衛星からの電波を受信し、自分自身の位置を把握するスマートフォンやカーナビゲーションの機能は我々の生活に欠かせないものとなっているほか、衛星を用いてインターネット通信を行うサービスも普及し始めるなど、宇宙は着実に身近な存在となりつつあります。この宇宙をフィールドとしたビジネスの現状について、デロイト トーマツの専門家に話を聞きました。(聞き手:編集部 渡辺真里亜、川添貴生)

片桐 亮

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
マネージングディレクター

金融系シンクタンクを経て、官民連携案件や都市開発事業などを対象にアドバイザリー業務に幅広く携わる。同分野における諸外国の政策動向、マーケットにも明るい。宇宙ビジネス創出のためのプラットフォーム形成や宇宙産業の海外展開にも実績を有し、現在、防衛・宇宙領域における新たなサービス立上げやアジェンダリードも担当している。

羽場 俊輔

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
シニアヴァイスプレジデント

大手エネルギー会社・米系コングロマリットにおいて、IoT関連新規事業立ち上げや大型回転機械の状態監視システムの設計・導入などに従事。米系コンサルティングファームを経て当社参画後は、製造業・建設/不動産業・防衛宇宙産業など向けの戦略策定支援、中長期/超長期ビジョン策定、ESG戦略策定などに従事。

国家が民間の宇宙開発を支援する理由

――当初の宇宙開発は国家主導で進められてきましたが、昨今では民間企業も積極的に乗り出しています。これまでの宇宙開発の流れを教えていただけますか。

宇宙開発が本格的に始まったのは1950年代ですが、当時は純粋な研究開発、あるいは国威発揚といった目的で行っていました。その後、安全保障の文脈で宇宙が語られるようになり、例えばアメリカは国防総省の軍事プロジェクトとして1970年代に「GPS(Global Positioning System)」衛星を打ち上げています。現在は位置情報を取得するためにGPSが広く使われていますが、もともとは軍事目的で打ち上げられた衛星だったというわけです。

1990年代から2000年代にかけて、一定の民間需要が見込まれるようになったことで、国家だけでなく民間企業も宇宙開発に参入するようになりました。このように民需が生まれたことは、それまで宇宙開発を先導してきた国にとっても大きなメリットがありました。民需を取り込むことにより、宇宙開発を加速しつつ公共の歳出を削減することが可能になるためです。

2000年代以降になると、宇宙開発はエンターテインメントのような領域にも広がり始めました。その代表例が宇宙旅行でしょう。昨今では「Beyond 5G」などと呼ばれる、宇宙ネットワークの構築に向けた議論も進んでいます。今後も、宇宙を活用して我々の生活の質を高めるための技術開発が積極的に進められていくでしょう。

このように政府主導から民間主導に移行し、宇宙開発が従来の構造から変化していることを指して、現在を「New Spaceの時代」と呼んだり、「宇宙の民主化が進められている」などと表現したりしています。宇宙開発の大きな目的である安全保障関連は引き続き国家主導ですが、その領域でも2000年代以降は民間サービスを利活用する動きが活発になっています。

ただ、民間企業が主体的に行っている宇宙開発でも、実は国家がバックアップしているケースは少なくありません。例えばアメリカの場合であれば、民間のビジネス需要を織り込みつつ、一部の開発費用を国家が負担しているといったことがあります。つまりマーケットを作り、その民間の需要を織り込むことで国の負担を抑えつつ宇宙開発を進めているといった形です。

一方、日本は民間の人たちがボトムアップでベンチャー企業を立ち上げ、しかも国から支援を受けることもほとんどなく、民間だけで宇宙ビジネスに乗り出そうとしています。ここがアメリカとの大きな違いで、日本の宇宙ベンチャーは非常に苦しい状況の中で頑張っています。

欧州の取り組みはユニークで、国が持つ衛星を利用した新しい取り組みのアイデアを募集し、そこで優秀な提案を行った人に対して支援を行うといったコンペを実施しています。この支援にはソフトウェア領域まで含まれているなど、非常に手厚いプログラムになっていて、こうした取り組みによって民間の宇宙開発をサポートしています。

現在の宇宙ビジネスで柱となっている「通信」「地球観測」「測位」

――現状において、民間での宇宙の活用事例にはどういったものがあるのでしょうか。

現時点でもっとも商用化が進んでいるのは、衛星データを利活用することによって地上の各種サービスを高度化するビジネスであり、具体的には通信と地球観測、そして測位が挙げられます。

その中でも特に民間の需要が強く、マーケットが拡大しているのが通信の領域です。携帯電話と同じく無線通信の技術ですが、地上に基地局を置く必要がないため、災害に強く、広域で通信サービスを提供できる強みがあります。

地球観測は衛星から地上を撮影したり、あるいは温度や高度などを計測したりして、そのデータを地上に送信するシステムです。こちらは安全保障の領域において重要な役割を担っているだけでなく、農作物の育成状況を宇宙から監視するなどといった民間需要も生まれつつあります。

すでに我々の生活に浸透しているのが、衛星からの電波を受信することで現在位置を把握することができる測位で、GNSS(Global Navigation Satellite System)と呼ばれています。スマートフォンの地図アプリで自分の現在位置を知ることができるのは、この測位の仕組みがあるおかげです。この測位のためのシステムとして代表的な存在が先に述べたアメリカのGPSで、そのほかEUの「Galileo」や日本の「みちびき」などもあります。

ただ、測位をビジネスにするのは難しいところがあります。アメリカがGPSを無償で提供したことにより、他国の同様のシステムも無償とせざるを得なくなったことが理由です。

これらの3つの中で、トレンドになっているのが地球観測です。その中でも特に注目されているのが環境保護の取り組みにおける利活用で、具体的には地表面温度や海面水温の測定や温室効果ガスの観測などが行われています。また複数の衛星をネットワーク化して統合運用する、コンステレーション衛星によって観測を高度化する取り組みも進んでおり、今後さらに幅広い分野で地球観測の技術が使われるようになっていくでしょう。

地上向け衛星データ利活用
出所:デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社

宇宙ビジネスを牽引する「衛星コンステレーション」

――今後、宇宙領域において注目すべきトレンドとしては何が挙げられるでしょうか。

地球を囲うように多数の衛星を低軌道に配備する、衛星コンステレーションが注目を集めています。その背景にあるのは民間における通信需要の拡大で、衛星の製造コストや打ち上げコストの下落、衛星開発技術の進歩も衛星コンステレーションの実現を後押ししています。

この衛星コンステレーションが広まることにより、宇宙関連の幅広いビジネスが活性化することになるでしょう。衛星コンステレーションは多数の衛星を一連のシステムとして利用するため、数多くの衛星を製造する必要があることから、そこに大きな需要が生まれています。

衛星を打ち上げるビジネスに対するニーズも高まります。実際、小型衛星の打ち上げ数を見てみると、2019年までは数百基程度でしたが、衛星コンステレーションへの取り組みが始まった2020年には実績値で1,408基もの衛星が打ち上げられました。その後はさらに増え、2030年までに毎年約2,000~4,000基もの衛星が打ち上げられると予測されています。

打ち上げられた衛星の運用・維持や、衛星から取得したデータの解析などのビジネスなども拡大するでしょう。このように宇宙ビジネスそのもののブレイクスルーとなり得る可能性を秘めていることも、衛星コンステレーションが注目を集めている理由の1つです。

衛星コンステレーションを先んじて活用しているのは、衛星を用いた通信サービスです。ロシアによるウクライナ侵攻において、ウクライナ側はアメリカの宇宙ベンチャー企業が供与した衛星通信サービスを活用していることが広く報じられたことで、災害に強くへき地でも利用することができる衛星通信サービスの有用性を世界中に知らしめました。また5Gの次の通信インフラ、すなわち「Beyond 5G」においても衛星通信サービスは大きな役割を担うと期待されています。衛星コンステレーションを用いた衛星通信サービスは、今後さらに飛躍する可能性は高いと言えるでしょう。

地球観測の領域でも、衛星コンステレーションの活用は大きなメリットがあります。低軌道で多くの衛星を使うことができれば、高解像度かつ高頻度で地球を観測することが可能になるためです。ただ現状は通信ほど民間のニーズが高くないため、海外では衛星コンステレーションに取り組むベンチャー企業を国がバックアップしているケースもあります。

このように領域によって温度差はありますが、いずれにしても衛星コンステレーションが今後の宇宙ビジネスを牽引していく可能性は高いと考えています。

専門家に聞く宇宙開発の今と日本のポジション(後編)に続く>>

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