大学発ベンチャーの台頭が新たな産業・雇用を誘発し、地方創生も加速
デロイト トーマツ ベンチャーサポート株式会社
伊藤 俊祐
大学の研究成果などを生かして起業する大学発ベンチャーが増えています。経済産業省の調査によると2023年度の数は4288社。2015年度に比べると2.4倍となりました。優れた研究成果の事業化が加速すれば新産業や雇用の創出に繋がり、日本経済の発展にも大きく貢献しそうです。デロイト トーマツ ベンチャーサポート(以下、DTVS)BP事業部の狩谷真治は大学発ベンチャーのさらなる台頭に向け、「東京・大阪だけではなく地方でも投資家を巻き込んだエコシステムを確立させることが重要」と指摘しています。
目次
狩谷 真治
デロイト トーマツ ベンチャーサポート株式会社
シニアマネージャー
大手金融機関にてキャリアをスタート。その後、大手人材紹介会社へ転じ経営企画、営業企画、新規事業開発責任者として従事。DTVSにおいて、プレシード・シード期のスタートアップ企業に対する事業戦略立案、HR戦略支援に従事。現在は全国の大学発スタートアップ創出に向けたプロジェクトなど教育機関領域での活動に注力している。全国の教育機関へのアントレプレナー講義実績多数。
起業によって教育機関に眠っているシーズを掘り起こし、日本を成長軌道に乗せる
――政府が掲げるスタートアップ育成5カ年計画の中で、大学発ベンチャーはどのように位置づけられていますか。
コアな存在だと思っています。ディープテックや創薬については、大学に数多くのシーズがあります。それらを世に出していくことが国として、最も重要でインパクトのある戦略だと5カ年計画では考えているからです。日本は研究者の数や研究開発費に加え、出願数が減ったとはいえ特許の数も世界のトップ5に入っており、国力は強い。大学や高専など教育機関に眠っているシーズを次代の産業の原動力にするために事業化することは、日本を成長軌道に乗せるためにも重要なことです。
――研究者の数などを踏まえると、大学発ベンチャーはまだまだ少ないという印象があります。
日本の研究者はなかなか起業しません。そもそも「しよう」という選択肢がない。多くの研究者に会ってきましたが、そう感じています。研究に取り組みたいけれど、起業すると研究に費やす時間が減ってしまう。そんな不安感があるからです。しかし、起業した研究者の多くは「起業した方が研究開発に充てる時間もお金も増える」と言っています。芽が出る可能性があるシーズについて、きちんとビジネスモデル化できる道筋を描けば、国から支給される研究費や補助金などに比べて使いやすいお金が必然的に集まってくるからです。
――経営スタイルも徐々に変わっているのでしょうか。
一昔前までは、研究者に研究も経営も担わせてうまくいかないケースが目立っていました。しかし最近は、研究者がCTO(最高技術責任者)のような立ち位置で、経営は経営のプロに任せるというケースが増えています。例えば、核融合スタートアップの京都フュージョニアリング。京大を卒業しさまざまな会社で経営に携わってきた長尾昂・現会長は、京大で核融合の研究に取り組んできた教授とタッグを組み創業しました。資金集めは経営者が行い、研究者は研究に専念するという役割の明確化で事業を進めています。分業であれば、しんどい局面をスムーズに乗り越えることができます。時間が担保され資金調達が成功すれば、研究のスピード感も早まるというわけです。
全国を9つのエリアに分けて大学主体のベンチャー育成プラットフォームを展開
――大学発ベンチャーの創出は、どのような形で進められていますか。
文部科学省と科学技術振興機構は大学発スタートアップの創出に向け、エコシステムの構築に本格的に取り組んでいます。重要な役割を果たすのが、東京大、早稲田大、東京科学大を主幹とする「グレーター・トウキョウ・イノベーション・エコシステム」(GTIE:ジータイ)などのプラットフォーム。全国を9つのエリアに分け旧帝大などが中心となって活動を進めています。具体的には資金を渡して研究シーズを実証実験につなげ、本当に起業できるのかといった点やビジネスとしてニーズがあるのかなどを検証します。起業の目標数もコミットしています。
――IPOの事例は少ないようですが。
逆にいい傾向だと思っています。これは大学発に限った話ではありませんが、日本のスタートアップはM&A市場が未成熟という理由もありますが、イグジットがIPO(新規公開株式)一択の傾向が強く見られます。VC(ベンチャーキャピタル)からの資金調達により時間軸に制約があるということもありますが、結果的にプロダクトが中途半端になってしまうことも。もっと時間をかけていれば事業を広げられたのにと思わせるような、小粒な上場が見受けられます。その結果、IPO後にも継続して成長している企業は日本では極めて少ない印象です。研究やプロダクトの開発にかかわるプロセスを、会社を成長させる期間として位置づけIPOが遅れているのだとしたら二重丸を付けて良いと思っています。
――大学発ベンチャーの創出に向けて、DTVSとしてはどういった取り組みを行っていますか。
大学に赴いて起業気運を醸成するために「起業とは」といった講座を、学生や研究者、学校関係者に実施しているほか、「アイデア段階のものや研究シーズをどういった形でビジネスに昇華するのか」などの課題解決の支援を行っています。また、大学の中にアクセラレーターがいなければ各大学は自走できないので、起業支援人材の育成にも力を入れています。
地方創生に繋げるには、投資家を巻き込んだエコシステムの確立が重要
――地方大学発ベンチャーが成長すれば、地方創生にどのような形で貢献するのでしょうか。
地域課題の解決型スタートアップは、地域に産業を創出するなどの経済効果をもたらす効果があると思います。一方、インパクトが大きいのは研究開発型スタートアップ。その地域を超えて社会に認知される企業が成長した後も本社機能を地元に置いておけば、地域産業は新たな雇用を創出します。人口の増加などにより地域が潤い、そんな企業が「この大学から誕生しました」となると、各地から大学に学生が集まるようになったり、多様な人材が流入したりと副次的な効果も生まれてくることになるでしょう。
しかし地方では、こうしたサイクルが十分に構築されていません。スタートアップが成長しようとすると投資家を巻き込むことが必要なのに、投資の8割が東京に集中しているのが現状です。大企業やVCなどエコシステムを形成しているステークホルダーが東京に集結しているからです。一方、地方自治体や大学の間でも独自のプラットフォームを整備して、地元の企業とスタートアップをマッチングさせる活動が広がってきました。地方の大企業は成長する手段を探しており、地元を何とかしようという熱意も強い。ただ、情報や支援人材も少なく、何をすればよいのかがよく分からない。この部分にDTVSが携わることで、と思っています。
――行政にはどういったところに期待していますか。
政府のスタートアップ支援施策をより盛り上げようとしたときに、最も重要なのは認知度を上げることだと思います。行政が「スタートアップの成長を支援していますよ」といった情報をオフィシャルな形で発信すれば、さまざまな人が目にするようになり、子どもからお年寄りに至る幅広い年齢層の間で、スタートアップという用語が広がっていきます。小学生やおばあちゃんたちから「私はこのスタートアップを応援しているんだよ」といった話が出てくるようになると、生活者にも浸透して国が総出で応援する状況になります。そうなれば色々な力が働くようになる。地域住民にあまねく周知できるのが官の力です。スタートアップの認知向上のためにも、官との連携に力を入れたいですね。
――産官学の連携をより強固なものとするには、どういった部分に予算を使う必要があると考えますか。
地元企業を招き入れることで成果を残すプラットフォームが地域ごとに整備されています。しかし、企業にはあくまでもボランティアといった感覚が残っており、アグレッシブに動けていないのが現状です。このままでは、急に景気が悪化すると動きが止まってしまいかねません。
こうした事態を回避するためにも、事業会社が全力でリソースを投入できるようなスキームを描くことが必要です。例えば、起業家教育の補助や出資に対するファンドサポート、新規事業やプラットフォーム構築の機運醸成や運営にかかわる補助金などプラットフォームの完成を目指して予算を配分すれば、それぞれのプレーヤーがお金を気にせずに動けるようになります。結果として産官学の連携は一段と強固なものとなり、地域の活性化に繋がるでしょう。