景気循環による経済的影響は企業にとって不可避なものです。しかし、世界および地域経済に対し長期的な見通しを持つことにより、企業は景気循環のリスクを最小化することができます。デロイトは、世界のビジネスリーダーたちに必要な、マクロ経済、トレンド、地政学的問題に関する明快な分析と考察を発信することにより企業のリスクマネジメントに貢献しています。
本連載では、デロイトのエコノミストチームが昨今の世界経済ニュースやトレンドについて解説します。今回は、Deloitte Insightsに連載中のWeekly Global Economic Updateの2023年10月30日週の記事より抜粋して日本語抄訳版としてお届けします。

Ira Kalish

Deloitte Touche Tomatsu
チーフエコノミスト

経済問題とビジネス戦略に関するデロイトのリーダーの1人。グローバル経済をテーマに企業や貿易団体への講演も多数行っている。これまで47の国々を訪問したKalish氏の解説は、ウォール・ストリート・ジャーナル、エコノミスト、フィナンシャル・タイムズなどからも広く引用されている。ジョンズ・ホプキンス大学国際経済学博士号取得。

ECBは金利据え置きを決定

理事会の決定と今後の物価見通し

これまで10回連続で引き上げられていた欧州中央銀行(ECB)の政策金利は、10月26日の理事会で据え置きが決定されることとなりました。この政策金利は金融引き締め開始前の-0.5%から、現在の4.0%まで段階的に引き上げられており、金利据え置きの決定は予想通りといえるものでした。この決定の背景には、ユーロ圏でのインフレ率の着実な低下や、ユーロ各国経済の不調が挙げられます。今回のECBの政策決定の1週間後には、米連邦準備制度理事会(FRB)とイングランド銀行による政策決定も行われますが、カナダ銀行が先週政策金利を据え置いたのに続き、FRBとイングランド銀行の双方とも金利を据え置くとの見方が広がっています。

それでも、インフレとの闘いは終わっていません。ECBは、「インフレ率は依然として高すぎる状態が続くと予想され、国内の物価上昇圧力は依然として強い」との認識を示しています。しかし、ECBは、すでに実施されている金融引き締めは望ましい効果をもたらすと考えており、「政策理事会の過去の利上げは、引き続き金融環境に強く影響し続けており、結果として需要の抑制やインフレ率の押し下げに役立っている」とも述べています。

金融引き締めがユーロ圏経済に与える影響

これ以上の引き締めを行わない重要な理由のひとつは、追加的な引き締めにより経済がさらに冷え込む可能性があるということです。一方で、インフレ率の低下は、実質賃金を押し上げ、経済活動の回復に役立つ可能性があります。ECBのクリスティーヌ・ラガルド総裁は記者会見で、「経済は今年の残りの期間、弱い状態が続く可能性が高い。しかし、インフレ率がさらに低下し、家計の実質所得が回復し、ユーロ圏の輸出品目への需要が回復すれば、今後数年間で経済は強化されるはずである」と述べ、また、ユーロ圏経済の安定は労働市場の堅調さによって維持されるとも指摘しています。

金融政策は主に貸出市場を通じて経済全体に影響を与えます。ラガルド総裁は、「我々の最新の銀行貸出動向調査で報告したように、借入金利の上昇と、それに伴う投資計画の縮小と住宅購入の減少により、第3四半期の借入需要はさらに急激に落ち込んだ。また、企業や家計への貸出における信用基準も一段と厳格化された。銀行は顧客が直面しているリスクを懸念するようになり、自らリスクを引き受けることに消極的になっている」と述べています。また、金融政策が貸出市場に影響を与えるまでに時間差があるため、貸出市場のさらなる弱体化が起こり得るとも指摘しており、「我々は、これがまだ終わりではないということを確信している」と述べています。

先進国への移民の流入が持つ重要な意味

先進国で増加する移民流入

多くの先進国では、労働力不足が賃金を押し上げ、インフレ率は中央銀行の目標値を上回り続けています。労働市場の過熱を和らげ、賃金上昇圧力を弱めることが、中央銀行が短期金利を長期にわたって高水準で維持しようとする理由のひとつです。しかし、もうひとつの労働力不足の解決策として考えられるのは移民の受け入れです。

実際、OECDの報告によると、2022年に定住を目的として先進国に移民した人数は前年比26%増加し、610万人に達しました。この人数は、ドイツでは59%増、米国では39%増でした。これは、OECDが2005年に記録を開始して以来の最高水準です。こうした移民は、多くの国で雇用者数の力強い伸びに貢献しました。米国では、2020年以降の雇用増加の半分を外国生まれの労働者が占めています。2022年に人口に占める移民の割合が最も多かった国は、ルクセンブルク、アイスランド、ニュージーランド、エストニア、そしてスイスでした。

また、OECDは、難民申請件数が過去最高を記録し、2021年の170万件から2022年には200万件を超えたと報告しています。米国では、申請件数が2021年の19万件から2022年には73万件に増加しました。ヨーロッパでも、ウクライナからの申請が急増しました。2023年6月現在、OECD諸国には470万人のウクライナからの避難民がおり、ドイツとポーランドが最も多く受け入れています。そしてこのウクライナ難民の大多数は女性でした。2022年の難民申請者の出身国として多かったのは、ベネズエラ、キューバ、アフガニスタン、ニカラグアといった国々でした。

移民流入がもたらす恩恵と反発

移民の流入は大きな経済的利益をもたらしますが、政治的な反発を招きかねません。その結果、いくつかのOECD加盟国は、難民申請者と定住目的の移民に対して新たな制限を導入しています。しかし、移民政策は、今後数年間のOECD諸国の経済成長のスピードに大きな影響を与えると予想されています。移民の増加は労働力人口を底上げし、退職済みの高齢者に対する現役労働者の比率が高まることで、高齢者の年金や医療費増大による財政への圧力を軽減します。人口動態の変化が引き起こす諸問題への解決策となります。

こうした人口動態の問題は、ヨーロッパにおいて特に深刻です。スペインで移民政策を担当するホセ・ルイス・エスクリバ大臣は、欧州連合(EU)の人口動態を安定させるためだけに、今後25年間で5,000万人の移民受け入れが必要だと述べました。同大臣は、これは「単に福祉国家の維持のために必要になるだろう」と述べています。しかし、欧州では、移民の増加への嫌悪感もあって、いくつかの国でポピュリスト政党が台頭しつつあります。

本記事と原文に差異が発生した場合には原文を優先します。

Deloitte Global Economist Networkについて

Deloitte Global Economist Networkは、デロイトネットワーク内外の視聴者向けに興味深く示唆に富むコンテンツを発信する多様なエコノミストのグループです。デロイトが有するインダストリーと経済全般に関する専門知識により、複雑な産業ベースの問題に高度な分析と示唆を提供しています。デロイトのトップマネジメントやパートナーを対象に、重要な問題を検討するレポートやThought Leadershipの提供、最新の産業・経済動向にキャッチアップするためのエクゼクティブブリーフィングまで、多岐にわたる活動を行っています。

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社

増島 雄樹 / Masujima Yuki

マネージングディレクター・プリンシパルエコノミスト

外為トレーダーとしてキャリアをスタート。世界銀行、日本銀行、日本経済研究センター主任研究員、ブルームバーグシニアエコノミストを経て、2023年4月より現職。マクロ経済予測・費用便益分析・政策提言を中心に、エコノミクス・サービスを提供。為替に関する論文・著書多数。2018年度 ESPフォーキャスト調査・優秀フォーキャスター賞を受賞。博士(国際経済・金融)。

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
コーポレートイノベーション

若菜 俊之 / Wakana Toshiyuki

ヴァイスプレジデント

米国大学院にて経済学博士号取得後、州政府歳入省にて税務エコノミストとして税務・経済データの分析およびモデリング業務に従事。DTFA入社後は、エコノミクスサービスの立ち上げに参画。リードエコノミストとして、大型研究施設における研究成果の波及効果や産業特区の経済波及効果分析などの分析業務に携わる。また文化財、観光資源、スポーツチームなどがもたらす社会的インパクトおよび価値の可視化業務に実績を有する。