景気循環による経済的影響は企業にとって不可避なものです。しかし、世界および地域経済に対し長期的な見通しを持つことにより、企業は景気循環のリスクを最小化することができます。デロイトは、世界のビジネスリーダーたちに必要な、マクロ経済、トレンド、地政学的問題に関する明快な分析と考察を発信することにより企業のリスクマネジメントに貢献しています。
本連載では、デロイトのエコノミストチームが昨今の世界経済ニュースやトレンドについて解説します。今回は、Deloitte Insightsに連載中のWeekly Global Economic Updateの2024年1月15日週の記事より抜粋して日本語抄訳版としてお届けします。

Ira Kalish

Deloitte Touche Tomatsu
チーフエコノミスト

経済問題とビジネス戦略に関するデロイトのリーダーの1人。グローバル経済をテーマに企業や貿易団体への講演も多数行っている。これまで47の国々を訪問したKalish氏の解説は、ウォール・ストリート・ジャーナル、エコノミスト、フィナンシャル・タイムズなどからも広く引用されている。ジョンズ・ホプキンス大学国際経済学博士号取得。

米国の総合インフレ率が上昇した一方、コアインフレ率は低下

米連邦準備制度理事会(FRB)は、今年中に金融政策を緩和する意向を示していますが、その実施時期はインフレがいつ鈍化するかのタイミングにも依存します。昨年12月に公表された総合インフレ率は上昇傾向にあったため、金融緩和の実施は先送りになる可能性もありますが、コアインフレ率が鈍化基調にあることは、金融緩和に向けた道のりがいまのところ順調であることを示唆しています。それでは以下で具体的なデータを見てみましょう。

12月の米消費者物価指数(CPI)は前年同月比3.4%上昇しましたが、これは11月の3.1%を上回り、総合インフレ率としては3カ月ぶりの高水準でした。また、前月比0.3%という上昇幅も3カ月ぶりの高水準でした。しかし、価格変動の大きい食品やエネルギー価格を除外したコア指数を見ると、また違った傾向が見て取れます。12月のコア指数は前年同月比3.9%上昇したものの、これは11月時点での前年同月比4%上昇を下回り、2021年5月以来の低水準でした。なお、前月比でコア指数は0.3%上昇しました。

インフレ率上昇をけん引する住居費

現在のインフレ率上昇の最大の要因は、家賃や住居関連サービスを含んだ費用である住居費にあります。CPIの約35%を占める住居費は、前年同月比6.2%と大幅に上昇しましたが、住居費を除外すると、12月の物価上昇率は前年同月比1.9%と非常に穏やかなものとなります。一方で、住居費の上昇も翌年(2024年)には落ち着く可能性が高いと考えられます。これは、実際の住宅価格の変動がCPIの住居費部分に反映されるまでには時間を要することや、過去1年間で米国の住宅価格の上昇が比較的穏やかだった影響がまだ指数に反映されていないと考えられるからです。今後数カ月でこの住宅価格の推移がCPIの住居費部分に反映されれば、インフレの鈍化につながる可能性があります。

インフレ抑制のカギとなる労働市場

耐久消費財価格は下落が続き、12月は前年同月比1.2%下落しました。非耐久消費財価格は1.8%上昇したものの、これは主に食料品価格の上昇(2.7%)によるもので、食料品を除いた非耐久消費財価格の上昇は0.8%にとどまりました。サービス価格は住居費の高騰により5%上昇したものの、住居費を除外したサービス価格の上昇は3.4%と控えめなものになりました。

このように、サービス価格の上昇がインフレの牽引要因となっていますが、一般的にサービスの生産が商品の生産よりも労働集約的であることを考慮すると、物価上昇に大きく影響を与えているのは、昨今の継続的かつ急速な賃金の上昇である可能性があります。FRBも同様の考えであり、賃金が年率4%以上上昇する中で、インフレ率を目標の2%に引き下げることは難しいとしています。このため、FRBは労働市場をさらに軟化させ、賃金上昇圧力を低下させることを目的に、今後数カ月にわたって金利を高水準に維持する意向です。実際、労働市場は軟化しつつあり、求人率は大幅に低下しています。しかしながら、継続的で力強い雇用の伸びの影響を受け、歴史的に高い水準にとどまっており、現状では経済はFRBの動きにある程度の耐性を維持しているといえるでしょう。

生産者物価の下落がインフレの鈍化を予兆

CPIの公表を受け、FRBによる金融緩和の延期の可能性が示唆されたものの、12月の生産者物価指数の下落により、その懸念は払拭されました。生産者価格は消費者物価に影響を及ぼすため、その下落は消費者物価上昇率のさらなる低下を予兆するものとなります。それでは以下で具体的な数値を見てみましょう。

12月の生産者物価のうち財・サービスの最終財価格は、前月比0.1%減となり、3カ月連続での下落となりました。財の生産者物価は0.4%下落し、サービスの生産者物価は前月から横ばいでした。価格変動の激しい食品とエネルギー価格の影響を除外した財・サービスのコア生産者物価は前月比で0.2%上昇しました。財のコア価格は横ばいとなり、サービスのコア価格は0.4%上昇しました。前年同月比では、生産者物価は1%上昇し、コア生産者物価は2.5%上昇しました。これらのデータは、FRBが年内に金融政策を緩和するとの見方を再度裏付けるものになると思われます。

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Deloitte Global Economist Networkについて

Deloitte Global Economist Networkは、デロイトネットワーク内外の視聴者向けに興味深く示唆に富むコンテンツを発信する多様なエコノミストのグループです。デロイトが有するインダストリーと経済全般に関する専門知識により、複雑な産業ベースの問題に高度な分析と示唆を提供しています。デロイトのトップマネジメントやパートナーを対象に、重要な問題を検討するレポートやThought Leadershipの提供、最新の産業・経済動向にキャッチアップするためのエクゼクティブブリーフィングまで、多岐にわたる活動を行っています。

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社

増島 雄樹 / Masujima Yuki

マネージングディレクター・プリンシパルエコノミスト

外為トレーダーとしてキャリアをスタート。世界銀行、日本銀行、日本経済研究センター主任研究員、ブルームバーグシニアエコノミストを経て、2023年4月より現職。マクロ経済予測・費用便益分析・政策提言を中心に、エコノミクス・サービスを提供。為替に関する論文・著書多数。2018年度ESPフォーキャスト調査・優秀フォーキャスター賞を受賞。博士(国際経済・金融)。

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コーポレートイノベーション

若菜 俊之 / Wakana Toshiyuki

ヴァイスプレジデント

米国大学院にて経済学博士号取得後、州政府歳入省にて税務エコノミストとして税務・経済データの分析およびモデリング業務に従事。DTFA入社後は、エコノミクスサービスの立ち上げに参画。リードエコノミストとして、大型研究施設における研究成果の波及効果や産業特区の経済波及効果分析などの分析業務に携わる。また文化財、観光資源、スポーツチームなどがもたらす社会的インパクトおよび価値の可視化業務に実績を有する。