景気循環による経済的影響は企業にとって不可避なものです。しかし、世界および地域経済に対し長期的な見通しを持つことにより、企業は景気循環のリスクを最小化することができます。デロイトは、世界のビジネスリーダーたちに必要な、マクロ経済、トレンド、地政学的問題に関する明快な分析と考察を発信することにより企業のリスクマネジメントに貢献しています。
本連載では、デロイトのエコノミストチームが昨今の世界経済ニュースやトレンドについて解説します。今回は、Deloitte Insightsに連載中のWeekly Global Economic Updateの2024年11月11日週の記事より抜粋して日本語抄訳版としてお届けします。

Ira Kalish

Deloitte Touche Tomatsu
チーフエコノミスト

経済問題とビジネス戦略に関するデロイトのリーダーの1人。グローバル経済をテーマに企業や貿易団体への講演も多数行っている。これまで47の国々を訪問したKalish氏の解説は、ウォール・ストリート・ジャーナル、エコノミスト、フィナンシャル・タイムズなどからも広く引用されている。ジョンズ・ホプキンス大学国際経済学博士号取得。

米国大統領選で両者ともに触れなかった問題

最近終了した米国の大統領選挙期間中、興味深いことに、どちらの候補者も米国の膨れ上がる公共部門の債務についてほとんど言及しませんでした。移民、インフレ、中絶、貿易については多く語られましたが、政府支出をどのように賄うか(あるいは賄えないか)という極めて重要な問題はあまり注目されませんでした。一方で、私が経済見通しをお話する際に受けた質問から判断すると、この問題はビジネスリーダーにとって懸念の種となっています。この懸念は正当なものでしょうか。

まず、いくつかの事実を確認しておきましょう。連邦議会予算局 (CBO) によると、終了したばかりの会計年度において、連邦政府の財政赤字(支出から収入を差し引いたもの)はGDP6.7%に達したと推測されています。これは、経済がほぼフル稼働しており、歴史的に低い失業率を記録していることを考えると、異常に高い数字です。歴史的に見ても、財政赤字対GDP比がこれより高かったのは、深刻な不況時か、第二次世界大戦中および直後だけです。さらに、両候補者の税制および支出計画を踏まえると、財政赤字は今後数年間、拡大しないとしても比較的高水準で推移する可能性が高いと考えられます。

一方、債務水準も歴史的に高くなっています。債務を測定する方法は3つあり、まず、一つ目は、債権者が誰であるかに関わらず、負債総額で測る方法です。この基準では、2022年度末の債務対GDP比は123.4%でした。これは、歴史的なピークとされている、新型コロナウイルスのパンデミック時である2020年度の127.7%を下回る数字となっています。第二次世界大戦中には、債務対GDP比がこの水準に達することはありませんでした。

二つ目は、国民が保有する債務です。これには、社会保障信託基金などの政府勘定に入る債務は含まれません。この基準では、債務対GDP比は2​​022年度に97%2024年度末には99%になる可能性が高いとされています。2020年度には、この比率は99.7%でした。それ以前では、1945年に103.9%、1946年に106.1%に達したことがあります。さらに、どちらの候補者の下でも、この比率は今後数年間で大幅に上昇する可能性が高いと考えられています。

最後に、最も重要であろう三つ目の基準は、中央銀行保有債務を除いた、国民保有の債務です。FEDの保有債務は、2010年の世界金融危機の際、そして2020年のパンデミックの際に大幅に増加しました。これらの増加は、FEDが流動性を高めるため国債やその他証券を購入した量的緩和政策の一環でした。銀行の貸し出し減少によりマネーサプライが減少することを防ぐためのものでした(実際に世界恐慌時には発生した出来事です)。この指標が重要である理由は、政府債務が民間部門に与える真の影響を反映するからです。この指標によると、2022年度の債務対GDP比率は74.5%であり、2020年の78.7%から減少しました。債務対GDP比がこれより高かったのは、1944年から1948年までの期間で、1946年には比率は95.6%に達していました。どちらの候補者の下でも、この比率もまた今後数年間上昇すると予想されています。

財政赤字に対する懸念の行く末

このように、現在赤字と債務の水準はどちらも歴史的に高くなっていますが、まだ壊滅的な状況ではありません。私たちはこれらについて心配すべきでしょうか?答えは「はい」でもあり、「いいえ」でもあります。通常、多額の政府債務は民間投資家と乏しい資金を奪い合うことで借り入れコストが上昇し、結果として投資と経済成長が阻害されるため懸念されますが、ここ数年はそのような影響は見られていません。加えて、投資家が国債を常に購入するのであれば、中央銀行は債務を現金化することで、破滅的なインフレーションを引き起こす可能性もありましたが、現時点ではそのような事態も発生していません。

また、多額の債務の存在と債務増大の予想は、債務不履行やインフレによる現金化を恐れる投資家を怯えさせ、金融危機を引き起こす可能性があります。しかし、現時点では、このような動きは見られません。さらに、日本は、債務対GDP比が米国よりもはるかに高いにも関わらず、借入コストとインフレ率が低いという興味深い例を示しています。これは、先進国経済が特段問題なく多額の債務を管理できることを示唆しています。

一方で、どの政府にも限界があります。結局のところ、いくつかの国の経験から我々が学んだことは、過剰な債務と政府借入は、経済成長の鈍化か高インフレ、またはその両方に繋がるということです。例えば、1920年代のドイツや、より最近でいうと2010年代のギリシャの事例を考えてみてえください。また、ベネズエラ、アルゼンチン、ジンバブエなどの国は、憂慮すべき例を示しています。

しかし、米国はこれらの国々とは異なります。米国は世界の主要通貨を発行しているため、「法外な特権」を持っています。外債が自国通貨であるだけでなく、特に不確実性の高い時期には、世界中の投資家が米ドルを求めます。米国債市場は巨大であり、流動的であり、透明性が高く、信頼性も高いため、米国は目立った影響を受けることなく、他国よりも拡張的な財政政策を実施できる可能性が高いといえます。

とはいえ、これが永遠に続くとは限りません。政策転換がない限り、米国がその大盤振る舞いの代償を払う時がやって来るでしょう。その時がいつになるかはわかりません。今からずっと先になるかもしれません。私は、1980年代の米国の財政政策に関する厳しい警告を覚えています。当時、大規模減税と国防費の増加により赤字が膨らんでおり、専門家は危機が差し迫っていると警告していましたが、結局のところそのような事態は起こりませんでした。

財政赤字を今後乗り切るために

では、今後何ができるのでしょうか。将来の財政赤字が不格好な軌道を辿る主因は、人口動態にあります。つまり、高齢化により、社会保障やメディケアなどの高齢者向けの給付金への支出の増加が見込まれています。生産年齢人口の伸びが鈍化する中、増税を行わない限り、これらの支出を賄うための政府歳入の伸びは十分ではなくなるでしょう。この問題に対処する方法はいくつかあります。例えば、定年年齢の引き上げや税金の引き上げ、給付金の削減、その他の政府支出の削減、移民の促進(退職者に対する労働者の比率を高める)などが考えられます。これらはどれも政治的に容易ではありませんが、これらを組み合わせることで、問題は解決に向かうでしょう。

また、連邦政府の支出の大部分は医療(メディケア、メディケイド、退役軍人給付金など)に充てられています。期待されるのは、生成AIをはじめとする新技術が医療サービスの生産性を向上させ、コスト削減に寄与することです。これが実現すれば、政府の財政赤字に大きな影響を与えることになりますが、これらの進展は依然として未知数です。

いずれにせよ、政府のリーダーたちは、この長期的な問題に対処するリスクを避けたがり、投資家の懸念が引き金となり、短期的な問題となるまで動かない可能性が高いでしょう。1990年代に政治コンサルタントのジェームズ・カービルが次のように述べたことを思い出しましょう。「生まれ変わりがあるとしたら、大統領かローマ法王か、400本打者になりたいと昔は思っていた。だが今は債券市場になりたい。皆を威圧できるからだ」。ひとたび債券市場が債務問題で政治家を威嚇するようになれば、アクションを起こす可能性は高まるでしょう。

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Deloitte Global Economist Networkについて

Deloitte Global Economist Networkは、デロイトネットワーク内外の視聴者向けに興味深く示唆に富むコンテンツを発信する多様なエコノミストのグループです。デロイトが有するインダストリーと経済全般に関する専門知識により、複雑な産業ベースの問題に高度な分析と示唆を提供しています。デロイトのトップマネジメントやパートナーを対象に、重要な問題を検討するレポートやThought Leadershipの提供、最新の産業・経済動向にキャッチアップするためのエクゼクティブブリーフィングまで、多岐にわたる活動を行っています。

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社

増島 雄樹 / Masujima Yuki

マネージングディレクター・プリンシパルエコノミスト

外為トレーダーとしてキャリアをスタート。世界銀行、日本銀行、日本経済研究センター主任研究員、ブルームバーグシニアエコノミストを経て、2023年4月より現職。マクロ経済予測・費用便益分析・政策提言を中心に、エコノミクス・サービスを提供。為替に関する論文・著書多数。2018年度ESPフォーキャスト調査・優秀フォーキャスター賞を受賞。博士(国際経済・金融)。

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コーポレートイノベーション

大塚 充 / Otsuka Mitsuru

シニアコンサルタント

総務省入省後、情報通信行政を中心に特殊法人の監督や制度改正、白書の執筆などの業務に従事。その他、内閣官房、内閣府、金融庁、財務省に在籍したほか、在ベトナム日本国大使館において主に経済協力に関する業務に従事。2023年にデロイトトーマツファイナンシャルアドバイザリー合同会社に入社。経済学を活用した調査研究業務などに携わる。