景気循環による経済的影響は企業にとって不可避なものです。しかし、世界および地域経済に対し長期的な見通しを持つことにより、企業は景気循環のリスクを最小化することができます。デロイトは、世界のビジネスリーダーたちに必要な、マクロ経済、トレンド、地政学的問題に関する明快な分析と考察を発信することにより企業のリスクマネジメントに貢献しています。
本連載では、デロイトのエコノミストチームが昨今の世界経済ニュースやトレンドについて解説します。今回は、Deloitte Insightsに連載中のWeekly Global Economic Updateの2025年8月11日週の記事より抜粋して日本語抄訳版としてお届けします。

Ira Kalish

Deloitte Touche Tomatsu
チーフエコノミスト

経済問題とビジネス戦略に関するデロイトのリーダーの1人。グローバル経済をテーマに企業や貿易団体への講演も多数行っている。これまで47の国々を訪問したKalish氏の解説は、ウォール・ストリート・ジャーナル、エコノミスト、フィナンシャル・タイムズなどからも広く引用されている。ジョンズ・ホプキンス大学国際経済学博士号取得。

生成AI投資が押し上げる米国景気と株式市場

生成AIが経済に与える潜在的影響について、よく質問を受けます。現時点で、生成AIへの投資は既に経済活動に影響を与えていますが、長期的成長を左右する生産性には必ずしも反映されていません。2025年上期には、情報技術機器への(インフレ調整後の)実質投資額が実質GDP成長の59%を占めました。この投資の大半は生成AI用のインフラ整備に充てられています。それゆえ、今年前半の経済成長は生成AI投資によって牽引されたといえるでしょう。

さらに2025年上期には、工場・倉庫・オフィスビル・ショッピングセンターなどを含む非住宅部門に対する実質値での投資が急減しました。しかし同じ建設設資に分類されるデータセンターへの投資は大幅に増加したとみられています。仮にこの見方が正しければ、データセンター以外の設備投資はさらに減少しており、生成AI関連投資の押し上げ効果は想定以上に大きかったことになります。データセンター以外における設備投資の弱さの背景には、関税動向をめぐる不確実性から、多くの企業が新規拠点の立地判断を先送りしている点が影響していると考えられます。

こうした生成AIへの大規模な投資は、景気減速が懸念される現在の局面でも株価が過熱している要因の一つかもしれません。実際、いわゆる「マグニフィセント・セブン」と呼ばれる主要テクノロジー関連企業7社の株価上昇は、2024年のS&P500指数の上昇幅のおよそ半分を占めました。

約四半世紀前には、テクノロジー関連株が急騰した「ドットコム・バブル」があり、その後それらの企業への投資収益性への疑念から株式市場は調整局面に入りました。その調整は、結果として緩やかな景気後退をもたらしました。今回も市場調整が起こるシナリオは想定すべきです。関税措置や移民に関する政策は米国景気を減速させる可能性が高く、その減速が顕在化すれば非テック株は下押し圧力を受けやすくなります。投資家がほかの損失を補填するためにポジションを解消すれば、ハイテク株も下落する恐れがあります。

電力需要の急拡大と生産性向上のタイムラグ

生成AIに関連するもう一つの大きな懸念は電力です。国際エネルギー機関(IEA)は、今後の米国の見通しについて、「データセンターの電力消費は2030年までの電力需要増加の約半分を占める見通しで、AIの普及により、2030年にはデータ処理に使われる電力がアルミニウム、鉄鋼、セメント、化学品などエネルギー集約型製品の製造に使われる電力を合計した量を上回る」と予測しています。さらにIEAは「世界のデータセンターによる電力需要は今後5年間で2倍以上になり、2030年には現在の日本全体の電力消費量に匹敵する」とも指摘しています。

また、米国で計画されている発電容量増強の約半分は再生可能エネルギーが占めていますが、再生可能エネルギー関連投資への補助金縮小により、電力消費者のコスト増加が見込まれます。Deloitte Research Center for Energy & Industrialsは、こうした動向が米国の家庭用電気料金を大幅に押し上げると予測しています。電気料金の上昇は、結果として家計消費にマイナスの影響をもたらす可能性があるでしょう。

生成AIへの投資は、米国の経済成長や資産価格の上昇を力強く下支えしている一方で、生産性向上という形でその投資効果が顕在化する時期については、依然として不透明なままとなっています。理論的には、生成AIは最終的に労働生産性を大幅に押し上げ、より高い経済成長率と生活水準の向上をもたらすと考えられます。一方で雇用市場を大きく攪乱し、いくつかの新たな仕事を創出する一方で仕事を消滅させると考えられます。

歴史を振り返ると、新技術の導入から生産性向上が実体化するまでには、タイムラグがあります。技術が経済に完全に組み込まれるまでには時間がかかります。その一因は、新技術をどのように活用するのが最適かを見極めるために時間を要することにあります。生成AIは既に一部の産業や業務プロセスに影響を及ぼしていますが、全体的な生産性を押し上げるほどには経済に浸透していないのが現状です。

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Deloitte Global Economist Networkについて

Deloitte Global Economist Networkは、デロイトネットワーク内外の視聴者向けに興味深く示唆に富むコンテンツを発信する多様なエコノミストのグループです。デロイトが有するインダストリーと経済全般に関する専門知識により、複雑な産業ベースの問題に高度な分析と示唆を提供しています。デロイトのトップマネジメントやパートナーを対象に、重要な問題を検討するレポートやThought Leadershipの提供、最新の産業・経済動向にキャッチアップするためのエクゼクティブブリーフィングまで、多岐にわたる活動を行っています。

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