景気循環による経済的影響は企業にとって不可避なものです。しかし、世界および地域経済に対し長期的な見通しを持つことにより、企業は景気循環のリスクを最小化することができます。デロイトは、世界のビジネスリーダーたちに必要な、マクロ経済、トレンド、地政学的問題に関する明快な分析と考察を発信することにより企業のリスクマネジメントに貢献しています。
本連載では、デロイトのエコノミストチームが昨今の世界経済ニュースやトレンドについて解説します。今回は、Deloitte Insightsに連載中のWeekly Global Economic Updateの2023年5月8日週の記事より抜粋して日本語抄訳版としてお届けします。

Ira Kalish

Deloitte Touche Tomatsu
チーフエコノミスト

経済問題とビジネス戦略に関するデロイトのリーダーの1人。グローバル経済をテーマに企業や貿易団体への講演も多数行っている。これまで47の国々を訪問したKalish氏の解説は、ウォール・ストリート・ジャーナル、エコノミスト、フィナンシャル・タイムズなどからも広く引用されている。ジョンズ・ホプキンス大学国際経済学博士号取得。

金融市場は再び銀行破綻を乗り切る

米国の歴史上で最も大規模な銀行破綻の4つのうち3つが、この2カ月の間に起こりました。それにも関わらず銀行システムの安定は継続しています。直近の破綻は、北カリフォルニアに拠点を置くファースト・リパブリック銀行でした。同銀行が保有する富裕層向け住宅ローンの大規模なポートフォリオが金利上昇により経営難に陥ることを顧客が懸念し、1000億米ドル(同銀行の資産額は2290億米ドル)の預金の大量流出がありました。その2カ月前に起きた近隣のシリコンバレー銀行の破綻により、一時的に伝染が起きたことも預金者の行動に影響を与えたと考えられます。

連邦政府がファースト・リパブリック銀行の買い手探しに奔走する中、破綻を懸念した市場はネガティブに反応しました。最終的には、連邦預金保険公社(FDIC)も救済に参加する形で、JPモルガンが同行の債権を取得することとなり、預金者が保護される一方で、株主は損失を被る結果となりました。JPモルガンのジェイミー・ダイモンCEOは、「一旦今回の危機は終わったが、銀行システムの仕組みは変わらない。銀行の倒産が今後もなくなることはないだろう」と述べています。

この救済は、ファースト・リパブリック銀行の破綻が深刻なインパクトを及ぼし、新たな銀行危機を引き起こす可能性があると懸念していた投資家たちに歓迎されたことは明らかです。株式相場は国債の利回りと同様に安定しています。リスクスプレッドも安定しており、シリコンバレー銀行の破綻時の急上昇後、当局の迅速な介入により低水準に戻りました。中堅銀行の中には、ほかにも懸念があると考えられる銀行が存在しますが、それらの銀行の安定性に対する懸念が、今のところ金融市場の安定性に悪影響を及ぼしていないことは歓迎すべきことです。

それでも、懸念する理由はあります。中堅銀行の多くは、オフィスビルやショッピングセンター向けの融資に大きく依存しており、より多くの人々がリモートで仕事や買い物をするようになるにつれて、銀行は問題を抱える可能性があります。その結果、これらの融資に対し大幅に評価損を計上されることで、すでに預金が大きく流出している銀行を圧迫する可能性があります。また、中堅銀行が縮小することで、中小企業への信用供与が滞る可能性もあるでしょう。

問題を抱えた銀行が露見したのは、連邦準備制度理事会(FRB)の金利引き上げ後です。こうしたことは歴史的にしばしば見られることであり、驚くようなことではありませんが、シリコンバレー銀行の破綻に続く伝染病は、銀行融資の減少をもたらし、FRBのさらなる引き締めがもたらすものと同様の影響をクレジット市場に与えました。FRBの観点からすれば、市場がすでにその役割を果たしているのであれば、さらなる引き締めの必要はないかもしれません。したがって、FRBが金利引き上げのプロセスを間もなく停止する可能性があると予想するのは妥当です。そうなれば、経営難に陥った銀行は、買収や資本注入によって、安定した経営ができるようになるでしょう。いずれにせよ、FRBの一連の動きは銀行システムの危機がさらに拡大する可能性が低いことを示唆しています。

FRBは強い雇用の伸びを背景に引き締めを実施

5月3日、FRBがFF金利を25ベーシスポイント引き上げ、5~5.25%の範囲としたことは驚きではありませんでした。これでFRBは金融引き締め開始以来、500ベーシスポイントの金利引き上げを行ったことになります。今回の措置は広く予想されていたことですが、今週初めのファースト・リパブリック銀行の破綻を踏まえ、FRBに措置を控えるよう促す市場の声も存在しました。しかし、パウエルFRB議長は、シリコンバレー銀行の破綻が銀行市場の混乱を招いた3月上旬以降、銀行の状況は改善していると述べました。その一方で議長は、金融政策の引き締めが主因となり、銀行危機の影響と合わさることで、全体的に信用状況が悪化していることを認めました。これは今後の経済活動の重荷となり続けることが予想されます。

金融政策の引き締めの継続は、インフレ圧力を抑制することを意図しています。パウエル議長は、インフレ期待は依然としてよく固定されていると述べました。期待の固定化は金融政策の主な目標の1つであるため、これは重要なことです。一方、サプライチェーンの改善、商品価格の下落、FRBの引き締めの影響などにより、インフレは減速しています。FRBがさらに引き締めを行うかどうか、またどの程度行うかは、パウエル議長が示したように、データに基づいて決定されるものとなるでしょう。しかしながら、現在のところ、FRBがしばらく静観するとの見方が大半です。結局のところ、銀行危機が信用市場の状況を弱体化させています。しかも、FRBの施策にはタイムラグがあるため、FRBは、施策がすでに十分な効果を発揮したかどうかを判断する必要があります。

パウエル議長はしばらく金利を高めに維持する必要があると主張していますが、多くの投資家はそう考えていないことは明らかです。先物市場におけるFF金利は、FRBが7月に利下げを開始し、1月までに金利を3.5%に押し下げることを示唆しています。なぜ投資家はそう考えているのでしょうか。おそらく投資家は、銀行危機が悪化して経済が後退し、銀行システムを安定させるためにFRBが金融緩和をせざるを得なくなる、あるいはインフレが急減速し、それによってFRBが金融緩和を行えるようになると予想しているのでしょう。

通常と異なるのは、FF金利を500ベーシスポイント引き上げたのち、失業率が歴史的に低いままであることです。また、さらに異例なのは、求人数が減少しているにも関わらず、失業率が非常に低いままであることです。パウエル議長は、金融政策によって信用市場が弱体化したあとでも、労働市場は驚くほどひっ迫した状態を保っていると指摘し、FRBが失業率の急上昇を招くことなく、インフレを大幅に低下させることに成功する可能性を示唆しています。しかしながら、失業率が大幅に上昇する可能性にもオープンな立場を捨てることなく、FRBが最も重視しているのはインフレ抑制であるというシグナルも発しています。いずれにしても、景気後退は避けられる可能性が高いと述べました。

米国では4月も健全なペースで雇用が増加し、失業率は3.4%とわずかに低下しました。雇用は多くのセクターで緩やかなペースで増加しています。雇用の増加について、景気後退後の多くの時期に見られたレジャー・サービス業への過度な依存は見られませんでした。このように、経済は正常な状態に戻りつつあると思われる一方で、平均時給の伸びは、2022年3月から2023年1月にかけて減速しており、この3カ月で伸びは止まりました。このことはFRBにとって懸念材料となるでしょう。

詳細を見てみましょう。米政府は、事業所調査による雇用統計と家計調査による雇用統計の2つを発表しています。事業所調査では、4月に25万3,000人の新規雇用が創出されたことが示されました。これは1月以来の強い伸びです。パウエル議長が今週の記者会見で言及した雇用の伸びの強さは、大幅な金融引き締めの状況下では異例のことです。インフレ圧力を抑制するためにさらなる引き締めが必要な可能性があることを示す一方で、他方では、雇用市場が比較的タイトなまま、経済が弱体化するという新しい常態を示す可能性もあります。時間が解決してくれる可能性もあるでしょう。

事業所調査の詳細は興味深いものとなりました。銀行業界では、いくつかの中堅銀行の経営難に関連してか、雇用が減少しているものの、保険や不動産など、ほかの金融サービス分野では雇用は増加しました。また、建設業では、特に専門工事業者の雇用が好調に推移しました。製造業では、雇用は緩やかに増加し、その約半分は自動車産業によるものでした。最も堅調な伸びを示したのは専門・ビジネスサービス業です(派遣社員の雇用が急減したのち)。また、ヘルスケアは力強い伸びを示し、レストランは緩やかな伸びを示しました。

事業所調査では、報酬についても調査を実施しています。平均時給は前年同月比4.4%増で、この4カ月間はあまり変化がありませんでした。1月以前の期間においては賃金のインフレは昨年3月の5.9%をピークに着実に減少していました。そこで疑問となるのは、労働市場が行き詰まってきているのではないかということです。生産性の加速が伴えば、賃金上昇のスピードがインフレを上回ることはありません。しかし、現実は異なっています。むしろ、労働市場がひっ迫している条件下では、賃金上昇のスピードがこれ以上緩むことはなく、その結果、インフレ率を現在の5%から低下させることが困難になることをFRBは恐れているのでしょう。もしそう考えるなら、FRBは失業率が上がることになるとしても、さらなる金融引き締めを検討するかもしれません。

家計調査の結果、4月の労働市場参加率は堅調でした。プライムエイジ(25~54歳)の参加率は引き続き上昇し、プライムエイジの女性の参加率は過去最高を記録しました。このように、パンデミックによる労働参加へのショックは緩和されつつあり、労働参加率の上昇は、労働市場のひっ迫を緩め、賃金のさらなる減速を促すことになるでしょう。

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Deloitte Global Economist Networkについて

Deloitte Global Economist Networkは、デロイトネットワーク内外の視聴者向けに興味深く示唆に富むコンテンツを発信する多様なエコノミストのグループです。デロイトが有するインダストリーと経済全般に関する専門知識により、複雑な産業ベースの問題に高度な分析と示唆を提供しています。デロイトのトップマネジメントやパートナーを対象に、重要な問題を検討するレポートやThought Leadershipの提供、最新の産業・経済動向にキャッチアップするためのエクゼクティブブリーフィングまで、多岐にわたる活動を行っています。

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社

増島 雄樹 / Masujima Yuki

マネージングディレクター・プリンシパルエコノミスト

外為トレーダーとしてキャリアをスタート。世界銀行、日本銀行、日本経済研究センター主任研究員、ブルームバーグシニアエコノミストを経て、2023年4月より現職。マクロ経済予測・費用便益分析・政策提言を中心に、エコノミクス・サービスを提供。為替に関する論文・著書多数。2018年度 ESPフォーキャスト調査・優秀フォーキャスター賞を受賞。博士(国際経済・金融)。

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バリュエーション & モデリング

若菜 俊之 / Wakana Toshiyuki

ヴァイスプレジデント

米国大学院にて経済学博士号取得後、州政府歳入省にて税務エコノミストとして税務・経済データの分析およびモデリング業務に従事。DTFA入社後は、エコノミクスサービスの立ち上げに参画。リードエコノミストとして、大型研究施設における研究成果の波及効果や産業特区の経済波及効果分析などの分析業務に携わる。また文化財、観光資源、スポーツチームなどがもたらす社会的インパクトおよび価値の可視化業務に実績を有する。