景気循環による経済的影響は企業にとって不可避なものです。しかし、世界および地域経済に対し長期的な見通しを持つことにより、企業は景気循環のリスクを最小化することができます。デロイトは、世界のビジネスリーダーたちに必要な、マクロ経済、トレンド、地政学的問題に関する明快な分析と考察を発信することにより企業のリスクマネジメントに貢献しています。
本連載では、デロイトのエコノミストチームが昨今の世界経済ニュースやトレンドについて解説します。今回は、Deloitte Insightsに連載中のWeekly Global Economic Updateの2024年2月26日週の記事より抜粋して日本語抄訳版としてお届けします。

Ira Kalish

Deloitte Touche Tomatsu
チーフエコノミスト

経済問題とビジネス戦略に関するデロイトのリーダーの1人。グローバル経済をテーマに企業や貿易団体への講演も多数行っている。これまで47の国々を訪問したKalish氏の解説は、ウォール・ストリート・ジャーナル、エコノミスト、フィナンシャル・タイムズなどからも広く引用されている。ジョンズ・ホプキンス大学国際経済学博士号取得。

低迷する米オフィス不動産市場

米連邦準備制度理事会(FRB)は、「物価の安定」および「雇用の最大化」という2つの責務を米国議会により付与されていますが、ほかにも銀行の監督者として金融システムの安定を図るという役割も担っています。FRBは過去2年間で政策金利の大幅な引き上げを行いましたが、低迷していた米国オフィス不動産市場はこの施策により一層冷え込むこととなりました。その結果、FRBはインフレ対策よりも金融システムの安定確保に優先的に取り組まざるを得なくなる状況に今後追い込まれていく可能性があります。

ここで問題になるのは、米国において、多くの人々が在宅勤務を望んでいるため、オフィスで勤務する従業員の数がコロナ禍前の水準に戻りきらないことです。それにより、現在オフィスを借りている企業の多くは、今後契約期間が満了するとより狭いオフィスを賃貸契約する可能性が高いと考えられます。その結果起こるオフィスビルオーナーの収益減少は不動産ローンの債務不履行にもつながります。

実際、オフィスビル用の不動産ローンの延滞率は6.5%と前年に比べて大幅に上昇しています。今後さらなる低迷が予測されるオフィスビル市場において物件評価額は下落し始めており、既存の不動産ローンの借り換えもより困難になっていくことが予想されます。さらに、金利が昨年と比べて大幅に上昇したことも、ローン借り換えに当たっての障壁になるでしょう。

商業用不動産ローンに起因する金融危機発生の可能性

フィッチ社のデータによると、今年、米国で満期を迎えるCRE(商業用不動産)ローンの額は、オフィス以外の商業用不動産も含めて9,290億米ドルで、ローン残高全体の約5分の1に相当します。このうち、およそ3分の1は昨年支払期限を迎え、条件の再交渉がされました。ローン残高全体のうち、およそ半分は銀行が保有、約4分の1は証券化され、残りは保険会社、クレジット会社などが保有しています。

CREローンの保有者には小規模の銀行も含まれますが、その保有金額はTier1資本総額の2倍にも相当する不釣り合いに大きなものとなっています。大手銀行のCREローンの保有金額は資本の半分ほどであり、米国に約2,000行存在する中小銀行は、大手銀行よりも大きなリスクにさらされていることになります。しかし、大手銀行においても不良債権化したCREローンの金額は貸倒引当金を上回る状態であり、今後2年間で予測されるペースで滞納金額が増加した場合、大手銀行でさえも財務上の問題に直面する可能性があります。

こうしたオフィス不動産市場の低迷は、インフレ対策を最優先事項とするFRBにとっても悩みの種となっています。実際、昨年シリコンバレー銀行が破綻した際、FRBは金融引き締めを一時停止し、金融システム全体への影響を防ぐために銀行への流動性の供給を行う決定を余儀なくされました。結果として金融危機は回避され、FRBはインフレ対策を再開することができましたが、今後1~2年の間に中小銀行の破綻が相次げば、FRBはより大がかりな対応を取らざるを得なくなるでしょう。

その場合、連邦預金保険公社(FDIC)が破綻した銀行の預金者を保護する一方で、FRBは大手銀行に対して中小銀行の買収を求める可能性が高いでしょう。その際のFRBの第一目標は、2008年の金融危機時に起きたような信用収縮を防ぐこととなります。その一方で、FRBが来年にも行うとみられる利下げにより、不動産業界の危機はいくぶん和らぐことも考えられます。

大規模な金融危機が回避可能であるとすれば、次はオフィスの過剰供給にいかに対処するか、そして、大都市のオフィス街をいかに再生するかが課題となります。仮に商業用不動産の市況を発端として金融危機が実際に発生すれば、新たな景気低迷の要因となる可能性も否定できません。

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Deloitte Global Economist Networkについて

Deloitte Global Economist Networkは、デロイトネットワーク内外の視聴者向けに興味深く示唆に富むコンテンツを発信する多様なエコノミストのグループです。デロイトが有するインダストリーと経済全般に関する専門知識により、複雑な産業ベースの問題に高度な分析と示唆を提供しています。デロイトのトップマネジメントやパートナーを対象に、重要な問題を検討するレポートやThought Leadershipの提供、最新の産業・経済動向にキャッチアップするためのエクゼクティブブリーフィングまで、多岐にわたる活動を行っています。

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社

増島 雄樹 / Masujima Yuki

マネージングディレクター・プリンシパルエコノミスト

外為トレーダーとしてキャリアをスタート。世界銀行、日本銀行、日本経済研究センター主任研究員、ブルームバーグシニアエコノミストを経て、2023年4月より現職。マクロ経済予測・費用便益分析・政策提言を中心に、エコノミクス・サービスを提供。為替に関する論文・著書多数。2018年度 ESPフォーキャスト調査・優秀フォーキャスター賞を受賞。博士(国際経済・金融)。

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
コーポレートイノベーション

若菜 俊之 / Wakana Toshiyuki

ヴァイスプレジデント

米国大学院にて経済学博士号取得後、州政府歳入省にて税務エコノミストとして税務・経済データの分析およびモデリング業務に従事。DTFA入社後は、エコノミクスサービスの立ち上げに参画。リードエコノミストとして、大型研究施設における研究成果の波及効果や産業特区の経済波及効果分析などの分析業務に携わる。また文化財、観光資源、スポーツチームなどがもたらす社会的インパクトおよび価値の可視化業務に実績を有する。