から株主代表訴訟を提起されるリスクも考えられ、競争法違反は企業経営にとって甚大な金銭的リスクも伴う。
Ⅲ 事例紹介
ここで事例を紹介したい。
抽象的な指示だけで現場を放置した事例
部品の製造を委託する事業者が製品の量産終了後に、部品の製造に用いる金型を下請業者に無償で保管させた場合、取適法(旧下請法)(不当な経済上の利益の提供要請の禁止)違反となる可能性がある。
例えば、管理部門が「下請けから申し出があれば保管費用を払う」という方針は出すものの、具体的な対応は現場任せにし、結果的に当局から違反を指摘されるということが起こりうる。
このように、リスクを予見しても、抽象的な指示や方針だけで現場に伝わらず、効果的な取り組みとならないケースも一定存在すると考える。
上記ケース発生の要因
・競争法遵守の優先度が低く、十分な対応ができていない
・社内ルールが明確でなく、必要なリソースも割かれていない
・現場における必要・十分な知識不足
以上から、会社全体として有効な取り組みができず、違反リスクを高めている。
Ⅳ リスクの原因・課題と対応方針
経営課題としての認識の必要性
競争法リスクの高い事業を展開する企業は、経営課題として認識すべきである。 競争法違反リスクが低減できない主な理由は以下の通りである。
・経営環境認識が不十分(法制度や当局の動きを先読みできていない)
・競争法コンプライアンスの捉え方が不十分(コンプライアンス部門任せになっている)
・制度設計が不十分(事業構造と合致しない統制しか設計されていない)
結果として、局所的・形式的な対応に終始し、その都度現場判断となることがある。
これを防ぐには、経営トップが主体的に取り組み、全社的な仕組み・制度設計まで落とし込む必要がある。
短期的な対応
抜本的な改革には時間がかかるが、直近では取適法への対応が急務である。
例えば、価格協議の実施義務化については、公正取引委員会による違法性判断の基準となる証跡(商談記録・価格決定経緯等)を、記録・管理しなければならない。
とりわけ、取引先とのやり取りについて記録を残し、取引価格に係る協議等についてはその内容を十分記載し、また運用の定期的なレビューを行うことが重要である。
Ⅴ 小売PB事業を題材とする取適法遵守対応
今後予想される動き
小売事業におけるプライベートブランド商品(以下「PB商品」)を例に検討すると次のような仮説があり得る。すなわち、原価高騰や適正取引推進の流れの中で、PB商品は取適法違反リスクが高まる分野である。 短期的には、価格交渉プロセスの証跡不備や買いたたき行為に対する取り締まり強化、中長期的にはPB周辺の支配構造の是正や、優越的地位の濫用(独占禁止法)規制が強化される可能性もある。 これに対応するには、証跡・運用状況の点検や、組織・統制設計の見直し、さらには従来のビジネスモデルの見直しやM&Aによる水平統合等も視野に入ってくる可能性がある。
必要な改革
企業が全体方針とPB価格決定プロセスに齟齬が出ないよう調整し、粗利確保と法令遵守を両立できる組織・統制設計が必要である。その上で、経営管理・法務・コンプライアンス・商品部門(バイヤー含む)が連携し、全社一丸となって対応することが求められる。
当局は今後価格の適正性のチェックを厳格にする可能性がある。製造委託時や価格交渉の際の、当該価格の合理性・実現可能性の確認を現時点から進めることがあり得る。
また、リスクの高い取引先から優先して対応するための優先順位付けも重要である。取引先とのコミュニケーションや経営状況や取引金額や委託製品の重要度から判断する。
Ⅵ まとめ
近年、特に取適法の取締りは厳格化の一途をたどっており、必要な対応をし違反リスクを低減することが求められる。
まずは、競争法違反リスクを経営課題として認識し必要な体制を整備した上で、取適法対応など喫緊の課題について具体的な対応を検討・実行していく必要がある。
