景気循環による経済的影響は企業にとって不可避なものです。しかし、世界および地域経済に対し長期的な見通しを持つことにより、企業は景気循環のリスクを最小化することができます。デロイトは、世界のビジネスリーダーたちに必要な、マクロ経済、トレンド、地政学的問題に関する明快な分析と考察を発信することにより企業のリスクマネジメントに貢献しています。
本連載では、デロイトのエコノミストチームが昨今の世界経済ニュースやトレンドについて解説します。今回は、Deloitte Insightsに連載中のWeekly Global Economic Updateの2024年1月29日週の記事より抜粋して日本語抄訳版としてお届けします。

Ira Kalish

Deloitte Touche Tomatsu
チーフエコノミスト

経済問題とビジネス戦略に関するデロイトのリーダーの1人。グローバル経済をテーマに企業や貿易団体への講演も多数行っている。これまで47の国々を訪問したKalish氏の解説は、ウォール・ストリート・ジャーナル、エコノミスト、フィナンシャル・タイムズなどからも広く引用されている。ジョンズ・ホプキンス大学国際経済学博士号取得。

紅海危機が欧州のインフレ悪化の引き金に

アフリカ東北部とアラビア半島に挟まれる紅海の情勢は世界貿易を混乱させ続けており、多くの船舶が同海域を回避し、南アフリカの喜望峰を経由する航路を取っています。そのため、輸送費用の大幅な上昇や遅延が発生し、サプライチェーンは非効率なものになっています。

特に自動車産業では、この航路変更による配送時間増加や船舶供給のひっ迫が輸送量の減少を招き、アジアで生産される自動車への需要が大きい欧州では、今後の販売価格の上昇やインフレの悪化につながることも考えられます。

リフィニティブ社のデータによると、市場への原油供給過剰が続いていることも一因となって、今のところ原油価格への影響は見られないものの、平時では世界の貿易量の12%(原油の5%、石油製品の10%、液化天然ガスLNGの8%)を占める紅海およびスエズ運河において、現在同海域を航行するタンカーの数は、半分程に減少しているという状況にあります。

明暗分かれるロシアとサウジアラビア

ロシアとサウジアラビアは、紅海危機の影響をそれぞれ異なる形で受けています。リフィニティブ社のデータによると、西側諸国の制裁にも関わらず、ロシアはインドや中国への原油の輸出によって経済を維持させている状況ですが、その原油の多くがスエズ運河を経由しています。紅海危機以前においては、スエズ運河を南下する原油の75%はロシアからアジアに向かうものでした。ウクライナ侵攻以降、中国は630億ユーロ、インドは420億ユーロのロシア産原油を購入しています。しかし、危機発生により、ロシアはスエズ運河を迂回することによる原油の輸送日数の長期化、またはスエズ運河を通過するリスクを反映した保険料の高騰による、ロシア産原油価格の上昇という影響を被ることになります。

それとは対照的に、スエズ運河を通らずにインドや中国に原油を送ることができるサウジアラビアは有利な立場にあります。実際に今回の危機以降、アジアに向かうロシア産原油の量は減少し、代わりにサウジアラビア産原油の量は増加しています。両国は原油価格押し上げのため原油の世界的な供給減を志向する協力関係にあるものの、現在の状況は両国間での競争や緊張を生みかねない状況にあり、また、原油価格競争の激化が原油価格の下落圧力につながることも考えられます。そして、反政府勢力フーシ派を支援するイランは、スエズ運河を利用することなく中国に原油を輸出できるため、この状況はイランにとっても有利に作用しているといえるでしょう。

エジプトや中国にも及ぶ影響

紅海海域での混乱は、中国や欧州の経済に影響を及ぼす恐れがありますが、スエズ運河を有するエジプトにとっても大きな打撃となることが予想されます。運河からの収入はエジプトのGDPの2%、外貨収入の15%を占めます。また、紅海危機以前にはウクライナ侵攻に伴うロシアの原油輸送量の増加により、運河からの収入が増加していました。そのため、運河の輸送量が半減している現状はエジプト経済に深刻な悪影響を及ぼす可能性があります。

一方、紅海の船舶を攻撃したイエメンの反政府勢力フーシ派は、イスラエルと無関係であれば中国やロシアの船舶を攻撃しないと宣言しています。この声明を受け、攻撃される危険性が低いと判断した中国の海運会社は、他国の海運会社に取って代わるべくこの地域での運航を行っています。しかし、実際に攻撃される危険性が低いとはいえ、荷主が紅海を通って商品を輸送することに抵抗がないかどうかは定かではありません。中国の荷主の中には紅海を通過することを望まない者もおり、中国最大の荷主である中国遠洋海運集団(COSCO)は、喜望峰経由の航路を選択しています。また、紅海を航行する中国の荷主の中には中国海軍を同行させたり、中国国旗を目立つように掲げたりすることで武装勢力に誤って攻撃されないようにしている者もいます。

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Deloitte Global Economist Networkについて

Deloitte Global Economist Networkは、デロイトネットワーク内外の視聴者向けに興味深く示唆に富むコンテンツを発信する多様なエコノミストのグループです。デロイトが有するインダストリーと経済全般に関する専門知識により、複雑な産業ベースの問題に高度な分析と示唆を提供しています。デロイトのトップマネジメントやパートナーを対象に、重要な問題を検討するレポートやThought Leadershipの提供、最新の産業・経済動向にキャッチアップするためのエクゼクティブブリーフィングまで、多岐にわたる活動を行っています。

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社

増島 雄樹 / Masujima Yuki

マネージングディレクター・プリンシパルエコノミスト

外為トレーダーとしてキャリアをスタート。世界銀行、日本銀行、日本経済研究センター主任研究員、ブルームバーグシニアエコノミストを経て、2023年4月より現職。マクロ経済予測・費用便益分析・政策提言を中心に、エコノミクス・サービスを提供。為替に関する論文・著書多数。2018年度 ESPフォーキャスト調査・優秀フォーキャスター賞を受賞。博士(国際経済・金融)。

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
コーポレートイノベーション

若菜 俊之 / Wakana Toshiyuki

ヴァイスプレジデント

米国大学院にて経済学博士号取得後、州政府歳入省にて税務エコノミストとして税務・経済データの分析およびモデリング業務に従事。DTFA入社後は、エコノミクスサービスの立ち上げに参画。リードエコノミストとして、大型研究施設における研究成果の波及効果や産業特区の経済波及効果分析などの分析業務に携わる。また文化財、観光資源、スポーツチームなどがもたらす社会的インパクトおよび価値の可視化業務に実績を有する。