景気循環による経済的影響は企業にとって不可避なものです。しかし、世界および地域経済に対し長期的な見通しを持つことにより、企業は景気循環のリスクを最小化することができます。デロイトは、世界のビジネスリーダーたちに必要な、マクロ経済、トレンド、地政学的問題に関する明快な分析と考察を発信することにより企業のリスクマネジメントに貢献しています。
本連載では、デロイトのエコノミストチームが昨今の世界経済ニュースやトレンドについて解説します。今回は、Deloitte Insightsに連載中のWeekly Global Economic Updateの2024年3月25日週の記事より抜粋して日本語抄訳版としてお届けします。

Ira Kalish

Deloitte Touche Tomatsu
チーフエコノミスト

経済問題とビジネス戦略に関するデロイトのリーダーの1人。グローバル経済をテーマに企業や貿易団体への講演も多数行っている。これまで47の国々を訪問したKalish氏の解説は、ウォール・ストリート・ジャーナル、エコノミスト、フィナンシャル・タイムズなどからも広く引用されている。ジョンズ・ホプキンス大学国際経済学博士号取得。

工業生産や固定資産投資は増加

先日、中国政府が公表した最新の経済指標によると、工業生産や固定資産投資が急激に加速する一方で、小売売上高の伸びは鈍化し、不動産投資が引き続き縮小していることが示されました。

今年は旧正月が2月(昨年は1月)となったこともあり、政府は昨年との比較が行えるよう、1月分と2月分を合計する形で指標を公表しました。1月と2月の工業生産の合計は前年同月比7.0%増と、12月分の前年同月比6.8%増を上回り、約2年ぶりの高水準となりました。製造業の生産高は7.7%増加し、業種別では、情報通信機器(14.6%増)、化学((10.0%増)、自動車(9.8%増)の伸びが特に目立ちます。

また、同時期の固定資産投資(設備投資および建設投資の合計)については前年同期比4.2%増と、2023年4月以来の伸び幅となりました。特に、電気・ガス・熱・水道事業(25.3%増)、鉱業(14.4%増)、鉄道事業(27.0%増)など、インフラへの投資がこの伸びをけん引しています。

低調が続く不動産部門

一方で、不動産への投資は前年同月比9.0%減となるなど、中国経済にとっての足かせとなっています。床面積別の不動産販売では前年同期比で20.5%減少、不動産開発業者の資金調達額は24.1%減少となるなど、不動産部門の低調が続き、投資の増加が見通しにくい状況です。そのため、政府は着工済みの住宅建設を完工させるよう政策的に促すとともに、住宅購入者向けの優遇策を打ち出しています。しかしながら、依然として不動産部門とほかの部門の間では明暗が分かれる状況となっており、不動産以外の部門への投資額は8.9%増と堅調な伸びを示しています。

不動産市場の低迷が中国経済に及ぼす影響

ただ、固定資産投資の増加の大半がインフラ投資に起因するという点は、今後の経済を見通すうえで注意が必要です。インフラ投資は地方政府の借入によって行われますが、地方政府の債務は現在、約9兆8,000億米ドルにも達するともいわれています。そのため、中央政府は現在、地方政府の負担で行われるインフラ投資を減らすための措置を講じています。さらに、地方政府は不動産販売によって得た資金を元手に債務を返済しますが、中国の不動産市場の崩壊やそれに伴う不動産価格の下落により、地方政府は今後、窮地に陥ることが考えられます。このような状況を受けて、中央政府は、地方政府による特別な借換債の発行を通じた既存債務の返済を認めていますが、この発行による新たな借入の制限も、インフラ投資減少の要因となり得ます。

中国の1月および2月の小売売上高は前年同期比5.5%増と2023年8月以来の低成長となりました。情報通信機器(16.2%増)と自動車(8.7%増)は堅調な伸びを示している一方で、ほかの品目では、例えば衣料品は1.9%増、建材は2.1%増、衛生日用品は0.7%減となるなど、緩やかな増加や減少となりました。不動産価格の下落が家計の貯蓄を促したことも要因となり、12月の前年同期比7.4%増と比較して小売支出の伸びは鈍化することとなりました。

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Deloitte Global Economist Networkについて

Deloitte Global Economist Networkは、デロイトネットワーク内外の視聴者向けに興味深く示唆に富むコンテンツを発信する多様なエコノミストのグループです。デロイトが有するインダストリーと経済全般に関する専門知識により、複雑な産業ベースの問題に高度な分析と示唆を提供しています。デロイトのトップマネジメントやパートナーを対象に、重要な問題を検討するレポートやThought Leadershipの提供、最新の産業・経済動向にキャッチアップするためのエクゼクティブブリーフィングまで、多岐にわたる活動を行っています。

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社

増島 雄樹 / Masujima Yuki

マネージングディレクター・プリンシパルエコノミスト

外為トレーダーとしてキャリアをスタート。世界銀行、日本銀行、日本経済研究センター主任研究員、ブルームバーグシニアエコノミストを経て、2023年4月より現職。マクロ経済予測・費用便益分析・政策提言を中心に、エコノミクス・サービスを提供。為替に関する論文・著書多数。2018年度 ESPフォーキャスト調査・優秀フォーキャスター賞を受賞。博士(国際経済・金融)。

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コーポレートイノベーション

若菜 俊之 / Wakana Toshiyuki

ヴァイスプレジデント

米国大学院にて経済学博士号取得後、州政府歳入省にて税務エコノミストとして税務・経済データの分析およびモデリング業務に従事。DTFA入社後は、エコノミクスサービスの立ち上げに参画。リードエコノミストとして、大型研究施設における研究成果の波及効果や産業特区の経済波及効果分析などの分析業務に携わる。また文化財、観光資源、スポーツチームなどがもたらす社会的インパクトおよび価値の可視化業務に実績を有する。