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地域

地域経済の発展における成長戦略型M&Aの役割

※記事中の内容、所属および役職は公開時点のものです

「現場のトラブル対応や、人手不足の穴埋めに追われ、自社の長期的な視野にもとづいた成長戦略など落ち着いて考えられない。」
これまで私が地域の中堅・中小企業を数多く訪問するなかで、経営者の皆様からこのような趣旨の言葉を多く耳にしてきた。現場の経営者にとっては日々実務の波にのまれ、中長期的な戦略を描く時間もリソースもないまま、刻一刻と時間がすぎていくなかで焦燥感だけが増していく状況にある。
人口減少と地域経済の縮小が続くなか、地域経済全体のパイは確実に減り、一部の時代の波にのった企業が独り勝ちを収める一方、明確な成長戦略を持たず、域内市場の既存ビジネスだけに依存している中堅・中小企業は「ジワジワと取り残されていく感」を強めている。この場合、地域経済の沈下とともに、自社の沈下をまねき、こうした地域企業の停滞がやがて地域雇用やサプライチェーンの衰退へ直結してくる。
本稿では、こうした地域経済の現状を反転させるM&Aの役割の整理と経営者のM&Aを検討する際の思考のヒントを述べたいと思う。

地域経済におけるM&Aの役割の変遷

地域社会において、M&Aに対するイメージはここ10~15年程度で大きくパラダイムシフトを遂げている。かつては、会社を売却することは、「先祖代々の事業を売り飛ばした」「経営が破綻して救済された」といった、地域社会ではネガティブに捉えられることが多く、結果として事業の再生可能性がついえそうな土壇場になってから売却を検討するといったことが多く見られた。その後、後継者問題が広く取りざたされるようになり、親族内承継が困難な場合には、親族外の第三者に譲渡し事業と雇用を継続的に守るという「事業承継型M&A」が普及した。そして今、地域経済においても「成長戦略型M&A」による売却、すなわち、成長限界にぶつかった地域企業が資金力や販路、DX等のリソースをもつパートナーと組むことで、さらなる成長のステージを目指すためのM&Aが増えてきている。

成長軸で考える地域内M&Aと地域外M&A

地域企業がM&Aを活用して成長を遂げる際には、自社のビジネスモデルの性質を踏まえ、地域内M&Aと地域外M&Aに分けて考えることができる。
地域密着型のビジネスモデルであれば、地域の同業や周辺事業を買収・統合し、規模の経済やドミナント(高密度化)戦略による事業拡大を目指す「地域内M&A」が有効となる。一方で、製品力や技術力は高いものの、地域市場のみでは成長に限界があるビジネスモデルの場合には、地域外(海外を含む)の販売網や資本を有する企業と組むことでさらなる飛躍を目指す「地域外M&A」が有効である。

一例として以下のような業種がそれぞれ挙げられる(もちろん以下業種が必ずしも以下分類になるわけでなく、個社別に検討が必要である)。

1.    地域内M&A:主に地域シェア拡大やドミナント戦略が成長に有効で、近隣の人材、拠点の統合効果が大きいような業種では、近隣の同業・周辺事業をM&Aすることが有効となる。(例えば以下のような業種)
・建設・土木・設備工事:人手不足や職人の高齢化がボトルネックとなる中、地域内の同業や下請けを買収することにより一括受注体制と人手を確保する
・調剤・ドラッグストア:地域密着ビジネスであり、ドミナント戦略も有効にはたらき、同一エリアにおける店舗集積により運営効率を上げられる
・自動車販売、整備:顧客基盤の統合による車検、整備、車販、保険等のクロスセルによる顧客販売単価の拡大や、店舗間送客、整備工場の稼働の最適化による売上向上や運営効率向上があげられる

2.    地域外M&A:優れた技術や製品力はあるが、地域市場の縮小や、営業力不足によって成長に限界がきている業種では、地域を超えた販路を求めるM&Aや、大手企業の傘下に入るM&Aが有効となる(例えば以下の業種)
・精密機械・金属加工業:高い加工技術をもつ地場メーカーが、資本力や海外に販路を持つ大手メーカーの傘下に入ることにより、地域外での販路を獲得する
・伝統食品・食品D2C:域外ECマーケティング会社の買収、もしくは全国に流通網をもつ大手グループに売却・参画することで自社ブランドを全国・世界展開へスケールさせる
・地場IT・ソフトウェア:地方の受託開発企業が、地域外の高単価の同業と統合し、高単価な上流案件を獲得する

以上、地域内M&A、地域外M&Aを軸に分類したが、自社の競争力の源泉を見極めることが重要であり、「地域密着型ビジネスなのに遠方の企業を買収して制御不能になる」もしくは「グローバルで競争優位な技術があるのに、狭い地域経済に埋もれてしまう」といったミスマッチにならないようにすることが肝要である。

経営者の心理的障壁と「シナリオプランニングの活用」

地域経済の中堅・中小の経営者がM&Aという大きな決断に踏み切れない理由として、「将来の外部環境がどうなるか分からない」という漫然とした不安がある。そこでぜひ経営者の皆様に試してもらいたいのが「シナリオプランニング」という思考方法である。

これは、「未来の外部環境を一つに予測する」というものではなく、複数の未来の可能性(4つ)を描き出し、それぞれの未来の外部環境に対する具体的な打ち手となる選択肢をあらかじめ言語化して用意しておく手法である。
具体的には以下の4つのステップを踏んで実施する。

Step1:
テーマの設定:実施企業の長期的な視点での課題感に即したテーマを設定。例えば、自動車関連企業なら、「2035年のグローバルモビリティ市場はどうなっているか」など、「2035年の○○業界の自社を取り巻く環境について」といったものでもよい

Step2:
外部環境の変化ドライバーの洗い出しと絞り込みを実施。シナリオのテーマを考えるにあたり、インパクト(重要度や影響度)が大きい、不確実な要素(台湾情勢、中東情勢、EV市場の成長スピード、インフレスピード、AI、ロボット普及スピードなど)と、確定的な要素(国内市場縮小、シニア関連需要増加、労働力不足、AI活用による業務変革、調達コスト上昇など)を整理し、シナリオにとってインパクトの大きいものを絞り込む

Step3:
2×2のマトリックス(4つの未来)を作成する。確定的な要素は前提条件として織り込みつつ、不確実でシナリオのテーマにとって最も影響度の大きい要素をシナリオの分岐点として、2つ選定し、それぞれにおいてそれが実現した場合、しなかった場合の4象限を作成する。つまり、下図の象限②のシナリオが最も現在から変化したシナリオで、下図の象限③が最も現在と近しいシナリオということになる

2×2のマトリックス(4つの未来)

Step4:各シナリオにおける意思決定と、アクションプランの作成。各シナリオにおいて、自社の市場・顧客、サプライチェーン、競争環境、人材・組織、技術等がどうなっているか整理し、そのうえで自社に必要なものは何で、そのためにどのようなアクションをとるのか検討する。

このシナリオプランニングを活用し、Step4で各シナリオにおけるアクションを検討するなかで、自社に必要な経営資源が時間軸や自社のリソースを踏まえても自前では確保できない場合には、買収や大手企業グループへの参画といったM&Aを選択肢として具体化しておくことができる。その結果、必要なタイミングでM&Aという意思決定を自信を持って下すことができるのである。
このシナリオプランニングは深掘りはいくらでもできるのではあるが、経営リソースの限られる地域の中堅・中小企業の経営者においても、数人の幹部とともに簡易的に実施することが可能であり、漫然とした将来への不安を言語化し、アクションプランを立てることをお勧めする。

持続可能な地域経済の発展に向けて

地域経済においては、中堅・中小企業がその基盤を支える要であり、それが着実に成長することが求められる今、M&Aについての認識が「成長戦略型M&A」として浸透しつつある状況は、地域の雇用を守り、熟練の技術の承継や地域ブランド拡大といった地域経済の基盤を高めるには追い風となっている。

「成長戦略型M&A」を成功裏に収めるためには、自社のビジネスモデルの性質をしっかりと見極め、シナリオプランニングを使って不確実性を手なづけ、M&Aを経てスケールしていくことにある。地域内M&Aであれば、地域内における再編により、地域の中堅・中小企業が競争力を高め、さらなる地元への投資や雇用創出につながるエコシステムを作り出すことができる。地域外M&Aであれば、地域にとどまっていた技術や製品、ブランドなどを全国区および世界に発信させ、地域における雇用拡大、ブランド・伝統の承継に寄与するとともに、地域としてのブランドを発信できる。
こうしたあるべき「成長戦略型M&A」は、地域経済の発展に必要不可欠なものとなってくるため、経営者の葛藤や組織の泥臭い摩擦に正面から向き合いながら、地域に根差したM&Aの専門家としてあるべき「成長戦略型M&A」の活発化に今後も貢献していきたいと思う。