景気循環による経済的影響は企業にとって不可避なものです。しかし、世界および地域経済に対し長期的な見通しを持つことにより、企業は景気循環のリスクを最小化することができます。デロイトは、世界のビジネスリーダーたちに必要な、マクロ経済、トレンド、地政学的問題に関する明快な分析と考察を発信することにより企業のリスクマネジメントに貢献しています。
本連載では、デロイトのエコノミストチームが昨今の世界経済ニュースやトレンドについて解説します。今回は、Deloitte Insightsに連載中のWeekly Global Economic Updateの2023年5月22日週の記事より抜粋して日本語抄訳版としてお届けします。

Ira Kalish

Deloitte Touche Tomatsu
チーフエコノミスト

経済問題とビジネス戦略に関するデロイトのリーダーの1人。グローバル経済をテーマに企業や貿易団体への講演も多数行っている。これまで47の国々を訪問したKalish氏の解説は、ウォール・ストリート・ジャーナル、エコノミスト、フィナンシャル・タイムズなどからも広く引用されている。ジョンズ・ホプキンス大学国際経済学博士号取得。

グローバルサプライチェーンに対するストレス、劇的に低下

パンデミックの間、世界のサプライチェーンは非常に大きなストレスにさらされました。これは、特に中国における生産と流通の制約、そして消費者の需要が耐久財へと急激にシフトしたことに起因しています。特に後者は、生産の不足と遅延、そして最終的にはコストの上昇をもたらしました。実際、サプライチェーン危機は、北米や欧州で見られた急激なインフレの最初の要因であったといえるでしょう。しかしながら、幸運なことにそのサプライチェーンに対するストレスは現在劇的に緩和している状態にあります。

パンデミックの間、ニューヨーク連邦準備銀行は世界のサプライチェーンのストレスを測定するための指標を作成しました。この指数には、輸送コストの指標(バルチック海運指数など)や製造業のストレスの指標(購買担当者指数やその構成要素など)が組み込まれていますが、パンデミックの間、これらの指数は劇的な上昇を見せました。指数のピークは2021年12月で、1997年から2020年の平均値を4シグマ(標準偏差)分上回りました。その後、指数は低下、ニューヨーク連邦準備銀行の直近の報告によると、今年4月に同指数は過去の平均を1.3シグマ分下回りまわっています。これは2008年後半以来の低水準の数値です。

これが示唆することは何でしょうか。第一に、サプライチェーン・ストレスの緩和は、世界経済の減速によるところが大きいということです。北米や欧州における金融引き締めにより、消費者の需要は鈍化しています。第二に、パンデミックが収束するにつれ、消費は耐久財からサービスへと移行しているということです。そして、第三の示唆として挙げられるのは、サプライチェーンの効率性向上は、特に米国におけるインフレの低下に寄与した可能性が高いということです。現在、耐久消費財の価格は下落傾向を示しており、インフレ傾向が残る分野は主にサービスに関係しています。

最後に、ニューヨーク連邦準備銀行は、同指数の改善(ストレスレベルの低下)の大部分が「ユーロ経済圏の入荷遅延および仕入れ在庫の低下、そして韓国における入荷遅延」に起因するものであると報告しています。また、ニューヨーク連邦準備銀行は、この指数の改善は「台湾における仕入れ在庫の顕著な増加」 によって一部相殺されているとも述べています。

相反する兆候示す米国の小売と鉱工業生産データ

4月の米国の小売売上高は、2月と3月の弱い数字を受けての大幅な回復を見込んでいたアナリストが多かったにも関わらず、小売売上高の増加ペースは緩やかなものにとどまり、予想を下回ることとなりました。力強さに欠ける小売支出を説明するものは何でしょうか。いくつかの可能性がありますが、第一に、賃金がインフレに追いついていないため、実質所得が減少し続けていることが挙げられます。第二の要因は、2023年の第一四半期のクレジットカード負債の急増を背景に、債務返済コストが大幅に上昇し、米国の家計が消費に費やせるお金が減少したことです。そして、新型コロナウイルスのパンデミックの際に見られた消費パターンの反転現象が第三の要因に挙げられるでしょう。小売売上高の大部分はサービスよりもモノへの支出を伴うものですが、ここ数カ月、モノへの支出は伸び悩む一方で、サービスへの支出は加速しています。いずれにせよ、小売支出の低迷は、米国経済のさらなる減速の予兆となる可能性があります。

詳細を見てみましょう。4月の小売売上高(インフレ調整前)は前月比0.4%増、自動車ディーラーでの支出も0.4%増加しています。しかし、4月の売上が減少したカテゴリーも散見されます。家具(0.7%減)、電器店(0.5%減)、食料品店(0.4%減)、百貨店(1.1%減)、アパレル(0.3%減)、ガソリンスタンド(0.8%減)などです。とりわけ、ガソリンスタンドについては、ガソリン価格が上昇したことを考えると意外な結果といえるでしょう。これは4月の自動車運転量自体の低下を示唆しています。

一方、非店舗型小売店(主にオンラインショッピング)での支出は前月比1.2%増、前年同月比8%増でした。店舗型ショッピングからの長期的なシフトは継続的に進行しているといえるでしょう。また、レストランやバーでの支出は0.6%の増加を示しました。

4月の小売売上高が予想を下回る一方で、米国の鉱工業生産は健全なペースでの成長を示すこととなりました。このように、投資家は米国経済の現状について相反するデータに直面しています。鉱工業生産は3月から4月にかけて0.5%増加、これには生産用業務機器の1.2%増も含まれており、事業投資の増加を予感させるものです。業務用機器では、輸送用機器が3.6%増、情報処理機器が2.2%の増加となりました。

また、工業生産に占める製造業の割合は3月から4月にかけて1%増加しています。内訳は、自動車が9.3%増、コンピュータ・電子製品が2.1%増となっています。これは自動車部門と情報技術部門が米国の産業部門の力強い伸びに大きく貢献したと考えられます。自動車については、4月の販売は控えめであったものの、在庫の減少と今後の需要増を見据えた大規模な増産がありました。

明暗分かれる中国の経済指標

中国政府が先週発表したデータは複雑な様相を呈しています。小売売上高は大幅に増加した一方で、その増加ペースはアナリストの予想するほどのものではありませんでした。工業生産と固定資本投資は緩やかなペースで増加しましたが、不動産部門への投資は大幅な減少を見せました。失業率は低下にも関わらず、若干の失業率は過去最高の数値を記録することとなりました。しかし、労働市場の緩みはインフレ圧力の低下を示唆し、実際にインフレ率は低水準なレベルにとどまっています。デロイト・チャイナのチーフエコノミストである許思涛氏は、中国人民銀行が景気低迷とインフレの減速を理由に金利を引き下げると予想しています。しかし、この予想がまだ現実のものとなっていないという事実は、 「政策立案者がまだパニックボタンを押す時期ではないと考えていることを示唆している」 と許氏は述べています。

4月の小売売上高は前年同月比18.4%増で、3月の10.6%増からは伸びたものの、アナリスト予想を下回りました。この大幅な伸びは、前年同月の売上高が低水準であったことが一因となっています。小売り全体での力強い成長にも関わらず、一部の小売カテゴリーは低迷が見受けられました。自動車販売は5.4%の増加にとどまり、家電、通信機器、事務用品、建材などでは前年同期を下回る数字となりました。不動産部門における混乱を反映したものと見られます。

鉱工業生産の4月の数字は、前年同月比5.6%増、1~4月の固定資産投資は前年同期比4.7%増となりました。製造業への投資は6.4%増加の一方で、不動産への投資は6.2%の減少となりました。

中国の労働市場については、失業率が16カ月ぶりの低水準となる5.2%に低下しています。25歳から59歳のカテゴリーでは失業率が4.2%に低下した一方で、2021年後半にて14%を少し超える程度であった16歳から24歳の失業率は20.4%と過去最高となりました。今年は1100万人を超える大卒者の就職が見込まれますが、若年失業率の高さが若年層の吸収を阻害する可能性があります。

全体として、今回発表された一連の経済データは、中国経済の弱さを示唆していたその他の直近のデータと整合的な結果を示すこととなりました。 許氏はこの状況に対応した金融緩和を期待する一方で、中国政府がより広範な財政政策を行うことには期待薄であると述べており、住宅購入に関する制限的な緩和政策の導入を予想しています。

変化を見せる中国の貿易パターン

景気の悪化や貿易制限などで米国や欧州への輸出が制限される中、中国の輸出形態はシフトしています。東南アジアをはじめとする経済新興国への輸出が急増しているのです。例として、2023年の最初の4カ月で、中国の全体的な輸出は前年より10.6%増加しました。しかし、ASEAN 10カ国(東南アジア)への輸出は24.1%もの増加を示しています。アフリカへの輸出は36.9%増加し、ラテンアメリカへの輸出は11.2%の増加となりました。加えて、中国は中東との関係強化にも乗り出しており、サウジアラビアへの輸出が51.3%増加しました、このことからも中国の新興国へのシフトは明らかといえるでしょう。

特に、中国の輸出先の地理的な変化は、輸出品目構成の変化と一致しています。顕著な変化を見せるのが(最終製品ではなく)中間製品の出荷の増加です。東南アジアに輸出される製品の多くは、最終製品を組み立てるための中間財であり、輸出用または国内向けとなっています。これは、グローバル企業がサプライチェーンを多様化し、中国での最終組み立てに依存しなくなったことも一因と考えられます。さらに、中国は、国内におけるバリューチェーンの高度化に伴い、付加価値の低い最終組み立てを大幅に削減し、より高度なハイテク投入材の生産を優先しています。中国の賃金が過去20年間に急増したことを考えると、基本的な組み立てはもはや以前ほど意味をなさなくなっているのです。

この中国の輸出の地理的シフトに伴い、中国から東南アジア、中東、アフリカへの航路が急増しています。これら新興国へのコンテナの輸送コストは比例して増加する一方、中国と北米間の輸送容量は大幅に低下しています。

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Deloitte Global Economist Networkについて

Deloitte Global Economist Networkは、デロイトネットワーク内外の視聴者向けに興味深く示唆に富むコンテンツを発信する多様なエコノミストのグループです。デロイトが有するインダストリーと経済全般に関する専門知識により、複雑な産業ベースの問題に高度な分析と示唆を提供しています。デロイトのトップマネジメントやパートナーを対象に、重要な問題を検討するレポートやThought Leadershipの提供、最新の産業・経済動向にキャッチアップするためのエクゼクティブブリーフィングまで、多岐にわたる活動を行っています。

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社

増島 雄樹 / Masujima Yuki

マネージングディレクター・プリンシパルエコノミスト

外為トレーダーとしてキャリアをスタート。世界銀行、日本銀行、日本経済研究センター主任研究員、ブルームバーグシニアエコノミストを経て、2023年4月より現職。マクロ経済予測・費用便益分析・政策提言を中心に、エコノミクス・サービスを提供。為替に関する論文・著書多数。2018年度ESPフォーキャスト調査・優秀フォーキャスター賞を受賞。博士(国際経済・金融)。

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
コーポレートイノベーション

若菜 俊之 / Wakana Toshiyuki

ヴァイスプレジデント

米国大学院にて経済学博士号取得後、州政府歳入省にて税務エコノミストとして税務・経済データの分析およびモデリング業務に従事。DTFA入社後は、エコノミクスサービスの立ち上げに参画。リードエコノミストとして、大型研究施設における研究成果の波及効果や産業特区の経済波及効果分析などの分析業務に携わる。また文化財、観光資源、スポーツチームなどがもたらす社会的インパクトおよび価値の可視化業務に実績を有する。