景気循環による経済的影響は企業にとって不可避なものです。しかし、世界および地域経済に対し長期的な見通しを持つことにより、企業は景気循環のリスクを最小化することができます。デロイトは、世界のビジネスリーダーたちに必要な、マクロ経済、トレンド、地政学的問題に関する明快な分析と考察を発信することにより企業のリスクマネジメントに貢献しています。
本連載では、デロイトのエコノミストチームが昨今の世界経済ニュースやトレンドについて解説します。今回は、Deloitte Insightsに連載中のWeekly Global Economic Updateの2023年11月13日週の記事より抜粋して日本語抄訳版としてお届けします。

Ira Kalish

Deloitte Touche Tomatsu
チーフエコノミスト

経済問題とビジネス戦略に関するデロイトのリーダーの1人。グローバル経済をテーマに企業や貿易団体への講演も多数行っている。これまで47の国々を訪問したKalish氏の解説は、ウォール・ストリート・ジャーナル、エコノミスト、フィナンシャル・タイムズなどからも広く引用されている。ジョンズ・ホプキンス大学国際経済学博士号取得。

米国の人口は2080年をピークに減少へ

11月9日、米国国勢調査局は、米国の人口予測を大幅に修正し、これまでの想定よりも今後数十年間で出生率が大幅に低下し、死亡率が大幅に上昇するとの見通しを発表しました。2015年の予測では、2040年に米国の人口は3億8,000万人に達するとされていましたが、国勢調査局は今回その人口予測を2,500万人引き下げ、2040年に米国の人口は3億5,500万人となると予想しています。また、この予測によると、今後の人口増加は非常に緩慢となり、2080年に3億7,000万人に達した後、減少に転じると示されています。また、1990年代に1.2%を記録した人口増加率が、現在では0.5%まで落ち込んでおり、今後数年間で増加率はさらに低下するとも予想しています。

人口の予測は、出生率や移民数の動向によって大きく変化することがしばしばあるものの、出生数や死亡数は移民数と比べると予測の正確性が高いとされています。仮に国勢調査局の公表している予測通りとなれば、2030年代後半までには死亡数が出生数を上回ることとなりますが、その場合、移民数の動向が人口維持のための重要な鍵となります。移民の数はパンデミック収束以来、順調に回復していますが、移民の増加は政治的に敏感な問題となり得ます。

人口動態の変化がもたらす影響

今回修正された予測がある程度正しいとすると、今後どのような影響があるでしょうか。第一に、2040年代半ばに生産年齢人口の増加が止まるため、生産性の向上がなければ経済成長が大幅に鈍化することが予想されます。しかし、労働力不足に直面した雇用主が省力化や労働増加的技術への投資を増やせば、生産性が向上する可能性もあります。また、生成AI活用の推進派の多くは、生成AIの発展により人口動態の変動に関わらず生産性が大きく向上するとしています。加えて、労働力不足が移民受け入れへの関心を高める可能性もあります。

第二に、人口増加の鈍化により高齢者に対する労働者の比率が低下するため、年金や医療費支出の増大による財政への負担が高まることが予想され、財政赤字の拡大、増税やその他サービスへの政府支出削減につながることが考えられます。しかし、長期にわたって上昇してきた医療費の対GDP比は近年安定しており、医療費水準は、今や他のモノ・サービスの物価と比べても急速に伸びているわけではありません。また、人口の高齢化が進む中でも、医療分野での将来的な生産性向上により、医療費は将来的に低下する可能性もあります。そのため、高齢化によって爆発的な財政赤字が発生するというシナリオは回避できるかもしれません。

人口動態の新たなトレンドに直面する各国

人口動態の劇的な変化に直面しているのは米国だけではありません。ヨーロッパ各国や中国、日本、ロシアでも出生率は急激に低下しており、所得水準のより低い多くの新興国においても同様の傾向が見られます。加えて、中国や日本、イタリアでは急速な人口減少が見込まれています。19世紀以前の数百年間、人口はほとんど増加しませんでしたが、19世紀初頭の産業革命以来、人口増加は当然のこととして考えられてきました。ところが現在、世界の主要国のほとんどで人口増加の時代が終わりに近づいており、各国は新たな課題と機会に直面しています。対照的に、若年層が増加するインドやナイジェリア、移民が急速に流入するオーストラリアやカナダでは、今後数十年間は比較的堅調に人口が増加すると予測されています。

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Deloitte Global Economist Networkについて

Deloitte Global Economist Networkは、デロイトネットワーク内外の視聴者向けに興味深く示唆に富むコンテンツを発信する多様なエコノミストのグループです。デロイトが有するインダストリーと経済全般に関する専門知識により、複雑な産業ベースの問題に高度な分析と示唆を提供しています。デロイトのトップマネジメントやパートナーを対象に、重要な問題を検討するレポートやThought Leadershipの提供、最新の産業・経済動向にキャッチアップするためのエクゼクティブブリーフィングまで、多岐にわたる活動を行っています。

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社

増島 雄樹 / Masujima Yuki

マネージングディレクター・プリンシパルエコノミスト

外為トレーダーとしてキャリアをスタート。世界銀行、日本銀行、日本経済研究センター主任研究員、ブルームバーグシニアエコノミストを経て、2023年4月より現職。マクロ経済予測・費用便益分析・政策提言を中心に、エコノミクス・サービスを提供。為替に関する論文・著書多数。2018年度 ESPフォーキャスト調査・優秀フォーキャスター賞を受賞。博士(国際経済・金融)。

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
コーポレートイノベーション

若菜 俊之 / Wakana Toshiyuki

ヴァイスプレジデント

米国大学院にて経済学博士号取得後、州政府歳入省にて税務エコノミストとして税務・経済データの分析およびモデリング業務に従事。DTFA入社後は、エコノミクスサービスの立ち上げに参画。リードエコノミストとして、大型研究施設における研究成果の波及効果や産業特区の経済波及効果分析などの分析業務に携わる。また文化財、観光資源、スポーツチームなどがもたらす社会的インパクトおよび価値の可視化業務に実績を有する。