米国株価の意外な動向
デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
増島 雄樹
デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
バリュエーション&モデリング
小野田 峻

景気循環による経済的影響は企業にとって不可避なものです。しかし、世界および地域経済に対し長期的な見通しを持つことにより、企業は景気循環のリスクを最小化することができます。デロイトは、世界のビジネスリーダーたちに必要な、マクロ経済、トレンド、地政学的問題に関する明快な分析と考察を発信することにより企業のリスクマネジメントに貢献しています。
本連載では、デロイトのエコノミストチームが昨今の世界経済ニュースやトレンドについて解説します。今回は、Deloitte Insightsに連載中のWeekly Global Economic Updateの2025年7月14日週の記事より抜粋して日本語抄訳版としてお届けします。
目次
Ira Kalish
Deloitte Touche Tomatsu
チーフエコノミスト
経済問題とビジネス戦略に関するデロイトのリーダーの1人。グローバル経済をテーマに企業や貿易団体への講演も多数行っている。これまで47の国々を訪問したKalish氏の解説は、ウォール・ストリート・ジャーナル、エコノミスト、フィナンシャル・タイムズなどからも広く引用されている。ジョンズ・ホプキンス大学国際経済学博士号取得。
為替動向と株式市場の堅調さ
米国株価が不確実性や貿易摩擦に直面してもなお、堅調な動きを見せていることについては、様々な議論が行われています。株式市場の堅調さに対する説明の一つとして、ドル安が米国企業の海外収益のドル建て価値を押し上げ、それが企業価値評価に対してプラスの効果をもたらしていることが挙げられます。このようなドル安の進行は、投資家にとっても予想外の展開であったといえるでしょう。理論的には関税の引き上げは通常、貨幣価値の上昇を招くはずですが、実際には逆の現象が生じました。これは、ドルからの資本流出が関税の影響を上回り、通貨安をもたらしたのだと推察されます。さらに、ドル安は米国の輸出競争力を高め、企業収益の増加をも促進すると考えられます。
一部のアナリストは、米国株式が一時的に大きく下落したものの、その後急速に回復し、欧州株式とのパフォーマンス格差が解消されたことを指摘しています。このことは各国の株価指数を現地通貨ベースで評価した場合においては真実でしょう。しかし、ユーロやポンドは上昇しているため、欧州株式を米ドル建てで評価すると欧州株式の方が米国株式を上回るパフォーマンスを示しています。これは世界の投資家が欧州よりも米国の経済見通しに対して依然として悲観的であることを示唆しており、主に貿易摩擦への懸念がその背景にあるものと予想されます。
それにもかかわらず、なぜ米国の投資家は貿易摩擦の潜在的影響に対して比較的冷静なのでしょうか。その理由の一つとして、4月下旬以降の相対的な市場の安定が挙げられます。実際、4月に拡大したジャンク債と米国債の利回りスプレッドは、2月以前の水準まで縮小し、市場ではリスクが限定的であるとの認識が示されています。しかし、直近の貿易関連の発表や威嚇的な声明を受け、貿易摩擦の沈静化は見込めず、依然として不確実性に覆われた状況が続いています。
投資家は「大きくて美しい1つの法案(the One Big Beautiful Bill Act)」と呼ばれる法人税法案が実効法人税率に及ぼす影響に対しても楽観的である可能性があります。しかし、同法案が借入コストの上昇を招く場合は、企業経営にとって逆風となります。さらに、投資家は貿易摩擦が既に経済にマイナスの影響を及ぼしているはずだと予想していたであろうにもかかわらず、米国経済は依然として相対的に健全であり、インフレ率も低位にとどまっています。実際、今後5年間のインフレ期待も抑制された水準にあり、これが投資家心理を安定させていると考えられます。それでも、貿易摩擦の負の影響は時間をかけて顕在化する可能性があるでしょう。
貿易政策と市場の反応
特筆すべきは、トランプ大統領が医薬品輸入に対して200%の関税、銅輸入に対して50%の関税を課すと警告したにもかかわらず、米国株式市場がほとんど反応を示さなかった点です。多くの投資家は、こうした大統領の発言を交渉戦略の一環とみなしているようです。このように、一部の投資家は貿易関連のニュースを軽視し、他の要因に注目しています。彼らは、大統領が依然として歴史的に高い関税率を維持しており、これが長期的には株式市場に対して負の影響を及ぼす可能性が高いことを忘れているように思われます。
ただ、興味深いことに、全ての投資家が大統領の発言を無視したわけではありません。銅価格は輸入銅に対する関税の方針表明を受けて急騰しており、銅が多くの重要な製品や産業で広く使用されていることを考えると、この動きは決して軽視できるものではありません。さらに、もし50%の関税が導入されれば、多くの主要製品の生産コストが劇的に上昇する可能性があります。それにもかかわらず、最近の株式トレーダーを対象とした調査によれば、大多数は8月1日の関税設定期限後も米国の平均関税率が18%を下回ると予想しています。これは現時点での平均関税率がおよそ18%であることを考慮すると、比較的楽観的な見方です。仮にこの予測が正しいとしても、関税率は過去90年間で最も高い水準に留まることになります。そして、平均関税率が10%を下回ると予想するトレーダーは5%未満に過ぎませんでした。
不確実性の影響と今後の展望
最後に、トレーダーは関税の変動や政策的不確実性がもたらす潜在的な影響を十分に考慮していないように見受けられます。今年初来、貿易環境は関税の脅し、実際の発動、撤回、決定の延期が繰り返されてきました。このような状況下では、戦略的な意思決定や投資判断を行うことが困難になります。貿易環境が明確になるまで意思決定を先送りしている企業も存在するでしょう。複数のタイプの企業が同様の対応をとれば、結果として全体の設備投資や経済活動に悪影響を及ぼしかねません。
皮肉なことに、株価が堅調で債券利回りやドル相場も比較的安定している現状では、政権に対して関税政策の転換を促す市場からの圧力は限定的です。4月初旬に非常に高い関税が発表された際には、米国株式市場が急落し、その結果、政府は交渉のため関税の発動を延期する判断を下しました。現在、8月1日までに最終的な関税率の決定が予定されており、投資家は今後の変動に備える必要があるといえるでしょう。
※本記事と原文に差異が発生した場合には原文を優先します。
Deloitte Global Economist Networkについて
Deloitte Global Economist Networkは、デロイトネットワーク内外の視聴者向けに興味深く示唆に富むコンテンツを発信する多様なエコノミストのグループです。デロイトが有するインダストリーと経済全般に関する専門知識により、複雑な産業ベースの問題に高度な分析と示唆を提供しています。デロイトのトップマネジメントやパートナーを対象に、重要な問題を検討するレポートやThought Leadershipの提供、最新の産業・経済動向にキャッチアップするためのエクゼクティブブリーフィングまで、多岐にわたる活動を行っています。