景気循環による経済的影響は企業にとって不可避なものです。しかし、世界および地域経済に対し長期的な見通しを持つことにより、企業は景気循環のリスクを最小化することができます。デロイトは、世界のビジネスリーダーたちに必要な、マクロ経済、トレンド、地政学的問題に関する明快な分析と考察を発信することにより企業のリスクマネジメントに貢献しています。
本連載では、デロイトのエコノミストチームが昨今の世界経済ニュースやトレンドについて解説します。今回は、Deloitte Insightsに連載中のWeekly Global Economic Updateの2024年3月11日週の記事より抜粋して日本語抄訳版としてお届けします。

Ira Kalish

Deloitte Touche Tomatsu
チーフエコノミスト

経済問題とビジネス戦略に関するデロイトのリーダーの1人。グローバル経済をテーマに企業や貿易団体への講演も多数行っている。これまで47の国々を訪問したKalish氏の解説は、ウォール・ストリート・ジャーナル、エコノミスト、フィナンシャル・タイムズなどからも広く引用されている。ジョンズ・ホプキンス大学国際経済学博士号取得。

急速な生成AIの発展によるエネルギー消費の増加

最近の米国の株価は、生成AIへの投資の過熱もあって急騰しています。こうした投資は今後数年間で一層増加することが予想され、生産性の向上につながることも期待されています。しかし、AIによる大量の電力消費に起因する二酸化炭素排出量の急増という、あまり注目されていない負の側面も存在します。

確かに、生成AIが二酸化炭素排出量の減少に貢献する面もあります。例えば、生成AIの使用により、ガスなどのパイプラインの破損を検出したり、エネルギー効率の高い材料やプロセスの開発を行ったりすることが可能です。一方で、何十億もの機器をインターネットに接続し、そのデータを処理することとなるため、空調が費やす電力は言うまでもなく、データセンターでの電力消費は大量になり得ます。

ある研究では、こうしたコネクテッドデバイスの使用による二酸化炭素排出量は、2025年には全世界の排出量の3.5%、2040年には14%に上る可能性があるとしていますが、この増加要因として、生成AIの利用や新興国におけるデバイスの利用増が挙げられます。また、コーネル大学による研究でも、連続的に行われる大規模言語モデル(LLM)の学習過程で大量の電力が消費され、結果として二酸化炭素排出の増加につながることが明らかになっています。

こうした事態に対処するためには、まず太陽光、風力、水力、原子力、水素といったクリーンエネルギーへの転換に全世界で取り組む必要があります。また、AI関連サービスを提供する事業者による効率的なエネルギー使用といった企業努力も必要です。最近では、AI関連サービスに起因するエネルギー使用量の削減に向けた研究も行われていますが、こうした取り組みに関する政府から企業への要請もないため、結果としてどの程度のエネルギー効率の向上につながるかは見通せない状況です。

カリフォルニア州の在住者は、10年ほど前に一時発生した深刻な電力不足を思い出すでしょう。この電力不足の要因のひとつに、同州の巨大テック企業群がサーバーやデータセンターを急速に立ち上げていたことがあります。同じような事態が、今後全世界的に起こる可能性があるのです。

新興国で停滞する二酸化炭素排出量削減の取り組み

二酸化炭素の排出量は、削減に向けたあらゆる取り組みにも関わらず、全世界的には増加しています。国際エネルギー機関(IEA)によると、2023年の排出量は前年比1.1%増と、2022年の前年比1.3%増から伸び率では鈍化したものの、排出量としては記録的な水準に達しています。国別に見ると、こうした増加は新興国の排出増によるものといえます。その一方で、先進国の排出量は2022年から2023年にかけて4.5%減少しています。これは、50年ぶりの低水準の数値であり、欧州では9.0%減、米国では4.1%減を達成しました。先進国においては、再生可能エネルギーと原子力による発電が50%を占めるようになっています。

先進国とは対照的に、中国での排出量は5.2%増、インドでは7.0%増となり、特に中国は、他国を圧倒する規模の二酸化炭素を排出しています。また、IEAは、昨年の世界の排出量の増加のうち40%は、エネルギー源を水力から化石燃料へ置き換えたことによるものとしています。これは、気候変動による干ばつで水力が利用できなくなったことに起因するもので、こうした事態は今後さらに深刻化する可能性があります。

コロナ禍による人の移動の抑制という要因はあったものの、幸いなことに過去10年間の二酸化炭素排出量の増加率は世界全体で年率0.5%にとどまっており、1930年代以降で最も遅いペースとなっています。

安価な中国メーカーのEVに対する各国の懸念

IEAは今後、クリーンエネルギーによる発電や電気自動車(EV)の利用の大幅な増加を予想しており、そうした中で、中国のEVメーカーは格安のEVを大量に生産する体制を整えています。世界の主要国政府はこれらのEVが自国に輸出されることに対して身構える姿勢を見せており、西側諸国の多くで中国メーカーのEVの輸入制限が検討されています。

米国のバイデン政権は、中国メーカーのEVによる潜在的な安全保障上の脅威についての調査を開始しました。この調査では、中国EVメーカーによるデータの収集が、同国の安全保障上の脅威となったり、家庭や企業のプライバシー侵害につながる可能性について検証されています。バイデン大統領は、「中国は不公正な慣行などを通じて、将来的に自動車市場を支配しようとしている。中国の政策により、米国市場に中国車があふれ、国家の安全保障が脅かされる可能性があるが、私の政権でこの動きを食い止める」と述べるなど、安全保障上の懸念を挙げていますが、実際にはこうした動きの背景には、米国の自動車メーカーや労働組合からの圧力があると考えられています。

しかしながら、米国のメーカーがこれまで使用してきた中国の部品やソフトウェアに制限がかかることや、米国の消費者が他国よりも高い価格でEVを購入せざるを得なくなることに対しては懸念の声もあります。また、メキシコなど中国国外で生産された中国メーカーのEVにも規制が適用されるかどうか明らかでありません。一方、欧州連合(EU)と英国も、輸入規制導入の可能性を視野に入れて中国メーカーのEVに対する調査を実施しています。

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Deloitte Global Economist Networkについて

Deloitte Global Economist Networkは、デロイトネットワーク内外の視聴者向けに興味深く示唆に富むコンテンツを発信する多様なエコノミストのグループです。デロイトが有するインダストリーと経済全般に関する専門知識により、複雑な産業ベースの問題に高度な分析と示唆を提供しています。デロイトのトップマネジメントやパートナーを対象に、重要な問題を検討するレポートやThought Leadershipの提供、最新の産業・経済動向にキャッチアップするためのエクゼクティブブリーフィングまで、多岐にわたる活動を行っています。

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社

増島 雄樹 / Masujima Yuki

マネージングディレクター・プリンシパルエコノミスト

外為トレーダーとしてキャリアをスタート。世界銀行、日本銀行、日本経済研究センター主任研究員、ブルームバーグシニアエコノミストを経て、2023年4月より現職。マクロ経済予測・費用便益分析・政策提言を中心に、エコノミクス・サービスを提供。為替に関する論文・著書多数。2018年度 ESPフォーキャスト調査・優秀フォーキャスター賞を受賞。博士(国際経済・金融)。

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コーポレートイノベーション

若菜 俊之 / Wakana Toshiyuki

ヴァイスプレジデント

米国大学院にて経済学博士号取得後、州政府歳入省にて税務エコノミストとして税務・経済データの分析およびモデリング業務に従事。DTFA入社後は、エコノミクスサービスの立ち上げに参画。リードエコノミストとして、大型研究施設における研究成果の波及効果や産業特区の経済波及効果分析などの分析業務に携わる。また文化財、観光資源、スポーツチームなどがもたらす社会的インパクトおよび価値の可視化業務に実績を有する。