3つの課題を抱える「介護予防」――現状と解決への糸口(後編)
超高齢化社会の到来に伴い、要介護者数の更なる増加が予想される中、「介護予防」が注目されています。介護予防に取り組むことで、健康寿命延伸のほか、国の医療費・介護費削減にもつながる可能性があります。
一方で、介護の前段階である介護予防は、介護領域と比べて十分にその社会基盤が構築されているとはいえません。そこで前編と中編に続く今回は、介護保険制度開始当初からその土台をシステム面で支える日本電気株式会社(以下、NEC)社会保障SL統括部長の茂木悠子氏を招き、デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社(以下、DTFA)の田中克幸と、介護予防の課題や展望などについて対談を実施しました。
目次
茂木 悠子氏
日本電気株式会社
社会保障SL統括部長
官公ソリューション事業部門・社会保障ソリューション統括部にて、統括部長として従事。「すべての世代が安心して暮らせる社会の実現」を目指し、厚生労働省およびその外郭団体を主な顧客とし、医療・介護の社会保障制度を支えるシステム・サービスの提供に貢献。さらなる事業拡大に向け、当該分野の新規事業開発も担当。
田中 克幸
デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
ヴァイスプレジデント
新卒で金融機関へ入行、審査部に所属し、ヘルスケアセクター(医療・介護)への与信審査業務に従事。その後、2015年3月デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社入社。ライフサイエンスヘルスケアチームに所属し、主にヘルスケアセクターおけるコンサルティング・FAS業務に従事している。
社会課題解決およびトレンドを見据えて介護予防領域へ参入
田中
NEC様というと、介護保険制度の初期からその土台となるシステムを支えられている認識ですが、介護予防領域でもソリューションをお持ちなのでしょうか。
茂木
歩行センシングインソール「A-RROWG(アローグ)」を提供中です。センサー搭載のインソールを靴に装着して歩行するだけで、多様な歩行分析データを取得できるサービスです。具体的には、歩幅や歩行速度、接地角度・離地角度などのデータを取得し、利用者の歩き方の特徴を分析します。このデータを活用することで歩行姿勢を改善し、より健康的な暮らしを実現しようというものです。
田中
「歩行」を介護予防の重要なポイントのひとつとお考えなのですね。かかるソリューション以外にも、何か取り組まれていることはありますか。
茂木
千葉大学と認知症研究に関する共同研究を行っています。具体的には、当社のAI技術と同大学の保有するデータを組み合わせることで、認知症リスクに関する評価モデルを構築しています。
モデルの構築自体も研究目的のひとつではあります。ただそれだけではなく、将来的に介護予防に関するサービスを社会実装していくうえで必要なPDCAサイクルを回すためにこのモデルを指標として活用していけると考えています。その意味でも、社会課題解決に寄与する取り組みだと自負しています。
田中
認知症の原因物質は発症の20~30年前から蓄積され始める、といわれていますよね。認知症が発症する前段階でリスクを評価できるモデルの構築は、非常に重要だと思います。そもそもNECさんが介護予防領域に関心を持たれた理由は何でしょうか。
茂木
「高齢者の健康(=介護予防)」は、社会課題であり、事業的にも伸びしろのあるテーマだと捉えているためです。
いわゆる「団塊世代」は、2025年に75歳以上(後期高齢者)、10年後の2035年には85歳以上になります。さらなる介護費用負担の増加が予測される中、これまで以上に要支援・要介護段階に進む前の段階、すなわち介護予防の重要性が認識されるようになるでしょう。
こうした社会動向・トレンドを踏まえ、当社としても介護予防の領域に積極的に関与し、社会課題解決および事業拡大を進めていきたいと考えています。
現状の介護予防はアナログ。データの自動収集が望まれる
茂木
専門家の立場としてのお考えをお伺いしたいのですが、「介護予防」の現状はどうなっていますか。
田中
国が重要視しているのは間違いありません。例えば代表的な施策として、厚生労働省では「通いの場」を推進しています。通いの場とは、地域住民が気軽に集まり、様々な活動内容を企画し、人と人との触れ合いを通じて「生きがい」や「仲間」の輪を広げる拠点ですね。通いの場では例えば、体操教室や茶話会、会食などの企画が行われています。
茂木
通いの場へ参加することで、高齢者は社会とのつながりも持てますよね。一方で、通いの場はアナログな取り組みが中心になりそうです。DTFAさんでは現状の介護予防に関する課題について、どう捉えていますか。
田中
通いの場はアナログな取り組み、というご指摘はその通りですね。現状の介護予防の取り組みについて、当社は大きく3点の課題(=将来的な改善余地)があると考えています。
1点目は、通いの場の課題とほぼ同義になりますが、「参加率の向上」です。背景には、高齢者が参加したくなるような魅力的な企画を打ち出しきれない現状があるのでしょう。特に男性の参加率が芳しくありませんね。
茂木
現在の趣味や趣向の多様化した高齢者の中には、通いの場の企画が魅力的に映らない層もいるのでしょうね。残り2点の課題は何でしょうか。
田中
2点目はご指摘いただいた「アナログであること」です。確かに介護予防は「予防」であるがゆえに、定量化・数値化しづらい側面はあると考えています。ただ、実施したデータを収集・統合・蓄積し、それを分析および活用につなげていく仕組みは、介護予防の取り組みを改善するために必要だと考えます。
3点目は、「誰が継続して行うのかということ」です。現在の通いの場を含む介護予防の取り組みの担い手は、地域住民・地域組織や行政(委託先を含む)であることが多いです。一方で、地域住民は高齢化が進んでおり、それに伴う担い手の絶対数の減少が予想されます。そのうえ、従来であれば地域住民の中でも、取り組みの旗振り役をしてくれるような地域に根差した人材がいたものですが、そのような方々も減っています。将来的には担い手の確保のため、行政に加え、民間企業の力をきちんと活用する必要が出てくるのではないでしょうか。
茂木
当社としても介護予防のアナログな現状には課題意識を持っています。だからこそ、日々の介護予防活動のデータを自動収集し、さらに分析・利活用などができるようになれば、介護予防は大きく進展するのではないでしょうか。
併せて、データを蓄積することでモデルや指標を作成し、達成度や実施事項の結果評価、すなわちアウトカム評価も必要ですね。ただ、アウトカム評価の作成は一筋縄ではいきません。そこで当社としては、産官学、特にアカデミアと連携を深め、データとアウトカムの関連性を解明し、アウトカム評価の作成および社会基盤の構築に寄与していきたいと考えています。
田中
介護予防活動のデータを「自動収集する」というお話は、非常に重要なポイントだと思います。国民皆保険制度のある日本では、そもそも予防が意識的に行われにくい土壌があります。そうであれば、利用者が面倒に感じないように、自動的にデータを収集できる環境の構築が望ましいですよね。
他方で、介護予防に関するデータは、内容はどうであれ、現状でも官民の様々な組織・企業に蓄積されているはずですが、現在はデータの収集・統合がうまくいっていません。その意味で、効率的なデータの収集・統合・利活用を見据えた「データのため方」にも課題があると考えます。
官民学一体となり、介護予防に取り組むことが重要
田中
最後にNEC様としての、今後の介護予防に対する向き合い方を聞かせてください。
茂木
「介護予防」を含め社会課題には、多様な主体が携わり、解決を目指す姿勢が重要だと考えます。
特に介護予防に関しては、介護領域よりも一歩も二歩も遅れてのスタートです。だからこそ、「社会課題解決」の旗の下、産官学はもちろん、企業同士の垣根も越えて連携することが重要です。それほど日本が抱える社会課題は複雑かつ深刻だということですね。
当社としても様々な組織と協働しながら、NECの強みを活かした介護予防に資するサービスを提供していきたいと考えています。
田中
心強く感じます。私見ではありますが、介護予防推進のためには、活動を推進するキーパーソン「背中押し係」も必要ではないかと思っています。
2070年には日本の人口は8,700万人に減少するという予測も出ている中、NEC様や当社含めた多様な主体が介護予防に取り組むことで、未来が少しでも良い方向に変わることを期待しています。本日はありがとうございました。