景気循環による経済的影響は企業にとって不可避なものです。しかし、世界および地域経済に対し長期的な見通しを持つことにより、企業は景気循環のリスクを最小化することができます。デロイトは、世界のビジネスリーダーたちに必要な、マクロ経済、トレンド、地政学的問題に関する明快な分析と考察を発信することにより企業のリスクマネジメントに貢献しています。
本連載では、デロイトのエコノミストチームが昨今の世界経済ニュースやトレンドについて解説します。今回は、Deloitte Insightsに連載中のWeekly Global Economic Updateの2025年9月1日週の記事より抜粋して日本語抄訳版としてお届けします。

Ira Kalish

Deloitte Touche Tomatsu
チーフエコノミスト

経済問題とビジネス戦略に関するデロイトのリーダーの1人。グローバル経済をテーマに企業や貿易団体への講演も多数行っている。これまで47の国々を訪問したKalish氏の解説は、ウォール・ストリート・ジャーナル、エコノミスト、フィナンシャル・タイムズなどからも広く引用されている。ジョンズ・ホプキンス大学国際経済学博士号取得。

政府出資の背景と狙い

8月下旬、米政府は、米国を拠点とする中で最大手の半導体メーカーに10%出資しました。バイデン政権期のCHIPS法(CHIPSおよび科学法)のもと、政府はこの外国勢に市場シェアを奪われてきた半導体メーカーに最大200億ドルの補助金と融資を約束し、米国内での投資の後押しを図ってきました。他社への補助金と合わせ、アジア依存を低減し、米国での半導体生産を再生する狙いです。

もっとも、この投資が成功するかは不透明です。ある試算では、同社が適切な生産能力を得るには今後数年で500億ドルが必要だとされています。一方、海外の競合企業もCHIPS法の補助金を活用して米国内の製造拠点に大規模な投資を進めていますが、米政府に株式を売却する可能性は低いとみられます。さらに、米国内の半導体工場は、必要な技能を持つ人材が深刻に不足しており、ある海外メーカーは、米国に建設した工場に本国の労働者を派遣していると報じられています。

もしこの投資が一度きりのものであれば、大きな論争にはならなかったかもしれません。2008年のブッシュ政権は金融システムの完全な破綻を防ぐために大手銀行へ資本注入を行い、2009年のオバマ政権は自動車産業の崩壊を防ぐために自動車メーカーへ資本注入を行いました。いずれも政府は速やかに撤収しています。しかし、今回は事情が異なります。

民間への関与拡大と具体例

トランプ大統領は今回の取引について、「私は、我が国のためにそうした取引を一日中でもやる。有利な取引を米国と結ぶ企業も支援する」と述べ、自らの経済戦略を「できるだけ多くを得ること」だと表現しました。

政権内からも同調する声が上がっています。ハワード・ラトニック商務長官は、防衛産業の企業が対象になり得ると述べ、大手防衛企業について「彼らの収益の97%は連邦政府由来だ。もし我々がそのビジネスに基礎となる価値を与えているのなら、トランプ氏が米国民のことを考えているとみなせるだろう」と語りました。米国家経済会議(NEC)のケビン・ハセット委員長は、「この業界でなくとも、他の業界でさらなる取引がいずれ起きるだろう」と述べ、こうした取引が政府系ファンド(SWF)創設への第一歩になり得ると示唆しました。大統領自身もSWFの創設に前向きの姿勢であり、中東のSWFへの称賛を示してきました。

半導体をめぐる案件だけが、政府の民間部門への関与拡大を示す事例ではありません。米政府は、日本企業による米国の製鉄会社の買収を、政府に「黄金株」を付与し、政府が一定の影響力を持てる合意をした後にのみ承認しました。さらに国防総省は、高強度磁石に使われる鉱物を生産する企業に15%出資しました。米国はまた、2社の米テック企業が先端技術を中国に販売することを、収益を政府に分配する条件で認めました。最後に、関税、とりわけ関税免除(適用除外)の裁量的運用は、政府を民間部門に影響を与える立場におきます。

経済への影響とリスク

では、政府が企業の株主になると、どのような影響が出るのでしょうか。中国の例では、国有セクターは民間セクターに比べて革新性や生産性が劣ると広く見なされています。政府が所有する企業では、従業員の解雇、拠点の閉鎖、経営陣への競争力ある報酬の支払いに制約がかかる可能性があります。また、政府が自ら保有する企業を他社より優遇するなど、政策判断が歪む懸念もあります。

もし米国がSWFを創設すれば、実質的にプライベート・エクイティ(PE)の運営主体に近い存在となり、納税者に代わって投資先を選別することになります。強固で自立した民間部門という長い歴史は、米国経済の優れた特徴の一つとされてきました。これを変えることは、相当なリスクが伴います。

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Deloitte Global Economist Networkについて

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