はじめに
不正・不祥事が発生した企業の調査報告書では、原因(特に間接原因)として組織風土上の課題が指摘され、再発防止策として組織風土の改善・見直しが掲げられることが多い。その組織風土の改善・見直しとして、従業員の声を集める取り組みは指摘されやすいが、その手段はアンケート調査、社内掲示板や目安箱への投稿、インタビュー(面談)、経営層による現場巡回、など様々である。この中でも、従業員向けのアンケート調査(従業員意識調査)は、全従業員から広く声を集める会社側の能動的施策の一つである。
本稿では、このような従業員向けアンケート調査実施に向けた検討ステップと、検討時のポイントを簡単に紹介したい。
従業員向けアンケート調査の検討ステップ
従業員向けアンケート調査実施に向けた基本的な検討ステップは、以下のとおりである。

ステップ①調査目的の明確化
従業員向けのアンケート調査といっても、不正・不祥事発生後の類似案件の有無の把握、ハラスメントの実態把握、コンプライアンス意識の浸透度の測定、など調査実施の目的は様々である。組織風土改善・見直しの施策として、しばしば、従業員向けのアンケート調査(意識調査)の実施自体が挙げられることがあるが、アンケート調査は情報収集の一つの手段に過ぎない。組織風土の改善・見直しのための施策は、アンケート調査を通じて得られた情報を踏まえて講じる施策となるべきである。従業員向けアンケート調査はかなりの工数を要するため、目的と手段を履き違えた「なんとなく」のアンケート調査は期待した効果が得られないばかりか、大きな徒労感を残すことになり、従業員の不信を増すリスクがあることを肝に銘じる必要がある。また、明確な目的は、以下の各ステップで詳細を詰める中での重要な参照点ともなる。
ステップ②調査体系の設計
アンケート調査の目的を決めたら、いきなり個々の具体的な設問文や選択肢を検討するよりも、先ずは調査体系の全体像を設計することを推奨する。
例えば、「従業員のコンプライアンス意識向上」のための施策を検討する場合は、「コンプライアンスを意識しながら仕事をする」とはどういうことであるか、といった要素に分解して検討していくことが必要である。

ステップ③調査対象者の設定
例えば「全従業員を対象」、と言っても、役員、一般社員、嘱託社員、出向社員、パート・アルバイト社員、など多様な雇用形態の従業員が存在する。目的に沿って、具体的にどこまでを調査対象者とするのかを定める必要がある。また、アンケート調査を記名式(回答者が特定できる方法)で行うのか、無記名式(回答者が特定できない方法)で行うのか、も合わせて検討する必要がある。これも目的に沿った施策検討のために、回答者情報が必要かどうかによって、どちらの方式が望ましいかを判断することとなる。
ステップ④個別設問の作成
ステップ②調査体系の設計やステップ③調査対象者の設定の結果を基に、個々の設問文や選択肢を考えていく。
アンケート調査は、理解力テストや読解力テストではないため、難しい専門用語や略語を多用したり、冗長・長文の設問文や選択肢を設定したりすることは避けた方がよい。最も重要なことは、設問を作成する側の意図が、回答者に正しく伝わることである。そのような設問文や選択肢でなければ、ステップ①で設定した目的を果たすために必要な情報は得られない。平易で簡素な設問文や選択肢はアンケート調査のレベルを落としているわけではなく、むしろ本来の目的に沿ったものである。
ステップ⑤アンケート実施方法の選定
アンケート調査には、大きく分けて、紙の調査票を配布・回収する方法と、Webサイトを構築してサイトURLにアクセス・回答してもらう方法の2つがある。最近では、Webサイト構築によるアンケート調査が主流となっているが、これは紙調査票の上位互換ではない。それぞれ一長一短があり、これまでの検討結果を踏まえて望ましい視点と、各企業の事情に応じ実現可能な視点の両方から検討して、実施方法を検討する。

ステップ⑥アンケートの実施
回答期間は、数週間程度が一般的であり、長くても1カ月は越えない方が望ましいと考える。回答期間中、何度かのリマインド(回答の督促)を行うことは必要であるが、回答率はアンケート調査に向き合っている従業員がどれだけいるかを示すものであり、それ自体が従業員の意識の現れともいえる。全従業員の100%回答に固執すると、かえって企業の実態がみえなくなることもある。
ステップ⑦アンケート結果の集計・分析、施策の検討
ステップ①の目的に沿って、集計・分析作業を行い、必要な施策を検討する。繰り返しになるが、アンケート調査はあくまで情報収集手段に過ぎず、その結果を基に具体的な施策を検討・実施することが重要である。しばしば、思わぬ新たな発見がある可能性はあるが、それらに過度にとらわれず、まずは、当初想定していた問題を解決するために、アンケート結果をどのようにして読み解くか、という視点で整理することが基本である。
目的別の各ステップ検討内容例
上記で説明したステップについて、いくつか具体例を示してみよう。
不正・不祥事発生後の類似案件を把握することが①調査目的であれば、得たい情報としては、過去または現在の具体的事実であり、ステップ②調査体系の設計やステップ④個別設問の作成は、それほど複雑にはならない。多くの場合、アンケート実施後のヒアリング等が想定されるため、記名式のアンケート調査が望ましい方法となる。
ハラスメントの実態把握、過去または現在においてハラスメント事案に該当する事実があったかどうかを個別事案ごとに判定することが①調査目的であれば、上記と同様、調査体系や個別設問は複雑にはならないだろう。さらに、記名式、または無記名式であっても追加調査が一定程度可能となる設問項目(例えば、個々の職場を特定できる設問)を設定する方が望ましい。ただし、アンケート調査の目的が、今後ハラスメントが起きない組織風土醸成のための施策検討の情報を得ることであれば、「本音」を引き出すことが重要なアンケート調査となることから、ステップ②調査体系の設計が重要であり、また、記名式が望ましいとは限らない。
従業員のコンプライアンス意識向上ための施策検討が①調査目的であれば、アンケート調査を通して得たい情報は、現在のコンプライアンス意識の状態だけでなく、今後よりコンプライアンス意識が従業員に浸透していくための施策検討に資する情報である。ステップ②の解説でも述べたように、調査体系の設計が難しく重要なステップとなる。また、ステップ④個別設問の作成では、事実確認のチェックリストのような設問だけではなく、将来に向かった抽象的な設問も検討する必要があろう。
このように、アンケート調査の目的によって、各ステップで検討すべき内容や、その軽重は異なる。本稿の冒頭で述べたような、今後の再発防止策を検討する情報収集手段としてのアンケート調査であれば、得たい情報のベクトルは将来を向いているものとなる。上記の例でいえば、「今後ハラスメントが起きない組織風土醸成のための施策検討」や「今後よりコンプライアンス意識が従業員に浸透していくための施策を検討」といった目的が近いものである。すなわち、アンケート調査実施に向けた検討ステップの中では、ステップ②調査体系の設計や、ステップ④個別設問の作成がより重要となり、この検討に十分な議論と時間を確保する必要がある。
おわりに
従業員アンケートは実態把握や改善状況のモニタリング手法として極めて有効である。その一方で、多くの工数・労力がかかるため、目的を明確化し、それに沿って設計しなければ、徒労感が増すだけでなく、従業員の不信を買うことになる。アンケート調査の実施はあくまで情報収集の手段であり、再発防止策そのものではない。企業の実態を踏まえた施策につなげられるアンケート調査となるよう、本稿で解説した検討ステップが参考になれば幸いである。
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