景気循環による経済的影響は企業にとって不可避なものです。しかし、世界および地域経済に対し長期的な見通しを持つことにより、企業は景気循環のリスクを最小化することができます。デロイトは、世界のビジネスリーダーたちに必要な、マクロ経済、トレンド、地政学的問題に関する明快な分析と考察を発信することにより企業のリスクマネジメントに貢献しています。
本連載では、デロイトのエコノミストチームが昨今の世界経済ニュースやトレンドについて解説します。今回は、Deloitte Insightsに連載中のWeekly Global Economic Updateの2023年1月9日週の記事より抜粋して日本語抄訳版としてお届けします。2022年の経済・地政的な出来事を振り返るとともに、2023年の経済動向を予測します。

Ira Kalish

Deloitte Touche Tomatsu
チーフエコノミスト

経済問題とビジネス戦略に関するデロイトのリーダーの1人。グローバル経済をテーマに企業や貿易団体への講演も多数行っている。これまで47の国々を訪問したKalish氏の解説は、ウォール・ストリート・ジャーナル、エコノミスト、フィナンシャル・タイムズなどからも広く引用されている。ジョンズ・ホプキンス大学国際経済学博士号取得。

2022年の世界経済を巡るトピックス

2022年は、劇的な経済的および地政学的出来事がビジネスを混乱させ、大きなリスクを生み出したのが特徴でした。主な出来事には次のものがありました。

  • 主要国におけるインフレ率の急速な上昇
  • 商品価格の急上昇と下落
  • 労働市場のひっ迫
  • 金融政策の急速な引き締め
  • 資産価値の急落
  • 為替市場のボラティリティの上昇
  • 1945年以来のヨーロッパで最初の大規模な陸上戦
  • 戦後の最も激しい制裁の使用
  • 中国経済の劇的な減速
  • グローバルサプライチェーンへの継続的なストレス
  • 技術における産業政策と制裁の利用の増加
  • 気候変動による実質的な経済的混乱

上記2022年の出来事を踏まえ、2023年には何が期待できるでしょうか?2023年は、部分的には、これらの出来事のいくつかは、逆転または安定化によって特徴付けられる年となると予測します。デロイトが考える7つの予測を紹介します。

1. インフレの後退

2021〜22年にインフレを引き起こした要因はすでに逆転し始めています。これらの主な要因は、サプライチェーンの混乱、一次産品価格の上昇、広範な財政および金融政策でした。さらに、インフレはすでに米国でピーク(*1)であり、間もなくヨーロッパでもピークに達する可能性があります。一方、日本と中国では引き続きインフレ圧力は弱い状態が続いています。今後、米国ではインフレ率が急速に低下し、ヨーロッパではより緩やかな低下が予想されます。この状況はすでに低い債券利回りに反映されています。

1https://tradingeconomics.com/2023116

2. サプライチェーンの安定

世界的な需要の弱体化と、生産能力の向上が相まって、すでに配送の遅延、不足、および送料の低下が引き起こされています。中国でCOVID-19の状況が安定すると、中国のサプライチェーンも正常化すると予想されます。これは、インフレ圧力を緩和し、一部の産業で生産を阻害するボトルネックを取り除くのに役立つはずです。

一方、中国と米国の政治的関係により、多くの企業はサプライチェーンを多様化することで政治に対するリスクヘッジを行っています。これは、中国からの資本のさらなる流出と、東南アジア、インド、中央ヨーロッパ、特にメキシコでのサプライチェーンプロセスへの投資の増加を意味しています。

3. 労働市場は引き続きひっ迫

多くの国では、世界がパンデミックから回復するにつれて、労働力が不足しています。これは、労働力参加の減少、COVID-19によるパンデミックの後遺症、および移民の急激な減少によるものです。これらの要因はすぐには変わらないでしょう。景気後退が懸念される中でも雇用への需要は相対的に力強く、失業率は低い状態が続いています。多くの企業は、持続的な労働力不足を恐れて、景気回復時に必要となる労働力を蓄えるために雇用していると考えられます。

注目すべきは、労働市場のひっ迫にも関わらず、ほとんどの先進国で賃金成長率はインフレに追いついていない点です。その結果、個人消費は弱まりました。2023年には、インフレが後退するに連れて、賃金成長率が最終的にインフレを上回る可能性があります。これは個人消費を押し上げ、省力化技術への投資を加速するよう企業は圧力に晒されることが考えられます。また、企業は政府により多くの移民を受け入れるよう圧力をかけることも期待されています。

4. 中央銀行による金融引き締めの停止

金融政策の効果はすぐに発揮されないことは知られています。したがって、2022年のベンチマーク金利の急激な上昇は、将来のインフレを鎮めるのにすでに十分である可能性があります。それでも、主要な中央銀行は、インフレ期待を固定化するためだけに、2023年初頭も利上げを継続する可能性があります。おそらく今年の前半に利上げを終了し、政策の効果を見ると考えられます。インフレ率がさらに後退すると仮定すると、中央銀行は2024年に利下げを開始する可能性があります。

引き締め政策は、先進国の政府による財政政策引き締めの中で実行されました。しかし、一部の政府にとっては、結果として生じる債券利回りの上昇により、財政の健全性を維持することが困難になっています。これは欧州中央銀行(ECB)に金融政策の手綱を握られているEU各国では顕著です。債務を抱えるイタリアでは、ECBの政策は財政危機につながる可能性があるため、大きな懸念事項となっています。したがって、ECBは、例えば、ドイツ債を売る一方イタリア債を購入できるような伝達保護措置(TPI)を導入しました。TPIはまだ利用されていませんが、2023年はこれが起こる年になる可能性があります。ECBは、財政危機がユーロ圏の金融安定を脅かすことを許さないでしょう。しかし、TPIの利用は、イタリア政府とECBの間の政治的緊張につながる可能性があります。

5. 米国は景気後退を回避

米国の世論調査によると、アメリカ人の87%が目先の景気後退を心配していることがわかりました。それにも関わらず、経済は驚くべき回復力を示しています。実質賃金は低下しているにも関わらず、貯蓄を切り崩してでも消費をしたため、実質個人消費は増加しています。借入コストの上昇にも関わらず、企業が手元資金を取り崩し、長期的視点に立ったため、企業投資はむしろ増加しています。主要セクターの中で唯一大幅な縮小を記録したのは、主に住宅ローン金利の上昇により大きな影響を受けた住宅セクターでした。

間違いなく、2023年の米国の成長は、金融政策と財政政策の引き締めにより、2022年よりも遅くなるでしょう。しかし、エネルギー価格の下落、力強い雇用の伸び、サプライチェーンのストレスの緩和により、景気後退は回避される可能性があります。それでも、景気後退の可能性は残っていますが、そうなった場合でも、それはおそらく小幅で短期間になるでしょう。

6. ヨーロッパの景気後退

ヨーロッパはアメリカとは異なります。実質賃金の低下とともに、実質個人消費も減少しました。また、エネルギー価格はピークから下落しましたが、天然ガス価格は歴史的に高止まりしているため、インフレが促進され、消費者や企業の購買力が低下しています。ウクライナ情勢の影響であるエネルギーショックは、ヨーロッパの景気後退を引き起こすうえで重要な役割を果たします。さらにECBとイングランド銀行による引き締め政策も同様の役割を果たすでしょう。さらに、多くのヨーロッパ政府はエネルギー価格の高騰を補うために多額の補助金を出していますが、財政政策の軌道は依然として縮小しています。

EU圏各国政府は、エネルギーショックから経済を守るために強力な対策を講じていますが、電力価格は長期間にわたって相対的に高止まりする可能性があります。したがって、安価なロシアのエネルギーの恩恵を受けていた重工業の多くの企業は、ますますヨーロッパ外の投資機会に目を向けています。これは、ヨーロッパの製造業の将来にマイナスの影響を与える可能性があります。

7. 中国は緩やかに回復する

COVID-19関連の制限が緩和されたことで、中国は2023年に経済活動が緩やかに回復する可能性があります。今のところ、感染症の大規模な発生が移動と生産を抑制しており、その結果、経済活動が一時的に抑制される可能性があります。しかし、このサイクルが収まれば、消費者の潜在需要が消費を押し上げる可能性があります。

それでも、中国は2023年の成長を抑制するいくつかの逆風に直面しています。これらには、不動産市場の低迷、世界的な需要減退、グローバル企業による資本の流出、国境を越えた貿易と投資の制限を伴う中国と欧米の間の不安定な関係が含まれます。

最後に、予測困難な問題が複数あります。ウクライナ情勢の軌跡と結果、気候変動が2023年の経済に与える影響の度合い、米中関係の軌跡、パンデミックの軌跡、暗号市場の将来、来年株価が回復するかどうかなどが含まれます。自信を持っていえることは、世界はおそらく再び私たちを驚かせるだろうということです。

※本記事と原文に差異が発生した場合には原文を優先します。

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バリュエーション & モデリング

若菜 俊之 / Wakana Toshiyuki

ヴァイスプレジデント

米国大学院にて経済学博士号取得後、州政府歳入省にて税務エコノミストとして税務・経済データの分析およびモデリング業務に従事。DTFA入社後は、エコノミクスサービスの立ち上げに参画。リードエコノミストとして、大型研究施設における研究成果の波及効果や産業特区の経済波及効果分析などの分析業務に携わる。また文化財、観光資源、スポーツチームなどがもたらす社会的インパクトおよび価値の可視化業務に実績を有する。