景気循環による経済的影響は企業にとって不可避なものです。しかし、世界および地域経済に対し長期的な見通しを持つことにより、企業は景気循環のリスクを最小化することができます。デロイトは、世界のビジネスリーダーたちに必要な、マクロ経済、トレンド、地政学的問題に関する明快な分析と考察を発信することにより企業のリスクマネジメントに貢献しています。
本連載では、デロイトのエコノミストチームが昨今の世界経済ニュースやトレンドについて解説します。今回は、Deloitte Insightsに連載中のWeekly Global Economic Updateの2023年12月4日週の記事より抜粋して日本語抄訳版としてお届けします。

Ira Kalish

Deloitte Touche Tomatsu
チーフエコノミスト

経済問題とビジネス戦略に関するデロイトのリーダーの1人。グローバル経済をテーマに企業や貿易団体への講演も多数行っている。これまで47の国々を訪問したKalish氏の解説は、ウォール・ストリート・ジャーナル、エコノミスト、フィナンシャル・タイムズなどからも広く引用されている。ジョンズ・ホプキンス大学国際経済学博士号取得。

資本流出の要因と影響

中国では厳格な資本規制が導入されており、中国国外への財産の移転は容易ではありません。この資本規制により中央銀行である中国人民銀行は大規模な為替市場への介入を行うことなく通貨の価値を安定させることができます。しかしながら、それは同時に、貿易の決済手段および保有資産としての魅力が損なわれることでもあり、人民元が基軸通貨となるに至らない要因にもなっています。このような厳格な資本規制があるにも関わらず中国からの資本流出の勢いはとどまる気配を見せていません。先日のニューヨークタイムズの記事で、中国の富裕層が数千億ドルにも達する資産を既に海外に逃避させ、マンション、株式、保険商品を購入している状況が取り上げられたように、中国人富裕層は東京の高級マンションの主要な購入者であり、ロンドンやニューヨークの不動産市場でも大きな存在感を示しています。

中国からの資本流出の背景にはどのような要因があるのでしょうか。また経済への影響はどのようなものになるでしょうか。背景のひとつとして考えられるのは、米国金利の急上昇による、債券等のドル建て金融商品の魅力の向上です。さらに、中国における主要な投資先である住宅用不動産価格の下落や、さらには同国の不動産市場の抱える問題に起因する不動産価格の先行きの不透明さもあって、中国国外の不動産への投資の人気が高まっていることも一因として挙げられます。加えて、中国政府の政策が、民間部門を犠牲にしてでも公共部門を支援する方向に傾きつつあることもあって、人々が経済政策の先行きを懸念していることも要因として考えられます。悪化しつつある中国と西側諸国との関係を鑑みて、人々が中国の今後の発展に懸念を持ちつつあることも資本流出の一要因に挙げられるでしょう。

中国からの資本流出は毎月約500億ドルとも推定され、人民元の価値を押し下げる圧力となり、中国人民銀行は為替レートの安定化のために人民元を買い入れる必要に迫られています。これは中央銀行が金融市場における流動性を低下させていることを意味しており、本質的には金融引き締めと同じ効果を持ちます。現状の中国の低いインフレ率と経済成長率を踏まえれば、このような金融政策は望ましいものではありません。現在の中国の資本流出は管理可能な水準に収まっていると指摘する専門家がいる一方で、金融システムが脆弱な新興国において過去に起きたような資本流出の加速による通貨と金融システムの不安定化のリスクは存在します。

対中直接投資を減らす多国籍企業

裕福な中国人だけではなく、多国籍企業による対中直接投資の減少も、中国国外への資本流出の流れに追い打ちをかけています。さらに近年、外国企業は中国で得た収益を本国に還流させる傾向を強めています。これらの結果として、中国の海外直接投資はここ数十年で初めて流出超過となり、人民元安方向への新たな圧力となっています。対中直接投資の急減は、新たな技術の導入や技能の習得を促す投資の減少も意味します。海外からの投資はしばしば交易の動力となるものであり、投資の減少は、長期的には中国と他国との間の貿易の停滞につながりかねません。

中国への直接投資の伸びの鈍化や、資本流出の加速の背景には、いくつかの要因があると考えられます。まず、中国と一部の西側諸国の間の関係が悪化したことで、多国籍企業の中には中国への投資に慎重になっている企業が現れていることが挙げられます。また、ピーターソン・インスティテュートのニコラス・ラーディ氏のように、「外国企業が(中国国内の)新規投資先候補の評価を依頼する外資系コンサルタント会社や信用調査会社を中国政府が閉鎖したことや、中国政府による国家安全法の制定、国境を越えたデータの流通の制限といった規制環境のますますの悪化により、外国企業は新規の直接投資を減らしたり、すでに中国国内に投下されている直接投資を引き上げたりしている」と指摘する声もあります。中国への直接投資が停滞する現状を踏まえ、中国政府は新規の対内直接投資をより積極的に呼び込む意向を示しています。

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Deloitte Global Economist Networkについて

Deloitte Global Economist Networkは、デロイトネットワーク内外の視聴者向けに興味深く示唆に富むコンテンツを発信する多様なエコノミストのグループです。デロイトが有するインダストリーと経済全般に関する専門知識により、複雑な産業ベースの問題に高度な分析と示唆を提供しています。デロイトのトップマネジメントやパートナーを対象に、重要な問題を検討するレポートやThought Leadershipの提供、最新の産業・経済動向にキャッチアップするためのエクゼクティブブリーフィングまで、多岐にわたる活動を行っています。

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社

増島 雄樹 / Masujima Yuki

マネージングディレクター・プリンシパルエコノミスト

外為トレーダーとしてキャリアをスタート。世界銀行、日本銀行、日本経済研究センター主任研究員、ブルームバーグシニアエコノミストを経て、2023年4月より現職。マクロ経済予測・費用便益分析・政策提言を中心に、エコノミクス・サービスを提供。為替に関する論文・著書多数。2018年度 ESPフォーキャスト調査・優秀フォーキャスター賞を受賞。博士(国際経済・金融)。

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
コーポレートイノベーション

若菜 俊之 / Wakana Toshiyuki

ヴァイスプレジデント

米国大学院にて経済学博士号取得後、州政府歳入省にて税務エコノミストとして税務・経済データの分析およびモデリング業務に従事。DTFA入社後は、エコノミクスサービスの立ち上げに参画。リードエコノミストとして、大型研究施設における研究成果の波及効果や産業特区の経済波及効果分析などの分析業務に携わる。また文化財、観光資源、スポーツチームなどがもたらす社会的インパクトおよび価値の可視化業務に実績を有する。