「H-ⅡA」ロケットの発射を何度も成功させるなど、日本の宇宙開発はこれまで多くの実績を残しています。また小惑星イトカワに到達し、サンプルを採集したうえで地球に帰還した探査機「はやぶさ」の成功も記憶に新しいでしょう。このように多くの成功を収めている日本は、世界の宇宙開発においてどのようなポジションになっているのか、前編に引き続きデロイト トーマツの専門家に語ってもらいました。(聞き手:編集部 渡辺真里亜、川添貴生)

片桐 亮

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
マネージングディレクター

金融系シンクタンクを経て、官民連携案件や都市開発事業などを対象にアドバイザリー業務に幅広く携わる。同分野における諸外国の政策動向、マーケットにも明るい。宇宙ビジネス創出のためのプラットフォーム形成や宇宙産業の海外展開にも実績を有し、現在、防衛・宇宙領域における新たなサービス立上げやアジェンダリードも担当している。

羽場 俊輔

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
シニアヴァイスプレジデント

大手エネルギー会社・米系コングロマリットにおいて、IoT関連新規事業立ち上げや大型回転機械の状態監視システムの設計・導入などに従事。米系コンサルティングファームを経て当社参画後は、製造業・建設/不動産業・防衛宇宙産業など向けの戦略策定支援、中長期/超長期ビジョン策定、ESG戦略策定などに従事。

旅行先として「宇宙」が身近な存在になる日

――宇宙関連のビジネスとして、通信や地球観測、測位のほかにどういったものが考えられますか。

1つはエンターテインメントの領域です。宇宙船で高度約100km程度の宇宙空間まで飛行し、無重力状態を体験することができる弾道宇宙飛行はすでに実現されているほか、宇宙空間に滞在することができる宇宙ホテルの構想も進んでいます。さらに今後は、宇宙を手軽に疑似体験できる施設なども生まれてくるでしょう。

流れ星の素となる素材を衛星から放出することで人工的に流れ星を作り出す技術も登場しています。将来的には、夜空に大量の人口流れ星を降らせつつ、結婚式の記念写真を撮影するといったことが実現するかもしれません。

宇宙開発が積極的に行われるようになると、無視できなくなるのがスペースデブリと呼ばれる宇宙ゴミの問題です。人工衛星同士が衝突して飛び散った部品や破片、あるいは故障して放置されている人工衛星などをスペースデブリと呼び、放置すれば運用中の衛星がスペースデブリによって破壊されたり、地上に落下したりする可能性があります。このようなスペースデブリを除去するための開発も、今後さらに進んでいくと考えられています。

月や火星といった深宇宙を目指した開発も進んでいます。実現までには長い時間がかかると思いますが、間違いなく今後の宇宙開発における注目分野でしょう。

日本の宇宙開発で求められる「選択と集中」

――世界各国と比べた場合、日本の宇宙開発にはどのような課題があるのでしょうか。

アメリカやEUなどと比べた場合、日本の宇宙関連の予算規模は決して大きいとはいえません。確かに日本の宇宙関連予算はアメリカやEU、中国などに次いで5番目の規模となっていますし、2021年度以降は予算額増加の傾向が見られます。ただ、アメリカやEUと比較すると、宇宙関連の予算額には大きな乖離があります。

例えばアメリカは予算のボリュームが圧倒的であるため、民間の宇宙ビジネスを支援するといったときの予算額が日本と比べると桁違いです。EUに関しても、特に軍事的な宇宙開発の場合であればNATO(North Atlantic Treaty Organization:北大西洋条約機構)がEU各国と連携して買い支えるといったこともあるなど、豊富な財力を後ろ盾にして宇宙開発を進めています。

一方、日本にはそこまでの予算はなく、民間の宇宙関連ビジネスを金銭面で支えるといっても限りがあるため、なかなか宇宙ベンチャーが育たない状況になっています。

さらにいえば、日本は宇宙開発の幅広い領域にアプローチしています。「H3」のようなロケットを開発するだけでなく、それを打ち上げるための射場も国内に整備しています。衛星についても、通信と地球観測、測位まで開発して運用している。ただ予算規模は決して大きくないため、それぞれの領域に割り当てられる金額は小さくならざるを得ない。

宇宙開発の競争力を高めることを考えたとき、日本において選択と集中も必要になってくるかもしれません。日本の限られた予算では、宇宙開発のすべての領域で民間企業に対して、継続的に手厚いサポートを行うことは困難であると考えられるからです。そのため日本として宇宙領域で競争力を生み出していくためには、自分たちが強みを発揮する領域をしっかりと見定め、そこに予算を集中投資するといった考え方も必要になってくるやもしれません。

――日本でも宇宙開発にチャレンジするベンチャー企業は続々と登場しています。彼らがグローバルで成長を続けていくためには、どういった取り組みが必要になるでしょうか。

日本の宇宙ベンチャーに流入する資金は、世界の同様のベンチャー企業と比べると数百分の1程度の規模であり、1社あたりの平均資金調達額も大きく後れを取っています。日本の宇宙ベンチャーが成長していくためには、さらなる資金の流入がまず必要でしょう。

特に昨今の宇宙業界では、バリューチェーンの川上から川下までを一貫して手掛ける垂直統合がトレンドになっています。具体的にいえば、サービスを提供するために必要となる衛星を作るだけでなく、それを宇宙空間にまで飛ばすロケットまで開発するほか、打ち上げた衛星の運用や維持を行うための仕組みの構築、衛星から取得したデータの解析に至るまで一貫して対応していく形です。このようにバリューチェーン全体を押さえるために、例えば衛星の運用維持やデータ解析を行っている企業を買収するといった動きも見られます。

こうした海外のメガベンチャーと戦っていくためには、相当な資金力が求められます。リスクマネーの流入はもちろんですが、政府からのバックアップも欠かせません。

政府や大企業のリアルな課題にベンチャーが取り組む「GRAVITY Challenge」

――デロイト トーマツ グループでは、2023年3月にデロイト トーマツ スペース アンド セキュリティ合同会社(以下、DTSS)を設立しました。宇宙事業に参入した背景を教えてください。

実はデロイトは航空宇宙・防衛(A&D:Aerospace & Defense)業界に対して、監査や税務、コンサルティング、ファイナンシャルアドバイザリーといったサービスを70年以上前から提供してきました。コンサルティング事業としては、16カ国以上のオフィスで多数のA&D業界専門のコンサルタントが働いていて、宇宙では衛星やロケットメーカー、宇宙利用産業、関連省庁向けにサービスを提供しています。

日本においても、宇宙に関わる調査分析やアドバイザリーサービスなどを提供してきました。こうした取り組みに携わってきたグループ内の宇宙・安全保障分野の専門家を集結し、設立したのがDTSSとなります。現在の宇宙・安全保障分野を取り巻く状況は大きく変化しています。そうした変化に対する官民の対応力の強化を支援していくことが大きな目的であり、日本の宇宙開発を積極的にサポートしていきたいと考えています。

デロイトにおける宇宙関連の取り組みの1つとして「GRAVITY Challenge」が挙げられます。これは課題を提供する側である「Challenger」と、その課題を解決するソリューショを提供する側の「Innovator」を公募し、ビジネスマッチングを行って共同で事業検討を行うグローバルなプラットフォームです。アメリカやイギリス、フランス、ドイツなど12カ国で実施しています。2023年には日本でも「GRAVITY Challenge JP」として開催しており、14組がマッチングしました。

GRAVITY Challenge JPの特徴
出所:デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社

このGRAVITY Challengeでは、政府系機関や大企業などがChallengerとなり、環境や海洋、災害、農業や漁業など、実際に政府や企業が抱える課題を公開します。その具体的な課題に対して、AIやクラウド、ロボット、あるいは衛星を用いた地球観測などの技術を持つベンチャー企業などがInnovatorとして解決策となるアイデアを提示します。そのうえでデロイトも積極的に関わりながらマッチングを図り、詳細検討によって新たな価値を創出できると判断できれば事業化に向けて進めていくというものになります。

日本企業も積極的に参加しており、例えば海外の企業がChallengerとして提示した課題に、日本のベンチャー企業がアイデアを提示したところ見事にマッチングし、事業化に向けて検討を進めているといった事例があります。

このような取り組みのほか、デロイト独自の衛星オペレーションセンターの整備も検討しています。次世代衛星のためのPoC、あるいは衛星を利用した新たな付加価値およびビジネスの創出を目指していきます。このように、今後様々な取り組みを積極的に進めていきたいと考えているので、ぜひご期待ください。

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