地球の温暖化は加速しており、2024年の世界平均気温は従来の最高である2023年を超える見通しです。世界各地では、台風や猛暑、豪雨などの自然現象が想定外に大きくなっており、気温上昇の抑制は喫緊の課題といえます。このため主要国は、2050年に温室効果ガスの排出量を実質ゼロにする目標を掲げており、国や大手企業の取り組みに加え、気候変動対策に関連する新しい技術を開発する「Climate Tech(クライメートテック)」と呼ばれるスタートアップ企業に対する期待感が急速に高まっています。これまでは再生可能エネルギー導入など温室効果ガスの排出削減を目的とした「緩和」の領域が市場をけん引してきましたが、デロイト トーマツ ベンチャーサポート株式会社(DTVS)気候変動ビジネスユニットの深栖大毅と畑仲晃稀は、気候変動対策のもう1つの柱である「適応」の領域と両輪で進めることますます重要になると提唱しています。

深栖 大毅

デロイト トーマツ ベンチャーサポート株式会社
マネジャー

大手コンサルティングファームにて、TCFD開示、マテリアリティ評価、環境社会インパクト可視化、ESG投資戦略立案・運用支援などサステナビリティ関連の幅広い支援に従事した後、2024年にデロイト トーマツ ベンチャーサポートに入社。気候変動領域における大企業のイノベーション支援や官公庁の政策立案支援、国内Climate Techのアクセラレーションなどを担当。前職においては、金融庁サステナブルファイナンス推進室に2年間出向し、政府のサステナブルファイナンス関連政策立案にも従事。

畑仲 晃稀

デロイト トーマツ ベンチャーサポート株式会社
コンサルタント

製造業系ベンチャー企業にて、toBマーケティングに従事。DTVSに入社後、気候変動領域(カーボンクレジット、CCUS、サーキュラーエコノミー、生物多様性など)における市場・技術調査や新規事業立案、スタートアップスカウティングなどに従事。大企業、官公庁に対してオープンイノベーションに資する取り組みを支援する。

適応領域の技術・サービスは、気候変動によるリスクを最小限化

――世界のClimate Tech市場はどのように推移していますか。

深栖

2015年に気候変動問題に関する国際的な枠組み「パリ協定」が定められて以降、欧米や近年は中国などを中心にClimate Tech市場は拡大しております。一方、正確な統計データはありませんが、その大半は温室効果ガスの排出削減を目的としたいわゆる「緩和」に関するものであると考えられます。

こうした中、私が注目しているのは、気候変動対策におけるもう1つの柱である「適応」の領域です。「緩和」が進んで2050年ネットゼロの達成など気温上昇を抑えることに成功できたとしても一定の気候変動は避けられず、それらに文字通りどう適応していくか、というのが「適応」の取り組みです。日本を含め世界中で気温の上昇や台風・洪水も頻発化しており、被害が毎年のように顕在化しています。このような背景のもと、「適応」への関心は高まり、盛り上がってきていると実感しています。

損失と損害の回避、最小化、対処
参考:UNEP、適応ギャップ報告書2023(エグゼクティブ・サマリー)、地球環境戦略研究機関、2024年3月

サプライチェーン上でリスクを算定し、ハード・インフラといった分野ごとに対策

――適応領域ではどういった取り組みが行われているのですか。

畑仲

ファジーな概念であるため、範囲は非常に幅広いと理解しています。カテゴリーの1つがリスク関連で、対象となるのはメーカーや農業など、ものづくり関連の産業です。具体的にはサプライチェーン上でリスクを算定し、「この工場は洪水に弱い」といったリスクの算定評価・分析を行います。例えば、山を所有する会社の場合、山火事が発生すれば甚大な被害が発生するため、継続してモニタリングするなどしてリスクを把握するなどのニーズが存在しており、実際にスタートアップ企業がソリューションを提供している事例があります。こうしたソリューションを活用し、対応方針や適切な戦略を策定、実行に移すという流れになります。

――どういったリスク対策が講じられるのでしょうか。

畑仲

ハード・インフラ、ソフト・オペレーション、モノ(原材料~完成品)、その他という4つの分野に分解して説明すると、ハード・インフラは調達・生産・配送という大きな軸がある中で、例えば配送や倉庫のインフラを保護し、強化するソリューションが提供されています。ソフト・オペレーションには熱中症や感染症対策など現場でのオペレーションや、防災テックのような非常時の資源・エネルギーの確保も含まれています。

モノについては品質や耐性の強化につなげるのがねらいで、スプレーをかけると生鮮食品の鮮度が保たれるといったソリューションがあります。水をいかに循環利用できるかといったところも重要になってきます。また、経営リスクをいかに分散させるかという観点から、保険も対象となります。

適応プロジェクトのテーマトレンド
参考:BCG、The Future of Climate Finance Through Investor Attitudes

レジリエンスにつながる技術を生むスタートアップの登場に期待

――「適応」領域で注目しているスタートアップを教えてください。

畑仲

機械学習と人工知能(AI)を通して気候変動の問題に取り組む米国のテクノロジー企業です。従来よりも高精度で降水量等の予測が可能となり、農業分野では50を超える国でサービスを提供し、種子の品種開発や製品の需要予測などで活用されています。1シーズンで数十万~数百万ドルの損失を防いだケースもあります。他の分野でも新しいスタートアップが続々と誕生しています。

――日本発の動きは遅れていますか。

深栖

残念ながら欧州などに比べるとまだまだ存在感が小さいといえます。しかしそれはスタートアップ市場全体のトレンドも同様で、Climate Techだから特に弱いというわけではないとも考えます。また、「適応」領域は今まで全くなかった画期的な技術が必ずしも求められているかといえば、そうでもない事例もあります。例えば既存の防災の取り組みである洪水予測の技術を精緻化し、よりリアルタイムで洪水範囲や浸水深を予測しその影響を評価、また適切な事前の避難誘導・資産保全などを可能にする大学発ベンチャーもあります。

昨今では石川県能登地方を襲った記録的な豪雨に代表されるように、激甚化する水害対策は、日本が直面する最も重要な気候変動関連の課題の1つといえます。ハザードマップなど既存の取り組みをさらに拡充して洪水影響を予測するという技術は、Climate Techにおける「適応」領域の代表的な例でしょう。日本は防災の取り組みが進んでいるといわれますが、気候変動が進む中、「適応」の観点でレジリエンス(強靭性)向上に向けた事業・サービスが生まれることに期待しています。

――こうした動きを踏まえDTVSとしては、どのような形で事業を推進していきますか。

深栖

Climate Techという観点ではすでに、大企業とのマッチングや自治体が行うアクセラプログラムでの支援などの事業を幅広く展開しています。その過程では、「適応」という領域は今後大きく伸びていく領域だと訴求しながら、日本のClimate Tech市場を盛り上げていきたいと考えています。大企業のイノベーション領域では、例えばインフラ系の企業が「適応」領域でのClimate Techに強い関心を抱いています。そういった顧客に対し、「適応」を気候変動の新しい軸として定め、イノベーションの支援を行っていきたいと考えています。

デロイト トーマツ ベンチャーサポート株式会社

伊藤 俊祐 / Ito Shunsuke

シニアコンサルタント

大手新聞社の記者として、30年間にわたって経済関連の取材活動に従事。エネルギーや自動車、住宅・不動産、金融、機械、流通、中小・ベンチャー業界や財界、環境問題などを担当した。2019年5月よりデロイト トーマツ ベンチャーサポートに入社。