デフレに直面する中国と、健全さ維持する米国の家計状況
デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
増島 雄樹
デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
コーポレートイノベーション
若菜 俊之
景気循環による経済的影響は企業にとって不可避なものです。しかし、世界および地域経済に対し長期的な見通しを持つことにより、企業は景気循環のリスクを最小化することができます。デロイトは、世界のビジネスリーダーたちに必要な、マクロ経済、トレンド、地政学的問題に関する明快な分析と考察を発信することにより企業のリスクマネジメントに貢献しています。
本連載では、デロイトのエコノミストチームが昨今の世界経済ニュースやトレンドについて解説します。今回は、Deloitte Insightsに連載中のWeekly Global Economic Updateの2023年8月14日週の記事より抜粋して日本語抄訳版としてお届けします。
目次
Ira Kalish
Deloitte Touche Tomatsu
チーフエコノミスト
経済問題とビジネス戦略に関するデロイトのリーダーの1人。グローバル経済をテーマに企業や貿易団体への講演も多数行っている。これまで47の国々を訪問したKalish氏の解説は、ウォール・ストリート・ジャーナル、エコノミスト、フィナンシャル・タイムズなどからも広く引用されている。ジョンズ・ホプキンス大学国際経済学博士号取得。
デフレに陥る中国
パンデミック以前の数年間、中国は欧米主要国よりもはるかに高いインフレを経験しました。その後、COVID-19による経済活動の制限の影響により中国は2020年末まで一時的にデフレとなりましたが、2022年のほとんどの期間において、おおむね2%超のインフレに回帰することとなりました。しかしながら、現在欧米主要国が40年ぶりの高インフレに対処しようともがく中、中国は意図しなかったデフレに直面しています。2022年末に中国政府がパンデミック関連の制限を撤廃した時、経済成長は急加速しそれに伴いインフレ率も上昇すると期待されていました。しかしながら、結果としてそのどちらも起こることはありませんでした。経済は失速し、物価も停滞することになったのです。
7月の中国の消費者物価指数は前年同月比で0.3%下落し、2021年2月以来の落ち込みとなりました。変動の大きい食料品とエネルギーの価格を除外したコア指数は、前年同月比0.8%上昇となりましたが、これはやはり非常に低い水準です。カテゴリー別に見ると、食料品価格は、主に豚肉価格の急落を受け前年同月比で1.7%下落した一方で、非食料品価格は前年同月比で横ばいとなりました。衣料品の価格は1%上昇したものの、輸送費は4.7%下落、自動車の価格は4.4%下落、携帯電話の価格も2.6%下落しました。その一方で、航空運賃とホテルの価格は10%上昇、映画のチケット価格は5.9%の上昇を示しました。これらの動きは、個人消費が財からサービスへシフトしつつあることを反映しているといえます。
中国当局は、今後数カ月でインフレが回復すると予想しています。現在の低インフレ状態は前年の急激な物価上昇によるベース効果に一部起因しており、ベース効果が薄まるにつれて、物価変化率はプラス圏に戻っていく可能性が高いとしています。しかし仮にそうなったとしても、景気の弱さ、消費者需要の弱さ、世界的な商品市況の低迷などの要因により、物価上昇率は相対的に低い水準にとどまると見られます。
デフレはなぜ憂慮すべきものなのでしょうか。それは、デフレはしばしば実質(インフレ調整後)借入コストを上昇させ、それによって金利に敏感な個人および企業の支出に打撃を与えるからです。さらにデフレ環境下では、消費者は将来の物価下落を見込んで消費を先送りし、貯蓄を増やす傾向があります。これは政府が輸出の低迷を補うために個人消費を刺激したい局面において好ましい傾向ではありません。またデフレは単純に経済の弱さを反映しているともいえます。経済成長が加速すれば、物価もそれに伴って上昇していく傾向があるからです。
政府は、様々な施策を用いて経済成長を後押ししています。しかし消費者や企業が、政府が期待するような反応を示さなければ従来の刺激策は充分にその効果を発揮できない可能性があります。将来への不確実性が消費者と企業の景気に対する信頼感を曇らせており、その結果として貯蓄性向がより高まる状況となっています。
米国家計債務は増加も、家計状況は健全性を維持
ニューヨーク連邦準備銀行が発表した最新のレポートによると、米国の家計債務は増加し続けているものの、米国の家計の財政状態は依然として良好であることが示唆されています。2007~09年の金融危機時の状況とは対照的に、家計の債務返済能力は十分に高く、現時点では家計のバランスシートが金融システムへの主たる脅威とは見做されないということです。
住宅ローンを含む家計債務の総額は、第1四半期から第2四半期にかけて0.1%の微増となり、過去最高の17兆600億米ドルに達しました。パンデミックの開始時期から比べると、2.9兆米ドル増加したことになります。このようにパンデミックの間に家計債務は大きく増加しましたが、家計の銀行預金の急増と住宅価格の上昇がそれを上回ったため、結果的に消費者のバランスシートは改善することとなりました。
クレジットカード債務は第1四半期から第2四半期にかけて4.6%増加し、それに伴いクレジットカード債務の延滞率は2021年以降上昇傾向にあります。それでも、今年の第1四半期までの延滞率は残高のわずか2.4%であり、パンデミック直前の2.7%からは低下しており、2009年の金融危機のピーク時の6.8%と比べてもかなり低い水準です。したがって、クレジットカードの債務は増加しているものの特段大きな懸念はないと考えられます。
住宅ローン残高については、住宅市場の動きが低迷する中でほぼ横ばいでした。住宅ローンの延滞率は長期的に低下し続けおり、2007年以来の低水準になっています。ホームエクイティローン(自宅を担保とするローン)の残高もほぼ横ばいを示しており、最近の借入コストの上昇を考慮すればローン残高の横ばい傾向は自然なものであると思われます。自動車ローンについては、債務額は急増し、延滞率も上昇しました。しかし、クレジットカード債務と同様に、パンデミック前の水準と比較すると延滞率は低水準となっています。
連邦学生ローン(中央政府による学生ローン)については、バイデン政権の学生ローン救済策が最高裁判所によって無効と判断されたため、債務返済の支払いが10月に再開されます。連邦学生ローンの返済再開に伴って、債務全体の滞納率は上昇する可能性があります。しかし2.7%という家計債務全体の金利は歴史的にも低位の水準にあり、特に住宅ローン債務の金利は低くとどまっています。したがって、消費者向け債務は金融システムに対する差し迫った脅威ではないといえるでしょう。消費財やサービスを販売する企業にとっても、消費者の債務状況は特段の懸念事項とはならないと考えられます。
※本記事と原文に差異が発生した場合には原文を優先します。
Deloitte Global Economist Networkについて
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