景気循環による経済的影響は企業にとって不可避なものです。しかし、世界および地域経済に対し長期的な見通しを持つことにより、企業は景気循環のリスクを最小化することができます。デロイトは、世界のビジネスリーダーたちに必要な、マクロ経済、トレンド、地政学的問題に関する明快な分析と考察を発信することにより企業のリスクマネジメントに貢献しています。
本連載では、デロイトのエコノミストチームが昨今の世界経済ニュースやトレンドについて解説します。今回は、Deloitte Insightsに連載中のWeekly Global Economic Updateの2024年2月12日週の記事より抜粋して日本語抄訳版としてお届けします。

Ira Kalish

Deloitte Touche Tomatsu
チーフエコノミスト

経済問題とビジネス戦略に関するデロイトのリーダーの1人。グローバル経済をテーマに企業や貿易団体への講演も多数行っている。これまで47の国々を訪問したKalish氏の解説は、ウォール・ストリート・ジャーナル、エコノミスト、フィナンシャル・タイムズなどからも広く引用されている。ジョンズ・ホプキンス大学国際経済学博士号取得。

想定以下だった対中関税の効果

対中関税の抜け穴を活用する中国企業

トランプ政権下で米国政府が中国からの輸入品の多くに25%の上乗せ関税を課したとき、人々は米中貿易の急激な落ち込みを予測しました。確かに関税によって両国の貿易はいくらか落ち込みましたが、このことは貿易構造の転換にもつながりました。関税引き上げを受けた中国企業は、原材料を東南アジアに輸出し、そこで最終製品を組み立てて米国に輸出するようになったのです。結果として、米国の貿易における中国からの輸入品の割合は急激に低下したものの、米国で消費される商品に占める中国が創出した付加価値の割合はむしろ増加したと推定されています。

さらに、中国の輸出業者は内容品価格が800ドル未満の小包を無関税で米国に送ることができるという法律の抜け穴を利用しています。ECサイトを運営するSHEINなどいくつかの中国企業は、オンラインで米国の消費者や企業に直接商品を販売して800ドル未満の荷物を無関税で配送しており、またアマゾンなどの米国のネット通販業者でさえも、中国企業が自社のウェブサイトを通じて商品を販売することを認めています。この結果、2022年にこの制度のもとで米国に持ち込まれた6億8,500万個の小包のうち、中国または香港からの荷物が60~80%にのぼり、この抜け穴により米国に流入する小包の大部分が中国からのものとなっています。これらの荷物の数は、2023年には約10億個に達するものと推測されています。

さらなる関税引上げに向けた動き

米国議会では、この抜け穴をふさぐべきだという声が上がっています。さらに、トランプ前大統領は、再選後に中国からのすべての輸入品に60%の関税を課す考えを明らかにしました。25%の関税が期待したほどの効果を出せていない理由の1つとして、現在の中国が有する過剰な生産能力が、価格への下落圧力につながっていることが挙げられます。しかし、60%の関税の導入は、価格を大幅に上昇させ、製造業者に中国からの生産拠点の移転を促すなど、非常に大きな影響を与える可能性があります。

この動きは、中国における非常に効率的なサプライチェーンへの莫大な投資を踏まえると、問題になるかもしれません。一方、関税の引き上げによって、中国企業がより多くの原材料を東南アジアへ出荷し最終組み立てを行って、関税を回避しながら米国に製品を供給することへのインセンティブがより高まることにもなります。

中国の貿易パターンの大きな変化

サプライチェーンにおける中国の役割の変容

米国への最大の輸出国は、中国に代わり、今やメキシコとなっています。昨年の米国の中国からの輸入額は前年比で20%減少した一方、メキシコからの輸入額は前年比5%増となりました。また、米国は昨年、中国からの主要製品の輸入を急激に減少させた一方で、インドや東南アジアからの輸入を急増させました。例えば、米国の中国からのノートパソコンの輸入は昨年30%減少しましたが、ベトナムからの輸入は4倍に増加しました。さらに、米国の中国からのスマートフォンの輸入が10%減少したのに対し、インドからの輸入は5倍に増加しました。

何が起きているのでしょうか。貿易パターンの変化は、サプライチェーン構造の変化を反映しています。地政学リスクの高まりによるサプライチェーンの混乱を恐れる多くの多国籍企業は、中国を避ける方向でサプライチェーンを多様化させています。実際、中国への対外直接投資(FDI)は昨年急減し、一方で東南アジアとインドへのFDIは増加するという変化が生じています。このような結果が貿易量の変化に表れているのです。ただし、東南アジアやインドから米国に輸出される多くの製品の製造工程で、中国から輸入した原材料が使われています。したがって、この変化は、中国の重要性が低下した結果というよりも、単に役割が変化した結果ととらえるべきです。

中国の貿易相手国の変化

また、他のアジア諸国から中国への輸出も変化しています。例えば、日本や韓国の対中輸出は減少しています。その結果、日本の最大の輸出相手国は4年ぶりに米国となり、韓国の対米輸出は20年ぶりに対中輸出を上回りました。

中国にとって、対米、対欧州、対日貿易の重要性は以前より低下しています。その代わり、対東南アジア、対ブラジル、対ロシアの貿易が急増しています。今後も、米国や欧州、日本の貿易政策次第では、この傾向は続き、さらに加速するかもしれません。また、今年行われる米大統領選の結果も、米国の貿易政策に大きな影響を与えるかもしれません。

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Deloitte Global Economist Networkについて

Deloitte Global Economist Networkは、デロイトネットワーク内外の視聴者向けに興味深く示唆に富むコンテンツを発信する多様なエコノミストのグループです。デロイトが有するインダストリーと経済全般に関する専門知識により、複雑な産業ベースの問題に高度な分析と示唆を提供しています。デロイトのトップマネジメントやパートナーを対象に、重要な問題を検討するレポートやThought Leadershipの提供、最新の産業・経済動向にキャッチアップするためのエクゼクティブブリーフィングまで、多岐にわたる活動を行っています。

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社

増島 雄樹 / Masujima Yuki

マネージングディレクター・プリンシパルエコノミスト

外為トレーダーとしてキャリアをスタート。世界銀行、日本銀行、日本経済研究センター主任研究員、ブルームバーグシニアエコノミストを経て、2023年4月より現職。マクロ経済予測・費用便益分析・政策提言を中心に、エコノミクス・サービスを提供。為替に関する論文・著書多数。2018年度 ESPフォーキャスト調査・優秀フォーキャスター賞を受賞。博士(国際経済・金融)。

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
コーポレートイノベーション

若菜 俊之 / Wakana Toshiyuki

ヴァイスプレジデント

米国大学院にて経済学博士号取得後、州政府歳入省にて税務エコノミストとして税務・経済データの分析およびモデリング業務に従事。DTFA入社後は、エコノミクスサービスの立ち上げに参画。リードエコノミストとして、大型研究施設における研究成果の波及効果や産業特区の経済波及効果分析などの分析業務に携わる。また文化財、観光資源、スポーツチームなどがもたらす社会的インパクトおよび価値の可視化業務に実績を有する。