景気循環による経済的影響は企業にとって不可避なものです。しかし、世界および地域経済に対し長期的な見通しを持つことにより、企業は景気循環のリスクを最小化することができます。デロイトは、世界のビジネスリーダーたちに必要な、マクロ経済、トレンド、地政学的問題に関する明快な分析と考察を発信することにより企業のリスクマネジメントに貢献しています。
本連載では、デロイトのエコノミストチームが昨今の世界経済ニュースやトレンドについて解説します。今回は、Deloitte Insightsに連載中のWeekly Global Economic Updateの2023年3月6日週の記事より抜粋して日本語抄訳版としてお届けします。

Ira Kalish

Deloitte Touche Tomatsu
チーフエコノミスト

経済問題とビジネス戦略に関するデロイトのリーダーの1人。グローバル経済をテーマに企業や貿易団体への講演も多数行っている。これまで47の国々を訪問したKalish氏の解説は、ウォール・ストリート・ジャーナル、エコノミスト、フィナンシャル・タイムズなどからも広く引用されている。ジョンズ・ホプキンス大学国際経済学博士号取得。

世界経済は回復し始めているのか

多くの識者が世界的な景気後退を予想しましたが、世界経済は緩やかに回復しているようです。S&P Global社最新の購買担当者景気指数(PMI*1)は1月の49.7から2月には52.1に上昇、景気拡大・縮小の境目となる50を超え、7カ月ぶりに景気拡大に転じました。この回復はサービス部門が主導し、製造業の成長が後押ししたようにみえます。

グローバルサービス業PMIは1月の50.0から2月には52.6に上昇しましたが、S&P Global社はこのデータについて、「世界的な経済回復が年初において勢いを増していることを示す説得力のあるシグナルである」とコメントしました。また、「好調な業績は労働市場と景況感に影響を与えるとともに、景気後退リスクの軽減、サプライチェーンの改善、中国経済の再開などの要素と組み合わさることで近い将来に需要が増加する可能性が高く、その結果、今後数カ月で生産はさらに増加すると予想される」としています。

一方、調査対象14カ国のうち、2月に経済活動が拡大した国は12カ国でした。経済活動の大部分を占め、金融、通信、流通、運輸、専門サービス、医療、教育などの産業が含まれるサービス活動はパンデミックの間大幅に抑制されましたが、現在は順調に回復しており、多くの国で経済成長に貢献しています。いくつかその例を見てみましょう。

2月に力強く回復したのはインドでした。サービス業PMIは1月の57.2から2月には59.4に上昇しましたが、これは非常に強い伸びを反映した水準であり、12年ぶりの高水準です。調査の回答者は、生産と新規受注の力強い成長を報告しました。インドは他国が直面する逆風をうまく回避してきました。これは貿易がGDPに占める割合が他国に比べて小さいことと、安価なロシア産石油を入手できたことによります。インフレ対策として金融政策が引き締められている中であっても経済は回復力を示しています。

中国では、サービス業PMIが1月の52.9から2月には55.0に上昇しており、サービス活動の急速な成長を示しています。経済活動の再開やCOVID-19の収束を反映しています。新規受注は2021年4月以降で最も急速に増加しました。サービス業の雇用創出は2020年11月以来のペースでした。特にサービス業における外需は2019年4月以来の高い伸びを記録しました。中国旅行の増加を反映していると思われます。2023年に中国がどれだけ早く回復するかについては議論が残っており、一部の専門家は、世界の原油価格が急激に上昇し、それによってインフレが上昇し、金融政策がさらに引き締まると予想しています。一方で、中国には大きな逆風が吹いており、成長は緩やかなペースにとどまるとの見方もあります。

日本のサービス業PMIも2月に急増しました。1月は52.3でしたが、2月は54.0と、2022年6月以来の高い伸びを示しました。内需、外需ともに急増しました。海外からの旺盛な需要は、特に中国人観光客の大量流入を期待している日本の観光産業の復活を反映している可能性が高く、サービス業の雇用もそれに比例して増加しました。S&P Global社は、日本の財輸出に対する外需の弱さによる製造業の落ち込みを、サービスの強さが補って余りあると見ており、日本の全般的な経済環境は強いと見ています。

米国では、サービス業PMIは2月に急回復しましたが、ほかの国に比較すれば緩やかな伸びを示す水準にとどまりました。PMIは1月の46.8から2月には50.6に上昇しました。PMIが50を上回ったのは8カ月ぶりのことでした。S&P Global社は、サービス業の成長が製造業生産の落ち込みを相殺し、第1四半期のGDP成長率がプラスになる可能性が高まったとコメントしました。もちろん、1月の雇用、小売売上高、個人消費に関する明るい見通しなど、堅調さを示すデータはほかにもあり、S&P Global社は、10月の底から経済状況が明るくなっていると指摘しました。このことは、10月以降の金融市況の改善やリスクスプレッドの縮小を示すその他のデータにも反映されています。景気回復を継続するのかは、連邦準備制度理事会によるがさらなる引き締めによる経済不況を招くのか、米国経済は岐路に立たされているように見えます。

ユーロ圏のサービス業PMIは1月の50.8から2月には52.7に上昇しました。特にイタリア(52.2)とスペイン(55.7)の伸びが大きく、フランス(51.7)とドイツ(50.7)の伸びは鈍化しました。ユーロ圏全体では、生産が引き続き増加した一方で、輸出受注は減少し、新規受注が2022年5月以来初めて増加しました。企業活動への信頼感は大幅に上昇しましたが、ウクライナ戦争直前よりは低い水準にとどまりました。S&P Global社は、良好なデータは当面の景気後退リスクを低下させるとコメントしましたが、「2月の上昇の一部は、季節外れの暖かさやサプライヤーの配達時間の著しい改善など、一時的な成長ドライバー(特に中国の最近の動向と関連)によって引き起こされた可能性がある」としました。

インド、中国、日本、米国、ユーロ圏におけるサービス部門の活動の大幅な回復は、世界経済が回復しつつあることを示しています。この状態が続くかどうかは予測が難しく、主要中央銀行の行動によってある程度決定付けられます。

*1:PMI(Purchasing Manager's Index:購買担当者景気指数)とは、製造業やサービス業の購買担当者を調査対象とする、企業の景況感を示す景気指標の1つ。「50」を景況感の分岐点とし、これを上回れば景況感が良く、下回れば景況感が悪いとされている

失業率が低いままユーロ圏のインフレ進行へ

ユーロ圏はインフレ問題を抱えています。総合インフレ率は後退しましたが、これは主にエネルギー価格の下落によるものです。コアインフレ(変動の激しい食品とエネルギー価格の影響を除く)は加速し続けています。これは、基調的なインフレがまだ峠を越えておらず、欧州中央銀行(ECB)がさらなる金融引き締めを迫られることを示唆しています。

エネルギー価格の下落で総合インフレ率は低下していますが、金融政策の大幅な引き締めにも関わらず、コアインフレは加速し続けています。この状況はECBから見れば、潜在的な危険性をはらんでいるといえます。問題の1つは、労働市場が賃金上昇に伴ってひっ迫していることです。さらに、ユーロ圏の多くの政府は、エネルギー価格上昇の影響を相殺するために、消費者や企業に補助金を提供しています。これは実質的に財政刺激策であり、本来であれば支出を増やすものです。ECBが金利をさらに押し上げる意向であることはすでに知られています。しかし、最近の経済の回復力や持続的なインフレに関するニュースを受け、ECBはこれまでの予想よりも大幅かつ長期的な引き締めを余儀なくされる可能性があります。

欧州の労働市場がひっ迫していることも、ECBが懸念する要因の1つでしょう。史上稀に見る失業率の低さと、求人率の比較的高い状況です。欧州連合(EU)の報告によると、1月のユーロ圏20カ国の失業率は6.7%で、3カ月連続で横ばいでした。実際、過去10カ月のうち9カ月は6.7%でした。10月は6.6%と過去最低でした。明らかに失業率は底を打ち、安定しています。今後の問題は、ECBのさらなる金融引き締めによって、労働市場のひっ迫が緩和され、失業率の上昇につながるかどうかです。エコノミストの間では、インフレ率を目標水準まで下げるには失業率の上昇が必要だというコンセンサスがあります。労働市場のひっ迫は賃金の持続的な上昇を意味し、高インフレを維持する可能性が高いと考えられます。

米国の生産性は上昇局面へ

経済成長の重要な要因は、労働時間当たりの生産性の向上です。そして生産性は単位労働コストに影響し、それがインフレに影響します。アメリカ政府による最新の報告書によると、2022年の第4四半期において、生産性は2期連続で上昇しました。さらに、単位労働コストの伸びは2021年第1四半期以来の低ペースでした。このデータポイントは、経済成長とインフレ抑制に関して肯定的なニュースを提供しています。

まず、なぜ生産性が重要なのでしょうか。その理由は、経済成長が起こるのは、より多くの労働者が雇用されているか、各労働者がより多く生産する(生産性が向上する)からです。後者は、企業が労働者に資本を追加したり、技術の進歩(イノベーション)を生み出したり、労働者のスキルが向上したりするときに発生します。米国の労働力人口は非常に緩やかなペースでしか増加しておらず、米国は完全雇用状態にあることを考えると、さらなる経済成長にはさらなる生産性の向上が必要です。第3四半期から第4四半期にかけて、生産高は3.1%増加し、労働時間は1.4%増加しました。その結果、生産性が1.7%向上しました。

一方、単位労働コスト指数(ULC)は、各生産単位を生産するための労働コストを測定します。労働補償を生産性で割って求められます。賃金上昇が生産性の同程度の上昇によって相殺されれば、同指数は変わりません。これはインフレ圧力の欠如を意味します。つまり、生産性の上昇が賃金の上昇を相殺するならば、追加的な生産単位を生産するための労働コストは変わらず、企業が価格を上げる必要がないことを意味します。第4四半期の時給は前期比4.9%増、生産性は1.7%増でした。その結果、同コストは3.2%上昇しました。前四半期の6.9%増から低下しました。前年同期比6.3%増で、インフレ率とほぼ同水準でした。インフレを抑制するには、生産性の上昇や賃金の上昇を抑える必要があります。

本記事と原文に差異が発生した場合には原文を優先します。

Deloitte Global Economist Networkについて

Deloitte Global Economist Networkは、デロイトネットワーク内外の視聴者向けに興味深く示唆に富むコンテンツを発信する多様なエコノミストのグループです。デロイトが有するインダストリーと経済全般に関する専門知識により、複雑な産業ベースの問題に高度な分析と示唆を提供しています。デロイトのトップマネジメントやパートナーを対象に、重要な問題を検討するレポートやThought Leadershipの提供、最新の産業・経済動向にキャッチアップするためのエクゼクティブブリーフィングまで、多岐にわたる活動を行っています。

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社

増島 雄樹 / Masujima Yuki

マネージングディレクター・プリンシパルエコノミスト

外為トレーダーとしてキャリアをスタート。世界銀行、日本銀行、日本経済研究センター主任研究員、ブルームバーグシニアエコノミストを経て、2023年4月より現職。マクロ経済予測・費用便益分析・政策提言を中心に、エコノミクス・サービスを提供。為替に関する論文・著書多数。2018年度ESPフォーキャスト調査・優秀フォーキャスター賞を受賞。博士(国際経済・金融)。

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
バリュエーション & モデリング

若菜 俊之 / Wakana Toshiyuki

ヴァイスプレジデント

米国大学院にて経済学博士号取得後、州政府歳入省にて税務エコノミストとして税務・経済データの分析およびモデリング業務に従事。DTFA入社後は、エコノミクスサービスの立ち上げに参画。リードエコノミストとして、大型研究施設における研究成果の波及効果や産業特区の経済波及効果分析などの分析業務に携わる。また文化財、観光資源、スポーツチームなどがもたらす社会的インパクトおよび価値の可視化業務に実績を有する。