景気循環による経済的影響は企業にとって不可避なものです。しかし、世界および地域経済に対し長期的な見通しを持つことにより、企業は景気循環のリスクを最小化することができます。デロイトは、世界のビジネスリーダーたちに必要な、マクロ経済、トレンド、地政学的問題に関する明快な分析と考察を発信することにより企業のリスクマネジメントに貢献しています。
本連載では、デロイトのエコノミストチームが昨今の世界経済ニュースやトレンドについて解説します。今回は、Deloitte Insightsに連載中のWeekly Global Economic Updateの2025年10月6日週の記事より抜粋して日本語抄訳版としてお届けします。

Ira Kalish

Deloitte Touche Tomatsu
チーフエコノミスト

経済問題とビジネス戦略に関するデロイトのリーダーの1人。グローバル経済をテーマに企業や貿易団体への講演も多数行っている。これまで47の国々を訪問したKalish氏の解説は、ウォール・ストリート・ジャーナル、エコノミスト、フィナンシャル・タイムズなどからも広く引用されている。ジョンズ・ホプキンス大学国際経済学博士号取得。

新規手数料導入と企業行動への影響

米政権が新規のH-1Bビザに対して10万米ドルの手数料を課すとの決定が、その影響をめぐる議論を呼んでいます。H-1Bビザは、高度な技能を要する労働者を必要とする企業に対して米政府が発給するものです。こうした技能は米国内で頻繁に不足しています。政府は現在、年間85千件のビザを発給しています。新たな手数料は企業にとって大きなコストとなるため、米国に労働者を呼び寄せる代わりに、一部業務を海外へ移管する企業が増える可能性があります。

H-1Bビザ保有者の生産性への寄与

今回の決定は、テクノロジー、コンサルティング、金融サービス企業における雇用動向に影響を及ぼすだけでなく、より大きな影響を生む可能性もあります。シカゴ大学が公表した研究によれば、H-1Bビザ保有者は米国の生産性向上に大きく貢献しており、1990年から2010年の期間における米国経済の生産性向上全体の3050%を占めたとされています。さらに、ピーターソン国際経済研究所の報告書によれば、H-1Bビザ保有者は単なる労働者ではありません。彼らは、情報技術、工学、ライフサイエンス、金融サービスといった産業でイノベーションにおける中心的な役割を果たしており、重要な生産要素です。

長期的な政策的合意

また、過去のデータからは、ビザ発給数の変化が生産性の向上に影響を及ぼすことが示されています。具体的には、1998年に発給数が大きく拡大し、2004年に大きく縮小しましたが、これはそれぞれ生産性の加速と減速の局面と一致しました。加えて、ピーターソン国際経済研究所は次のように指摘しています。「H-1Bビザは自国民に活力と機会をもたらします。新発明の特許取得を促し、新製品や新産業を生むアイデアを生み出します。これらのアイデアは、起業家に、より多くの、より成功する高成長スタートアップの立ち上げを促します。その結果としての生産性向上は、学歴を問わず、あらゆる部門でより多くの高賃金の仕事を自国民にもたらします。」

最後に、米国経済学会に掲載された研究は、長期的に見て生産性向上を促進する最も効果的な政策的手段は「人的資本の供給を増やすこと(例えば、移民規則の緩和や大学のSTEM分野[科学(Science)、技術(Technology)、工学(Engineering)、数学(Mathematics]の定員拡大)」であると結論づけています。したがって、今回の決定は、現政権における最も影響の大きい政策措置の一つとなり得ます。

本記事と原文に差異が発生した場合には原文を優先します。

Deloitte Global Economist Networkについて

Deloitte Global Economist Networkは、デロイトネットワーク内外の視聴者向けに興味深く示唆に富むコンテンツを発信する多様なエコノミストのグループです。デロイトが有するインダストリーと経済全般に関する専門知識により、複雑な産業ベースの問題に高度な分析と示唆を提供しています。デロイトのトップマネジメントやパートナーを対象に、重要な問題を検討するレポートやThought Leadershipの提供、最新の産業・経済動向にキャッチアップするためのエクゼクティブブリーフィングまで、多岐にわたる活動を行っています。

本記事に関するお問い合わせはこちら