限りある資源の「水」が世界的に不足しています。新興国の人口増加、都市開発、地球温暖化による異常気象などによって水問題は深刻化の一途を辿っています。日本でも、能登半島地震で断水が長期化したことは記憶に新しく、インフラ老朽化への対策も必要です。水ビジネスは活況となっていますが、レジリエンスを高めるためには画期的な技術やソリューションが欠かせません。デロイト トーマツ ベンチャーサポート(DTVS)気候変動ビジネスユニットの宮澤嘉章と畑仲晃稀が、水ビジネスの実態とWater Techを担うスタートアップのイノベーションについてご紹介します。

宮澤 嘉章

デロイト トーマツ ベンチャーサポート株式会社
ディレクター

米系戦略コンサルティングファームにて新規事業開発、M&A、営業改革、中期経営計画策定などのコンサルティングに従事。大手総合商社にてインフラ/エネルギーおよび脱炭素領域を中心とした新規事業開発、新興国でのビジネス拡大戦略策定に従事。中南米に駐在しパートナーの開拓、新規事業開発を担当。DTVS参画後は、執行補佐として気候変動領域のプロジェクト・事業創出の責任者を務める。

畑仲 晃稀

デロイト トーマツ ベンチャーサポート株式会社
コンサルタント

製造業系ベンチャー企業にて、toBマーケティングに従事。DTVSに入社後、気候変動領域(カーボンクレジット、CCUS、サーキュラーエコノミー、生物多様性など)における市場・技術調査や新規事業立案、スタートアップスカウティングなどに従事。大企業、官公庁に対してオープンイノベーションに資する取り組みを支援する。

水危機への対応は待ったなし――世界で加速する水ビジネス

――今なぜ世界的に「水」に注目が集まっているのでしょうか。

宮澤

まず、人口爆発が背景にあります。世界の人口は50年で2倍以上となり80億人を超え、新興国を中心に増加が続いています。生活用水も食糧生産のための水も不足しています。さらに、気候変動による洪水や干ばつの増加、都市開発による水質汚染なども加わり、水問題は一層深刻化すると見込まれています。

日本は水に恵まれた国ですが、水の問題は身近にあります。能登半島地震では、水道設備が被災して大規模な断水が起き、復旧に5カ月ほどもかかった地域もありました。災害やインフラの老朽化に対応し、レジリエントな社会を実現することは日本の課題といえます。

――水ビジネスのポテンシャルは大きいのですね。

宮澤

社会ニーズの高まりを受け、水ビジネスは大きく成長しています。水の課題は多岐にわたるので、一口に水ビジネスといっても様々な領域があります。下図の「水領域が抱える主な課題」で説明しましょう。①水源確保と②浄水処理・配水は、わかりやすくいうと供給側が「水を作る」部分です。③水の利用は需要側が「水を使う」部分です。④廃水収集・処理、リサイクルは「使った水の後処理」が中心です。

どの領域でもイノベーションが不可欠です。例えば電気や水道がない場所に住む人達に迅速に水を提供するには、従来とは異なる画期的な技術が必要になるかもしれません。世界中で、新しい技術やソリューションを持つWater Techスタートアップが立ち上がっています。スタートアップがもたらすイノベーションへの期待は大きく高まっています。

水領域が抱える主な課題
出所:DTVS作成

水ビジネスのイノベーションと注目のスタートアップ

――水ビジネスにイノベーションをもたらす新しい技術にはどのようなものがありますか。

畑仲

水を作る部分では、昔から行われている海水淡水化をより省エネかつ低コストで行う技術や、空気から水を作り出すといった画期的な技術もあります。水の利用では、農業や工場など水を大量に利用する産業向けに水利用を効率化・高度化するソリューションが登場しています。処理・リサイクルでは、廃水を濾過するための新たな膜技術の開発が進んでいます。また、水のサプライチェーン全体のリスク診断などを行う分析技術も発展しています。

特に、空気から水を作る技術や水のリスク算定などは、スタートアップの参入が相次ぎ活性化しています。

――注目すべきスタートアップをご紹介ください。

畑仲

水の生成ではインドのUravu Labsがあります。乾燥剤で空気中の水分を吸着し、太陽光エネルギーを使って飲料水を生成します。インドなどの新興国には、従来型の電気や水道が未整備で水不足に苦しむ人が大勢いるため、有望な技術です。彼らはインドでも実用化可能な低コストにこだわって開発しています。ビル ゲイツ氏が設立したVCであるブレークスルー・エナジー・ベンチャーズも米国の水生成ベンチャーSource Globalに投資していますし、投資家からの出資も拡大している領域です。

水リスク算定の有力スタートアップは米国のWaterplanです。企業が渇水や洪水で操業できなくなるなどのリスクを分析するサービスをSaaSで提供します。多数のグローバル大手企業がサービスを導入していますし、水ビジネスの大手企業栗田工業は2024年3月にWaterplanとの協業を発表しました。水リスク算定のニーズが拡大している理由は、水の重要度が増しサプライチェーン全体で管理する必要性が高まっていることに加え、TCFD(*1)やTNFD(*2)が浸透し、企業の責任としても定量化が求められていることが挙げられます。

テクノロジーの進化も追い風です。Waterplanのコアテクノロジーは衛星画像のAI分析ですが、これらの技術が発達したことにより優れたソリューションが実現しています。水リスク分析は一例であり、昨今は衛星画像解析やAI技術を元に、気象予測、災害リスク分析、水源観測など様々な方面に特化したスタートアップが登場しています。

*1:気候変動への取組みや影響に関する情報開示の枠組み。TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)
*2:自然環境や生物多様性に関する取り組みや影響に関する情報開示の枠組み。TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)

――日本国内でもスタートアップの技術は活用されていますか。

宮澤

能登半島地震で断水した避難所に移動式シャワーを提供して大活躍したWOTAは、水をリサイクルして循環させる技術を持ったスタートアップ企業です。排水を浄化し再利用することで水を非常に効率的に利用できます。気候変動によって災害の激甚化や頻発化が進んでおり、災害時の水供給の重要性はいっそう高まるでしょう。

上下水道が整備された日本でも、人口減少と過疎化が進む地方で老朽化が進むインフラをいかに維持するかは課題になっています。従来型の大型インフラを改修するより、その場で水を作りリサイクルするといった分散型の水システムを構築したほうが効率的だとして新しい水技術への関心が高まっています。

日本企業にとってのビジネスチャンスとオープンイノベーション

――どのような企業が水ビジネスのイノベーションに関心を持っていますか。

畑仲

栗田工業はWaterplanと協業することで、既存の事業においてデジタル活用やデータ分析の技術を強化しています。水事業や水道インフラ事業に関わる企業、水資源と関係が深い商社、水を利用する製造業やデータセンター事業者など、水に関わる企業は幅広いです。

また、市場の成長を見込んで、新規事業として水ビジネスに参入したいという企業からのご相談もあります。

宮澤

水インフラ事業を行う大手企業の水ingは、2023年12月にベンチャーファンドに出資し、有望なスタートアップとの連携機会を広げ、オープンイノベーションを強化すると発表しました。かねてより総合商社などは幅広いサプライチェーンにおいて様々な水ビジネスを展開しており、足元でも新たな技術に注目しています。異業種参入の事例としては、全国に拠点やリソースを保有する業態(例:金融業など)がそれらのアセットを活用した新規事業として水ビジネスへの参入を進めるケースもあります。

前述のとおり宇宙(衛星)やデジタルとの掛け合わせによる新たな付加価値創造も進んでいます。水ビジネスは、世界中で優れたスタートアップが生まれており、国内外にビジネスチャンスがあります。より多くの企業に注目していただきたいと思います。

――生活や社会に欠かせない水の課題解決に向けて、日本発のオープンイノベーションが進むことを期待しています。

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
DTFAインスティテュート

小林 明子 / Kobayashi Akiko

マネジャー

調査会社の主席研究員として、調査、コンサルティング、メディアへの寄稿などに従事。IT業界およびデジタル技術を専門とし、企業および自治体・公共向けIT市場の調査分析、テクノロジーやイノベーションについての研究を行う。2023年8月よりの主任研究員としてDTFAインスティテュートに参画。