企業の品質不正が頻発しています。毎年複数の有名企業がこの問題でメディアに取り上げられることで、この問題に対する“慣れ”が生じかねません。改めて社会的影響が非常に大きく、そして企業価値に影響を及ぼす深刻な問題であることを認識いただきたいと思います。
既に多くの企業は品質不正問題を重く捉え、何かしらの対応策を講じているはずです。しかし、継続して行われてきた不適切な習慣に気付ける機会がなかったのか、発覚するケースは後を絶ちません。既存の対策に漏れがあるのか、問題の要因は何か、現状の疑問や課題について数多くの品質不正調査に携わり、不正が発生した「現場」と向き合ってきた西村あさひ法律事務所の荒井喜美先生にご意見いただきました。(聞き手:編集部 村上尚矢)

荒井 喜美氏

西村あさひ法律事務所
パートナー弁護士

2004年に慶應義塾大学、2006年に慶應義塾大学法科大学院を卒業。司法修習(新60期)を経て、2007年12月より西村あさひ法律事務所弁護士(第一東京弁護士会所属)。2014年5月、コロンビア大学ロースクールLLM修了。2014~15年、ブリュッセルのHerbert Smith Freehills法律事務所で勤務。2022年より現職。自動車業界における排出ガス・燃費問題、ISO規格やUL規格などに関連する品質問題などを多く手掛ける。

品質不正は企業にどんなダメージを与えるのか

——社会的に見て、品質不正を起こした企業が被る具体的な影響について教えてください。

刑事罰として企業や役員が訴追されることは、よほど悪質な事案でない限り日本では起きにくいものの、民事では顧客や納入先企業から数十億円、数百億円の莫大な損害賠償を求められることとなり、特に製品の出荷停止が必要な事案では、相当な財務インパクトを受ける可能性があります。また、日本国内で許認可を受けている事業であれば、許認可取り消しによりビジネスが存続できなくなる可能性があります。当然、社会、株主などのステークホルダーからの信頼を失う事態にも陥ります。

一方海外に目を向けると、特に欧米では品質不正に対する刑事罰が非常に重く、数百億円以上の制裁金が課せられたり、役員を含めた社員が刑事罰を受けたりする場合もあり得ます。企業規模に関わらず海外と取引をしている企業はこの点に留意すべきでしょう。

——それら罰則の影響で金額的ダメージ以外に企業が受ける痛手は何でしょうか。

優秀な人材の流出と、人材確保が困難になることが問題です。優秀な社員が自社に見切りをつけてしまう、あるいは新卒社員を採用できなくなる。こういったダメージは短期的にはそれほどの影響を感じないかもしれませんが、企業にとっては将来ボディーブローのように効いてくる可能性があるものです。

品質不正につながる現場の問題

――そもそも品質不正を起こす原因はどこにあるのでしょうか。

コンプライアンス意識の欠如、社内規程の不備といった、容易に想定される原因はさておき、まずは製品に対するマインドの問題があります。言い換えれば、自社製品に対する過剰なまでの自信です。例えば、品質に関する検査結果がNGだったとしても、「今まで事故は起こっていない」「過去にクレームを受けたことはない」ことから、おかしいのは検査結果であると考え、検査結果を「通常の数値」に変えてしまう。検査担当者としては「偽装」という意識なく、検査結果を「正しく修正するだけ」と考えるため、おかしいのは「品質」であるという発想に至りづらい。開発過程においても、目標値が達成できないとそれは技術不足ではなく、「計り方がおかしい」と考えてしまう。意外かもしれませんが、このパターンは複数見てきました。

次に、製品性能の向上、販売先拡大などに合わせて製品に関わる法規制、関連する規格が広がっているうえ、海外に出荷したり、規格を利用したりする場合は、英語の素養も必要になり、法規制や規格の解釈すら難しい場合もあります。それにより製品の仕様、検査方法もより高度になっていますが、開発工程や検査工程で押さえておくべき法規制などが複雑に入り組んでいることを正確に把握している人材が少ないように見受けられます。その結果、開発担当者や各工場に置かれている検査担当の現場に、複雑な法規制や規格の解釈を任せている場合もあります。そうすると、法規制や規格を正確に理解できず、現場にとって都合のよい解釈で作業を進めてしまうことがあり、品質不正につながる危険な要素が生じてしまいます。さらに不安な点を相談できる適任者が現場にいない、現場で声を上げてもその問題が本社のしかるべき部署にまで届かないなどの体制面での不備も重なると、品質不正が長期的に行われているにも関わらず、誰もなかなか発見できないケースもあります。

品質不正発見の端緒は社員の声

——品質不正の手口、発覚する経路に傾向はありますか。

多いのはやはり試験データや検査データの偽装です。開発過程では目標値を達成するため、検査過程では検査を通すために、データを書き換えたり、検査機器自体を調整したりしてしまう場合があります。

発覚のパターンはいくつかあります。自社の開発や品質検査のやり方に疑問を抱いた社員からの内部告発がよくあるパターンです。ただし、現場で声を上げてもうやむやにされてしまうことも多く、本社が管轄しているホットラインで、告発者と利害関係のない人が受け取り、確認できる体制・環境がなければ、本社のしかるべき部署まで届かないことも多々あります。

同業他社の品質不正発覚をきっかけに調査した結果、同様の問題を発見するパターンもあります。また、規格を取得したり、許認可を受けたりした事業では、定期的に外部機関による監査があるので、監査で発覚するというパターンもあります。

開発に苦心した製品に品質不正のリスクがある

——企業が品質不正の発見、抑止を積極的に実行していきたい場合に何から手掛けていくべきですか。

開発工程における品質問題の場合、開発過程で、トライアンドエラーを何度も繰り返していたなど、困難な点が多かった製品に着目することが1つのポイントです。開発に苦労した製品は、法規制や規格が求める数値を達成するためにギリギリの開発をしている可能性が高く、不正に及ぶ動機も生じやすい。数値目標の達成は品質不正の動機となるポイントですから、開発過程における実験データなどをチェックすることは、不正発見に効果的と考えます。

検査過程における品質不正の場合は、長年エラーが出ていない製品、検査担当者が長年変わっていない製品などを注視すると、昔の検査手法が現在では通用しない場合など、問題点が見付かることもあると思います。検査に関する法規制や規格が複雑な部分も、現場が正確にこれらを理解しているかチェックすることが有効です。

——品質不正対策の参考事例を教えてください。

品質の検査過程について述べると、工場で製造している製品がきちんと法規制などに則っているかのチェックを現場に任せず、独立分離させた部署で実行している企業があります。要は工場などの現場社員に自分たちの作業結果を評価させない体制ということです。

それから、品質保証部など、世に出る製品の品質に責任を持つ部署に、出荷を止められる権限を持たせている企業があります。出荷停止は、原料の調達、客先への納入などに大きく影響が出ることから、社内の関係部署からの反発もあって、相当難しい判断の1つです。ただし、「品質に問題がない」との確証を持てずに出荷を継続するリスクと、早期に出荷を止めて調査を実施して真偽を明らかにするメリットは、発覚した品質問題の内容に照らして、慎重に検討していただきたい点といえます。

「品質不正を許さない」姿勢と地道な確認の積み重ねで品質不正を抑止していく

——品質不正の疑いが見付かった場合にまずやるべきことは何ですか。

まずは法規制や規格の内容を正確に理解し、複数の現場に正しく伝え、教育することが可能な人財を育成することです。そのうえで、各現場で、各々が法規制や規格を解釈するのではなく、例えば、法規制や規格の解釈に責任を持つべき本社の人が、工場などの各現場に横串を刺す形で正しく伝える体制を作るとよいでしょう。そのうえで、品質のチェックを現場だけに任せず、本社側にある品質保証部や監査部署が第三者的にチェックすることが有益です。法規制や規格の解釈に責任を持つべき人が、各現場で正しく運用できているか調査に当たることが重要です。そして、往々にして、現場では無自覚な「抜け漏れ」が生じているものですから、第三者の目から見直すことで、「抜け漏れ」を改善して品質不正につながらないように指導していくことを徹底すべきです。

——その他、重要ポイントとなる部分はありますか。

品質保証業務や監査業務に対して、予算と人員を割き、意識を高めることです。品質保証について、「合格を出して当たり前」「規格内に収めて合格を出すのが品質保証の仕事だ」という意識が生じている企業を複数見てきましたが、こういった認識は早々に改めるべきです。予算と人員を割くことは、経営側が従業員に対し、「当社では品質不正を徹底して排除する」という言葉だけではない具体的な方向性を示して意識を改めてもらう原動力になりますし、対外的にも経営姿勢の在り方を示すことにもつながります。

どんなに自信があっても疑問視することを習慣付ける

——企業はどんな認識を持って品質不正の抑止に取り組むべきでしょうか。

近年、複数の品質不正問題が報道されていますから、まずは事例を分析し、品質不正が発覚した場合の社会的影響を自覚すべきです。品質不正が見付かると、工場を停止する可能性がある。停止した場合、顧客に対してだけでなく自社の従業員、外部協力会社など、その影響は業績だけにとどまりません。また、現場の社員にとっては生活に関わる問題にもなり得ますし、もっと言えば、地域雇用の継続などの地域社会の問題になる。大きく見れば日本企業の物づくりへの信頼に関する問題であることを具体的にイメージすべきでしょう。そのためには、品質の維持に人的リソースだけでなくコストをかけること、そして権限の見直しを改めて実施いただき、品質不正を許さないという確固たる姿勢を内外に打ち出していかなければなりません。

そして、最後に品質保証の意識について述べますと、品質保証とは、製品検査を合格させることが使命ではありません。自社製品に疑いの目を持って監視していくという難しい目線で、品質を守る最後の砦となるのが品質保証である。こういった意識を、まずは経営者が持ち、品質部門の担当者も重々に自覚して行動に移すことができれば、品質不正の問題は将来的に減少していくでしょう。