景気循環による経済的影響は企業にとって不可避なものです。しかし、世界および地域経済に対し長期的な見通しを持つことにより、企業は景気循環のリスクを最小化することができます。デロイトは、世界のビジネスリーダーたちに必要な、マクロ経済、トレンド、地政学的問題に関する明快な分析と考察を発信することにより企業のリスクマネジメントに貢献しています。
本連載では、デロイトのエコノミストチームが昨今の世界経済ニュースやトレンドについて解説します。今回は、Deloitte Insightsに連載中のWeekly Global Economic Updateの2025年9月8日週の記事より抜粋して日本語抄訳版としてお届けします。

Ira Kalish

Deloitte Touche Tomatsu
チーフエコノミスト

経済問題とビジネス戦略に関するデロイトのリーダーの1人。グローバル経済をテーマに企業や貿易団体への講演も多数行っている。これまで47の国々を訪問したKalish氏の解説は、ウォール・ストリート・ジャーナル、エコノミスト、フィナンシャル・タイムズなどからも広く引用されている。ジョンズ・ホプキンス大学国際経済学博士号取得。

2024年の最後の4カ月間、米国経済は868,000人の新規雇用を創出しました。しかし、2025年に入ると雇用の勢いは鈍化し、最初の4カ月間では491,000人、さらに直近の4カ月間ではわずか107,000人にとどまりました。最新の雇用統計は労働市場の明らかな減速を示しており、2025年後半の経済成長に懸念が生じています。米労働省は毎月、事業所を対象とした「事業所調査」と世帯を対象とした「家計調査」を公表しています。以下、主なデータを振り返ります。

事業所調査の結果より

まず、事業所調査の結果によると、20258月の新規雇用者は前月比で22,000人の増加にとどまりました。さらに6月と7月の数値も改訂され、6月は雇用者数が減少に転じた一方、7月は速報値よりも若干高い伸びが確認されました。

8月は多くの産業で雇用の伸びが非常に鈍く、一部では減少も見られました。例外は、医療・福祉業(46,800人増)、娯楽・接客業で28,000人の増加があったことですが、この2分野を除くと8月の雇用者数は大幅な減少となっています。産業別に見ると、建設業で7,000人減、製造業で12,000人減、情報通信業で5,000人減、金融・サービス業で3,000人減、専門・ビジネスサービス業で17,000人減、公務員で16,000人減となりました。雇用の伸びの鈍化の要因としては、関税が需要見通しや企業の設備投資に与える影響、さらに移民政策による労働供給の抑制などが挙げられます。

賃金動向については、8月の民間部門労働者の平均時給は前年同月比で3.7%の上昇となり、20215月以来、2番目に低い伸び率となりました。労働需要の弱まりを受け、賃金上昇圧力は徐々に緩和されているものの、労働者にとって幸いなことに、賃金の伸び率はインフレ率を上回っているため、家計の購買力は改善されています。しかし、関税の影響によってインフレが急加速すれば、消費者の購買力が損なわれる懸念も残ります。

家計調査の結果より

家計調査からは、労働市場についてやや良好な状況も示されました。家計調査には自営業のデータも含まれますが、同調査によると労働力人口は生産年齢人口よりも速いペースで増加し、労働参加率もわずかに上昇したことが分かりました。しかし、雇用の増加は労働力人口の伸びよりもかなり遅く、失業率は上昇して4.3%202110月以来の高水準になっています。特に高卒未満の労働者の失業率が急上昇した一方で、大卒者の失業率に変化はなく、低技能労働者が雇用の面で困難に直面していることがうかがえます。

この雇用統計の結果を受け、米10年国債の利回りは過去10カ月で最低の4.1%まで低下しました。これは景気の減速によってインフレ圧力が低下し、FRB(米連邦準備制度理事会)が金融緩和に踏み切る可能性が高まるとの市場の期待を反映したものです。株価も同様に下落しました。

では、FRBの動向はどうでしょうか。先物市場では、FRBが今月、政策金利を25ベーシスポイントの利下げが実施される確率を89%50ベーシスポイントの利下げが行われる確率を10%と織り込んでいます。さらに、年末までに23回の利下げが行われる確率は91%に達しており、12月までに利下げが行われない確率はゼロと見られています。年内3回の利下げが行われる確率が64%に上っています。言い換えれば、現在多くの投資家は、FRBが積極的な金融緩和に踏み切るであろうと見込んでいるのです。

求人動向にみる労働市場の逼迫緩和

米国では、7月の求人件数が前月から減少し、20249月以来の低水準となりました。地域別では南部、次いで北東部で減少し、西部では増加しました。求人率(全雇用に対する未充足求人の割合)は7月に4.3%となり、これは20253月や20249月と同水準です。これは20205月のパンデミック最盛期以来の最低水準ですが、パンデミック以前と比較すれば、労働市場は依然として逼迫した状況が続いています。パンデミック前の20年間の大半において、求人率は現在の水準よりも低かったのです。足元の逼迫状況は、人口動態の変化や近年の移民政策の転換を反映しています。つまり、労働力人口の伸びが鈍化すると同時に、労働需要も減速しているのです。

産業別に見ると、情報通信業、宿泊・飲食サービス業、専門・ビジネスサービス業で求人率が高い一方、鉱業、卸売業、耐久財製造業では低水準となりました。全体の求人率は、前年同期比で4.5%から4.3%に低下しましたが、建設業、運輸・倉庫業、情報通信業、宿泊・飲食サービス業など一部の産業では求人率が顕著に上昇しています。これらの産業の中には、移民労働者に依存しているものもあり、移民の減少と強制送還の増加が、この求人率上昇の一因となっている可能性があります。結果として、これらの産業における賃金上昇圧力が高まり、インフレを深刻化させる要因にもなり得ます。他方で、鉱業、耐久財製造業、医療・福祉業など、求人率が大幅に低下した産業もありました。製造業における低下は、貿易をめぐる不確実性や混乱と関連している可能性があります。

米国の労働市場は軟化の兆しを見せていますが、求人率は依然として高く、失業率は比較的低い水準にあります。そのため、この軟化が金融緩和を正当化するほどのレベルなのかは明確ではありません。FRBは、「物価の安定(低インフレ)と雇用の最大化」という二つの使命を負っています。現状、インフレ率はFRB目標を上回り加速傾向である一方で、雇用の伸びは鈍化しており、FRBはトレードオフに直面しています。

一方で、米国の金融市場環境が比較的良好であることは経済の強さを示す材料となっています。シカゴ連邦準備銀行が公表する全米金融環境指数によると、現在の米国の金融環境はパンデミック下の202111月以来の好水準にあります。これは、2024年に始まったFRBの金融緩和政策の効果が遅れて表れているためです。これほど良好な状況下で、インフレ懸念が高まっている時期にさらなる金融緩和を行うことが理にかなっているかは明らかではありません。なお、パンデミック以前の2018年から2020年にかけて、この指数が現在よりもさらに良好な水準にあった際、当時は歴史的な低インフレ下にあり、金融引き締めを行う必要はありませんでした。

一方、家計の債務状況は悪化しています。クレジットカードローンの延滞率は世界金融危機直後の2011年以来の高水準となり、自動車ローンの延滞率も大幅に上昇しています。加えて、学生ローンの返済猶予措置が終了したことで、ローン利用者の経済的ストレスはさらに高まっています。こうした家計部門の困難は、金融緩和を支持する論拠となります。

前述の通り、FRBが9月下旬に政策金利を引き下げることはほぼ確実視されており、段階的な金融緩和プロセスの始まりとなる可能性が高いと考えられています。一方で、インフレがさらに加速する可能性もあり、もしそうなれば、金融緩和とインフレ加速が同時に進行するのは極めて異例の事態となるでしょう。

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