投資家と各国政府は関税の動向に反応
デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
増島 雄樹
デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
コーポレートイノベーション
小野田 峻

景気循環による経済的影響は企業にとって不可避なものです。しかし、世界および地域経済に対し長期的な見通しを持つことにより、企業は景気循環のリスクを最小化することができます。デロイトは、世界のビジネスリーダーたちに必要な、マクロ経済、トレンド、地政学的問題に関する明快な分析と考察を発信することにより企業のリスクマネジメントに貢献しています。
本連載では、デロイトのエコノミストチームが昨今の世界経済ニュースやトレンドについて解説します。今回は、Deloitte Insightsに連載中のWeekly Global Economic Updateの2025年1月27日週の記事より抜粋して日本語抄訳版としてお届けします。
目次
Ira Kalish
Deloitte Touche Tohmatsu
チーフエコノミスト
経済問題とビジネス戦略に関するデロイトのリーダーの1人。グローバル経済をテーマに企業や貿易団体への講演も多数行っている。これまで47の国々を訪問したKalish氏の解説は、ウォール・ストリート・ジャーナル、エコノミスト、フィナンシャル・タイムズなどからも広く引用されている。ジョンズ・ホプキンス大学国際経済学博士号取得。
不確実な米新政権の関税政策
経済面における先週の最大の出来事は、新しい米国政権の発足でした。特に注目されたのは貿易政策です。トランプ大統領は税制、規制、移民、エネルギー、産業政策などに関する新しい政策を提示していますが、その中で最も頻繁に言及しているのは貿易です。貿易は大統領が議会の立法なしに単独で行動できる分野でもあります。
トランプ大統領就任式の日、新政権の政策レビューが完了するまで新しい関税を実施しない意向であるという報道がありました。これにより、米ドルは他の通貨に対して急落しました。実際、大統領は就任演説で貿易についてほとんど触れず、カナダについては一言も言及しませんでした。しかし、その夜にトランプ大統領がカナダとメキシコからの全ての輸入品に対して25%の関税を課す意向を示し、2月1日までに実施する可能性が高いと述べたことにより、米ドルは急騰しました。ですが翌日、投資家の一部では中国に対して新しい関税が提示されなかったことで安心感が広がり、これにより米ドルは下落に転じました。その日の後半になると、トランプ大統領は2月1日から中国からの全ての輸入品に対して10%の関税を課す意向を示し、米ドルはそれに応じて上昇しました。また、中国政府がソーシャルメディア企業TikTokを米国拠点の企業に売却することを拒否した場合、全ての中国製品に対して100%の関税を課すことも示唆しました。しかし最終的に、トランプ大統領が中国に対して高い関税を課すことを「むしろ避けたい」と述べたことで、米ドルは急落しました。多くの投資家は、トランプ政権が近いうちに中国に対して関税を引き上げる可能性が低いと解釈したようです。
結論として、アメリカ政府の関税に関する方針は現時点では明確ではありません。グローバル企業が戦略的意思決定を行ううえで、その不確実性は障壁となります。実際、ここ数日のクライアントとのミーティングでは、多くのビジネスリーダーがこの不確実性を懸念していることが明らかでした。企業は、たとえそれが厳しいものであっても、ルールが明確であることを望んでいます。ルールが不明確であることは投資の抑制要因となります。しかし、新しい米国政権の意図は関税そのものではなく、関税による脅威であるという見解もあります。つまり、この脅威は貿易相手国に譲歩を引き出すことを意図しており、それによって関税の必要性がなくなることを狙っているというものです。
関税政策動向に対する反応
関税はまだ実施されていませんが(訳者注:訳文作成時点では中国に対して10%の関税が発動し、カナダとメキシコへの関税は延期されている)、関税の可能性は既に金融市場や他国の貿易戦略に影響を与えています。金融市場に関しては、関税の見通しが米ドルの価値を押し上げ、他の通貨の価値を抑えています。これを受けて、既に一部の中央銀行はこの問題に対応しており、日本銀行は基準金利を引き上げました。この決定は、通貨の下落圧力に対して為替水準を安定させる意図が含まれていると考えられます。また、通貨安は輸入価格を押し上げることでインフレをさらに引き起こす可能性があることも、考慮すべき要因の一つです。一方、欧州中央銀行(ECB)など一部の中央銀行は、輸出が困難になる可能性がある中で、国内需要を刺激することを目的として金利の引き下げを続ける可能性があります。
一方、米国の貿易相手国の中には、米国の厳しい関税政策に対応する方法を考えている国もあります。その一つの方法は、米国以外との貿易を増やすことです。タイは、ノルウェー、スウェーデン、アイスランド、リヒテンシュタインを含む欧州自由貿易連合(EFTA)との自由貿易協定を締結する予定です。また、タイは欧州連合(EU)、韓国、アラブ首長国連邦との貿易協定を交渉中です。さらに、タイはASEANの一員であり、ASEANはカナダとの貿易協定を交渉しています。今後数カ月や数年にわたり、米国以外の貿易相手を探す動きが広まる可能性が高いと考えられます。
タイは米国以外の国との貿易を増やそうとするだけでなく、タイからの米国への輸出品に対する関税を回避したいと考えています。その一つの方法は、中国製品のタイ経由の輸送を取り締まることです。実際、タイ、マレーシア、ベトナムは、中国企業が米国の関税を回避するために行っている輸送を取り締まることを約束していると報じられています。一方で、中国の製造業者は東南アジアに90億米ドル以上を投資しています。この投資の目的は、東南アジアで製品を組み立て、米国に輸出することで中国に対する米国の関税を回避することです。しかし、米国は東南アジアからの中国製品の輸入を徹底的に調査し、その製品が米国の要件を満たしていることを確認しています。東南アジアの国々にとっては、バランスを取ることが必要です。一方では中国の投資を望んでいますが、他方で、中国企業が単に中国で製造した商品を輸送しているだけでないことを明らかにしたいと考えています。
一部の国々が新しい環境に対応するもう一つの方法は、米国との貿易黒字を減らすことです。これは、貿易不均衡を理由に関税を課すと述べている米国政権を喜ばせるでしょう。これまで述べた通り、貿易不均衡は貯蓄と投資の差によって生まれた結果です。多くのアジア諸国では、貯蓄が投資を上回っているため、貿易黒字が存在します。もしそれらの国々が貯蓄を減少させる政策(例えばソーシャル・セーフティー・ネットの改善)を実施し、消費を増やすことができれば、国内需要が増加し、輸出依存の成長は抑制されます。これにより、米国の関税を回避することにつながるかもしれません。
一方で、関税の脅威は米国企業の意図にも影響を与えています。在中国米国商工会議所が中国で実施した調査によると、過去最高の数の米国企業が中国から撤退するか、撤退を検討していることがわかりました。調査では、回答者の30%が既に調達と生産を中国から移転したか、移転を計画していると答えました。この数は2020年以来倍増しました。なお、この調査の大部分は米国選挙直前に行われたものであることを付け加えておきます。
※本記事と原文に差異が発生した場合には原文を優先します。
Deloitte Global Economist Networkについて
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