景気循環による経済的影響は企業にとって不可避なものです。しかし、世界および地域経済に対し長期的な見通しを持つことにより、企業は景気循環のリスクを最小化することができます。デロイトは、世界のビジネスリーダーたちに必要な、マクロ経済、トレンド、地政学的問題に関する明快な分析と考察を発信することにより企業のリスクマネジメントに貢献しています。
本連載では、デロイトのエコノミストチームが昨今の世界経済ニュースやトレンドについて解説します。今回は、Deloitte Insightsに連載中のWeekly Global Economic Updateの2023年10月9日週の記事より抜粋して日本語抄訳版としてお届けします。

Ira Kalish

Deloitte Touche Tomatsu
チーフエコノミスト

経済問題とビジネス戦略に関するデロイトのリーダーの1人。グローバル経済をテーマに企業や貿易団体への講演も多数行っている。これまで47の国々を訪問したKalish氏の解説は、ウォール・ストリート・ジャーナル、エコノミスト、フィナンシャル・タイムズなどからも広く引用されている。ジョンズ・ホプキンス大学国際経済学博士号取得。

米国雇用市場は堅調さ維持

米国の労働需要は、依然として市場の予想を上回る水準にあります。9月の雇用統計では、金融サービスと情報セクターを除き、ほぼ全てのセクターにおいて雇用が増加し、月あたりの新規雇用者数は今年最大の水準を記録しました。その一方で、失業率は3.8%で横ばいのままでした。直近の失業保険の新規申請件数は、前週から微増したものの、1月以来の低水準にあります。このように多少の逆風は見られるものの、米国経済は第3四半期末も引き続き堅調を維持しており、今月後半に報告される第3四半期のGDP成長率も力強いものとなるとの見方が強くなっています。その中で現在の市場の注目は、米連邦準備理事会(以下、FRB)が雇用市場のデータをどのように解釈するかという点に集まっています。

米連邦政府は雇用市場に関して事業所調査と家計調査の2つのレポートを発行しています。今回の事業所調査によると、9月の新規雇用者数は336,000人であり、月あたりの数値としては今年最多となりました。さらに、7月と8月の雇用者数を上方修正しました(2カ月合計で119,000人上方修正)。つまり、実際の労働需要はそれほど軟化してはいなかったことを示しています。

セクター別では、9月の製造業の雇用者数は17,000人増、うち自動車関連は8,900人増と好調でした(*1)。また、小売は19,700人増、運輸・倉庫は8,600人増となりましたが、情報セクターは5,000人の減少、金融サービスにおいては3,000人の微増にとどまりました。ただし、専門・ビジネスサービスは21,000人増、ヘルスケア・社会支援サービスは65,900人増、レジャー・接客は96,000人増、政府雇用(主に州および地方政府)は73,000人増、と大幅な伸びを見せているセクターもあります。

また、9月の民間部門の労働者の平均時給前年同月比で4.2%の上昇と、2021年6月以来で最小の増加幅となり、賃金に対する上昇圧力はいくぶん緩和傾向にあります。それでも賃金上昇率は3月以降大きな動きはなく、FRBが期待するほどには緩和されている状態ではないといえるでしょう。さらに非営利民間調査機関であるコンファレンスボードの調査では、多くの雇用主は2024年に4.1%の賃上げを見込んでいます。もしそれが事実となれば、FRBはインフレ抑制対策のさらなる強化に迫られることとなるでしょう。

*1:本調査は毎月12日に実施しているため、15日より開始された全米自動車労働組合(UAW)によるストライキの影響は含まれていない

移民の流入が支える雇用の拡大

家計調査からは、雇用の増加が生産年齢人口の増加とほぼ一致していることがわかります。そのため、(失業者と労働人口の比率を示す)失業率や(就業者と労働力人口の比率である)就業率に大きな変化は見られませんでした。コロナの収束以降雇用は大幅に伸びていますが、依然としてコロナ前のトレンドを下回っています。これは仮にパンデミックが起こらずにそのまま雇用が順調に伸びていたとする場合と比べると、現在の雇用水準は低くなっているということです。その理由の1つは就業率にあります。コロナの収束以降、就業率は62.8%まで回復したものの、コロナ直前の就業率の63.3%を下回っています。現在の労働市場のひっ迫度を考えると、就業率、または移民の数が大幅に増加しない限り、これ以上のペースでの雇用の伸びは期待できません。

現在加速している移民の流入は雇用の伸びに大きく貢献しています。実際、2020年4月以降、米国の雇用増加の半数以上は外国生まれの労働者に起因していました。実際、雇用が最も増加したセクター(ヘルスケアおよび社会支援サービス、レジャーおよび接客)は、移民を多く雇用している業種です。建設セクターの雇用も大きく伸びましたが、そのほとんどが外国人労働者であったと推定されています。この状況が続けば、労働需要に比べて労働力人口の規模が拡大し、賃金インフレが抑制されていくことが考えられます。労働市場における移民の役割について語るうえで注目すべきは、コロナ前の10年間で米国の人口増加の半分を占めていたのが移民であったという事実です。コロナ禍で移民の流入は減少しましたが、現在は回復しつつあります。

雇用統計に揺れる金融市場――FRBは動くのか

雇用統計の発表直後、債券利回りは急上昇し、その後部分的に戻る動きを見せました。それに伴い先物市場では、FRBが年内に利上げを行うという予測シナリオに対する確率が、雇用統計発表前日の40%から50%に上昇しました。FRBはここ数カ月間、賃金上昇の抑制のために労働市場を軟化させることを目標に掲げてきましたが、雇用統計の伸びはFRBが抑制的な施策をさらに強める必要があることを示唆しています。しかしその一方で、昨今の移民の急増がすでに労働市場のひっ迫度合いを弱めている可能性もあることにも留意する必要があるでしょう。加えて、今後数か月の物価データに施策の効果を示す兆候が見られれば、FRBは施策の現状維持を選択する可能性があります。

また、歴史的に見ても、金融政策はしばしば遅れて作用し、その効果の発現には時間がかかる傾向があることにも注意する必要があります。昨今の金利上昇はすでに米国経済の様々な産業セクターに打撃を与えており、再び利上げが行われなくとも、今後数カ月で経済が減速する可能性は高いと考えられます。例えば、住宅ローンの上昇は住宅市場の活動を抑制し、自動車ローン金利の上昇は自動車の購入コストを押し上げ家計の可処分所得を減少させます。また、高い債券利回りは、企業の設備投資や取引のために必要となる新規の資金調達需要を抑制します。これらの点を踏まえると、(次回(10/31~11/1)の会合で)FRBが利上げを見送る判断を下す可能性もあり得るといえるでしょう。

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Deloitte Global Economist Networkについて

Deloitte Global Economist Networkは、デロイトネットワーク内外の視聴者向けに興味深く示唆に富むコンテンツを発信する多様なエコノミストのグループです。デロイトが有するインダストリーと経済全般に関する専門知識により、複雑な産業ベースの問題に高度な分析と示唆を提供しています。デロイトのトップマネジメントやパートナーを対象に、重要な問題を検討するレポートやThought Leadershipの提供、最新の産業・経済動向にキャッチアップするためのエクゼクティブブリーフィングまで、多岐にわたる活動を行っています。

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社

増島 雄樹 / Masujima Yuki

マネージングディレクター・プリンシパルエコノミスト

外為トレーダーとしてキャリアをスタート。世界銀行、日本銀行、日本経済研究センター主任研究員、ブルームバーグシニアエコノミストを経て、2023年4月より現職。マクロ経済予測・費用便益分析・政策提言を中心に、エコノミクス・サービスを提供。為替に関する論文・著書多数。2018年度ESPフォーキャスト調査・優秀フォーキャスター賞を受賞。博士(国際経済・金融)。

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コーポレートイノベーション

若菜 俊之 / Wakana Toshiyuki

ヴァイスプレジデント

米国大学院にて経済学博士号取得後、州政府歳入省にて税務エコノミストとして税務・経済データの分析およびモデリング業務に従事。DTFA入社後は、エコノミクスサービスの立ち上げに参画。リードエコノミストとして、大型研究施設における研究成果の波及効果や産業特区の経済波及効果分析などの分析業務に携わる。また文化財、観光資源、スポーツチームなどがもたらす社会的インパクトおよび価値の可視化業務に実績を有する。