景気循環による経済的影響は企業にとって不可避なものです。しかし、世界および地域経済に対し長期的な見通しを持つことにより、企業は景気循環のリスクを最小化することができます。デロイトは、世界のビジネスリーダーたちに必要な、マクロ経済、トレンド、地政学的問題に関する明快な分析と考察を発信することにより企業のリスクマネジメントに貢献しています。
本連載では、デロイトのエコノミストチームが昨今の世界経済ニュースやトレンドについて解説します。今回は、Deloitte Insightsに連載中のWeekly Global Economic Updateの2023年5月29日週の記事より抜粋して日本語抄訳版としてお届けします。

Ira Kalish

Deloitte Touche Tomatsu
チーフエコノミスト

経済問題とビジネス戦略に関するデロイトのリーダーの1人。グローバル経済をテーマに企業や貿易団体への講演も多数行っている。これまで47の国々を訪問したKalish氏の解説は、ウォール・ストリート・ジャーナル、エコノミスト、フィナンシャル・タイムズなどからも広く引用されている。ジョンズ・ホプキンス大学国際経済学博士号取得。

中国経済の成長を抑制する潜在的要因

中国は、比較的短期間のうちに貧困を脱して中所得国へと移行しました。その過程で億単位の国民を中産階級へ押し上げ、農村部から都市へと送り出し、世界経済における規模は、取るに足らない規模から世界第2位のレベルにまで達しました。私が初めて中国を旅行した1996年当時、道路を走る自動車はとても少なく、ほとんどの人々が自転車に乗っている状況でした。海外で名の通った中国の大手企業は存在せず、人口の大部分は農村部にとどまっていました。しかし今や中国は、世界最大の自動車市場であると同時に世界最大の自動車輸出国でもあります。中国に本社を置く世界的な企業も多くあり、人口の大半が都市部に集中しています。中国が台頭する前、私は経済学を学ぶ大学院生でしたが、その当時の最も重要な議論のテーマの1つは、いかにして人々を貧困から良好な生活レベルへと導けるか、どのような政策が必要か、ということでした。中国がその答えを導き出し、貧困から脱した経験は、今後何十年も研究されることになるでしょう。

中国経済が巨大化した今、今後10年、そしてそれ以降に進む道は、世界に大きな影響を及ぼすでしょう。今後も急激な成長を続け、1人当たりの所得レベルでG7に並ぶことができるのでしょうか。それとも、中所得国としての地位を維持しながらゆっくりと成長するのでしょうか。これらの問いに対する答えは、世界にとっても重要なものです。これから中国が進む道は、世界経済の成長、商品市場、気候変動、地政学にも影響を与えるでしょう。

現在、中国経済の成長速度については、議論の的となっています。中国経済の著名な専門家であるマイケル・ペティス氏は、今後10年間の成長にはブレーキがかかり、最善のシナリオでも年間成長率は4%を超えることはないだろうと述べています。中位のシナリオでは、成長率は年間1.5~2%となり、成熟した経済大国である米国の成長を上回ることはないとの考えで、下位のシナリオにおいては、中国は世界最大の経済大国である米国に追いつくことはないという想定です。

なぜペティス氏は中国の成長が抑制されると考えるのでしょうか。これには過去20年間の経済成長の特徴が部分的に関係しています。急成長の要因の一部は、巨大な設備投資の波の存在に帰するものでした。これには不動産、インフラ、企業、特に国有企業への投資が含まれていました。これらは主に負債によって促された特徴があり、実際、中国のGDPに占める債務の割合は300%近くに達し、他の新興国と比較しても非常に高い水準にあります。一般的な消費者が保有する負債は急激に増加し、現在では可処分所得の約30%と非常に高い比率となっています。ペティス氏は、このような状態が永続的に続くことはなく、これ以上の債務増加は持続不可能であると主張しているのです。

設備投資は一般的に良いものであるとされています。設備投資は、生産性と生産能力を向上させ、将来の生産量の増加を可能にします。しかし、中国における投資は過剰なレベルでした。過去20年間における中国の設備投資の平均額はGDPの40%を優に超え、2010年には47%とピークに達しました。世界経済における平均的な設備投資額はGDPの25%程度です。多くの新興国はGDPの30%から35%、先進国においてはGDPの20%前後となっています。それらの水準と比較すると、中国は別次元のレベルにあります。過剰な設備投資は過剰な生産能力を生み出し、持続可能な成長速度よりも経済が速く成長しているかのように見せかけます。中国において、この傾向が顕著に見られるのが、不動産市場および重工業セクターでしょう。中国では、投資金額当たりの経済成長を測る指標である投資収益率が過去数十年の間低下しており、他の新興国と比較しても低い水準にあります。これは追加的な設備投資が非常に非効率的かつ無駄であった可能性を示唆しています。

ペティス氏は、中国経済は投資からのリバランスを実施する必要があるだけでなく、それ例外の施策が実行不可能な状況に置かれていると論じています。つまり、GDPに占める設備投資の割合を減らすなら、代わりに消費を拡大する必要があるということです。投資の減少による急激な成長鈍化を避けるためには、2つのことが必要です。まず1点目は、投資の効率化です。具体的には、不動産投資を減らして民間産業における技術投資を増やす必要があります。2点目として、さらに重要なのは、消費がより早く成長する必要があるということです。このためには、家計への所得移転の割合が大きくならなければなりません。ペティス氏は、これらのことがすべて達成されたとしても、成長率はおそらく4%と控えめな水準となり、もしその施策の達成が不十分であるならば、成長率は2%以下になると示唆しています。中国が進む道は、政府が実施する施策の組み合わせによって大きく左右されるでしょう。

その一方で、中国経済はすでに停滞の兆しを見せ始めています。家計支出は予想されたほど大きく回復せず、若者の失業率は急なピッチで上昇し、民間投資は弱含みであり、輸出は世界経済の減速によって打撃を受けています。問題となっている不動産セクターは縮小し、不動産価格の下落により家計は打撃を受けました。このような弱点に加え、低インフレの状態が継続していることから、多くの専門家は中央銀行が緩和的な金融政策を行うと予想していました。しかしながら、米国の金融引き締めに起因する通貨下落圧力のさらなる高まりを懸念した中国人民銀行(PBOC)は9カ月連続で基準金利を据え置きました。

世界貿易の最新動向

世界経済の低迷に起因する貿易の停滞は、コンテナに関する最新の統計データからも明らかです。2023年第1四半期の世界のコンテナ生産量は前年比で71%減少、コンテナの売上は77%減少、そしてコンテナの輸送コストは急落しています。生産量の減少は、大幅な供給過剰を示唆するものであり、パンデミック時において、とりわけ米国の消費者から耐久消費財への需要が急増したことに起因しています。当時、商品の不足と遅延が生じ、企業は商品生産と商品流通の能力を強化せざるを得なくなりました。しかし、パンデミックが収束した現在、消費者の需要はモノからサービスへと移行しています。加えて、金融引き締め政策は主要国経済を減速させる可能性が高く、モノに対する需要の減少が引き起こされるでしょう。

米国の連邦議会では、中国の軍事力の増大、南シナ海での軍事施設への投資、少数民族の扱い、知的財産に対する姿勢などが懸念されており、対中経済関係の抑制を掲げる超党派的な動きへの支持が強くなっています。すでに米国は2018年から2019年にかけて一部の中国製品に関税を課しており、現政権においては輸出に対する規制を実施しています。さらには、現在の米国議会では中国との恒久的正常貿易関係(Permanent Normal Trade Relations:PNTR)を廃止すべきだという意見が強まっています。この貿易関係は最恵国待遇(Most Favored Nation Treatment:MFN)とも呼ばれるものです。

米国が一世代前に中国に最恵国待遇を与えたことは、中国の世界経済への統合に大きく寄与しました。最恵国待遇の撤廃は、中国からのほとんど全ての輸入品に対する関税の大幅な引き上げを意味します。専門家は、最恵国待遇の撤廃が中国からの輸入品に依存する米国産業に壊滅的な影響を与え、消費者物価を押し上げて米国の消費者の購買力を低下させ、最終的には中国からの報復行為につながる恐れがあると警告しています。最恵国待遇廃止による影響は、トランプ時代の対中関税の影響をはるかに超えることになるでしょう。最恵国待遇撤廃案には議会の十分な支持があると思われますが、大統領による拒否権発動を覆すには十分な支持が得られない可能性があります。

2023年1~4月のドイツの対中輸出は前年比11.3%減となりました。これは高額なエネルギーコストとユーロ高の影響を一部反映しています。ドイツの自動車産業は、中国の電気自動車生産の増加を受けて苦戦しています。加えて、中国における需要低迷はドイツの自動車メーカーや他の重工業にとっての逆風となっています。

世界的なサプライチェーンの混乱はほぼ収束しました。大手購買担当者指数データの発行元としても知られるS&P Global社およびGEP社が作成するGEPグローバルサプライチェーンボラティリティ指数(*1)の最新の数字は、2020年以降で最も低い水準となりました。2020年初頭以降、パンデミックや消費者の需要パターンの変化によりサプライチェーンが大きく混乱し、指数は急上昇しました。同社の報告によると、この期間におけるサプライチェーン不安定化の最大の要因は「供給および価格に対する懸念を反映した企業の在庫積み上げ」でした。つまり、予防的な買いだめが世界のサプライチェーンを混乱させたのです。その結果、欧州や北米のインフレが急激に上昇することとなりました。なお現在は、グローバルサプライチェーンボラティリティ指数の急落と共にストレスが緩和され、インフレ圧力は低下しています。

*1:GEPグローバルサプライチェーンボラティリティ指数はS&P Global社およびGEP社によって作成・公表される世界のサプライチェーンの状態を表す指数。40カ国2万7千企業を対象とするPMI(購買担当者景気指数)調査におけるサプライチェーンに関連する6つのサブ指標の加重平均により算出される。「50」の値を分岐点とし、これを上回ればサプライチェーンのキャパシティを上回る状態でありボラティリティが上昇、下回ればキャパシティを下回る状態でありボラティリティが減少していることを示す

本記事と原文に差異が発生した場合には原文を優先します。

Deloitte Global Economist Networkについて

Deloitte Global Economist Networkは、デロイトネットワーク内外の視聴者向けに興味深く示唆に富むコンテンツを発信する多様なエコノミストのグループです。デロイトが有するインダストリーと経済全般に関する専門知識により、複雑な産業ベースの問題に高度な分析と示唆を提供しています。デロイトのトップマネジメントやパートナーを対象に、重要な問題を検討するレポートやThought Leadershipの提供、最新の産業・経済動向にキャッチアップするためのエクゼクティブブリーフィングまで、多岐にわたる活動を行っています。

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社

増島 雄樹 / Masujima Yuki

マネージングディレクター・プリンシパルエコノミスト

外為トレーダーとしてキャリアをスタート。世界銀行、日本銀行、日本経済研究センター主任研究員、ブルームバーグシニアエコノミストを経て、2023年4月より現職。マクロ経済予測・費用便益分析・政策提言を中心に、エコノミクス・サービスを提供。為替に関する論文・著書多数。2018年度ESPフォーキャスト調査・優秀フォーキャスター賞を受賞。博士(国際経済・金融)。

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
コーポレートイノベーション

若菜 俊之 / Wakana Toshiyuki

ヴァイスプレジデント

米国大学院にて経済学博士号取得後、州政府歳入省にて税務エコノミストとして税務・経済データの分析およびモデリング業務に従事。DTFA入社後は、エコノミクスサービスの立ち上げに参画。リードエコノミストとして、大型研究施設における研究成果の波及効果や産業特区の経済波及効果分析などの分析業務に携わる。また文化財、観光資源、スポーツチームなどがもたらす社会的インパクトおよび価値の可視化業務に実績を有する。