2022年11月1日、デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社(以下、DTFA)主催のイベント「多業種連携によるヘルスケアビジネス新時代 業種・業界なき時代の新たな競争の視点」が開催されました。

少子高齢化が進む日本において数少ない成長産業の1つ、ヘルスケアビジネス。近年は1社対1社ではなく、様々な業種・業界が手を取り合い、日本の健康課題の解決を目指す取り組みが進んでいます。

こうした昨今の流れを踏まえ、本イベントでは“異”業種連携でもなく“他”業種連携でもない“多”業種連携と銘打ち、DTFAのプレゼンター3名が、ヘルスケアの課題を解決し、新時代を切り拓いていくポイントを解説しました。

三宅 洋基

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
ヴァイスプレジデント

大手広告代理店での営業職、事業開発職を経て、デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社に入社。入社後は、ヘルスケア業界を中心に、幅広い業界に対するPre M&A戦略支援、ビジネスデューデリジェンス、新規事業立案支援、実行支援などに従事。医療情報プラットフォームのリーディングカンパニーにハンズオンで参画し、製薬会社のDX支援に従事した経験も有する。現在はブランドアドバイザリーチームにて、ブランディング業務に従事。

笹部 孝

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
ヴァイスプレジデント

有限責任監査法人トーマツにて会計監査およびIFRSアドバイザリー業務に従事した後、外資系ヘルスケア企業において医療機器事業におけるPMI業務、中長期の事業計画策定などマネジメント業務に関与。デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社では、主に製薬・ヘルスケアの国内外M&A案件のアドバイザリー業務に関与し、直近では製薬および医療機器事業におけるFA業務に従事。

石川 仁史

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
ディレクター

大手ゲームプラットフォーマー・総合電機メーカーの法務部門において、 ネットワーク・エンターテイメントビジネス全般にわたる法務業務に従事した後、2017年デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社に入社。2021年デロイト トーマツ グループ法務横断組織の戦略法務室を立ち上げその統括を担う。現在、他業種・多業種連携に係るストラクチャー構築支援、ヘルスケアデータ利活用支援などに従事。

ヘルスケア領域でも、多様な業種・業界のプレイヤーとの“共創”が求められる時代に(三宅洋基)

昨今、企業を取り巻く環境が変化し、“多業種連携の必要性”が高まってきています。まず“企業の取り巻く環境変化”について、昨今において競争の前提条件が変わりつつあります。具体的には、従来は“業界”という枠組みの中で競争が行われて顧客に価値を提供してきました。一方、現在および今後は、顧客へのさらなる価値提供のために従来の“業界”という枠組みにとらわれない、多様なプレイヤーとの競争および共創が求められています。

出所:藤井保文・尾原和啓氏、アフターデジタルおよび高橋透、デジタル異業種連携戦略よりデロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社作成

こうした背景には、「デジタル環境の成熟化」「自前主義の限界・崩壊」「社会・顧客ニーズの高度化」の3つの要因があると考えられます。例えば、この3つの要因のうち「デジタル環境の成熟化」は、「業界の枠組みを超えて流通するデジタルデータの存在により、業界という定義が曖昧になる状態」や「モジュール化・オープン化により異業種からの参入障壁が低くなる状態」をもたらします。

そして、このデジタル環境の成熟化を含む3つの要因は、“多業種連携の必要性の高まり”にもつながります。例えば、前述の3要因により競争のルールが変化し、異業界からの参入障壁が低下した自動車業界では、従来の自動車メーカー以外の企業が業界に参入しています。そして、ヘルスケア業界においても自動車業界と同様の、様々な業種・業界の企業が参入するトレンドが生まれつつあり、だからこそ多業種連携が求められています。

では、どのような企業がヘルスケア業界へ参入するのでしょうか。デジタルテクノロジーの進展はヘルスケアの定義・領域を拡大させています。これまでの治療ステージに加えて予防から回復・予後まで、医療機関のみならず自宅を含む日常空間までもがスコープとなっています。それゆえ健康・医療分野の課題へのアプローチは、従来のヘルスケア企業にとどまらず、多様な企業にとって事業機会となり得ます。具体的には現状のヘルスケア業界のプレイヤーである医療機関や製薬会社などに加え、食品企業や衣料品企業、家電メーカー、インフラ系企業なども、ヘルスケアビジネスへの参入が求められるようになっています。

出所:デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社作成

医薬品業界の視点でも、医薬品の提供にとどまらない、個々人の健康に対するトータル・ソリューションを提供する「Beyond the pill」の世界が訪れつつあり、今後はこれまで以上に多様な技術やサービスが求められる業界へと医薬品業界は変化していくことでしょう。

こうした医薬品業界の変化からも、ヘルスケア領域においては、多様な業界のプレイヤーとの多業種連携・共創が求められる時代が訪れつつあるのではないかと考えます。

ヘルスケア領域で進む多業種連携。成功のポイントの1つは「仲間集めと利害調整」(三宅洋基)

実際に、昨今は非ヘルスケア・ヘルスケアの領域を問わず多業種連携が散見されるようになりました。

例えば、ヘルスケア領域における多業種連携の具体例が、2020年11月に設立された「i2.JP(アストラゼネカ社)」です。i2.JPには薬局やヘルスケアスタートアップ企業・自治体などが参画しており、参画企業は2021年11月1日時点で131社に上ります。i2.JPでは「患者中心の医療社会」は一社単独では実現できないことを踏まえ、多様なプレイヤーと協力しながら、「『患者中心』の実現」や「医療従事者への付加価値提供」などの課題に資する取り組みを進めています。

では、こうした多業種連携を成功させるためのポイントは何でしょうか。多業種連携成功のポイントは、「総論と各論」「仲間集めと利害調整」「段階的ゴールセットと持続可能な運営」の3つであると考えています。またそれぞれに2つずつ、キーファクターがあります。

例えば、「仲間集めと利害調整」のキーファクターの1つは「多業種のニーズと事業構造の理解」です。多業種連携のパートナー候補企業がなぜヘルスケア領域に参入しようとしているのか、そのニーズを理解することは確かに重要です。しかし、ニーズの理解以上にパートナー候補企業の事業構造、具体的にはコスト構造や販売形態、儲けの仕組みなどを理解しなければ、共創がうまくいくことはないでしょう。多業種連携成功のためには、こうしたポイントを1つずつ押さえていくことが大切です。

多業種連携とM&Aの大きな違いは、何の解決を目指すか(笹部 孝)

そもそも「多業種連携とM&Aの違い」は何でしょうか。まず多業種連携とは「社会課題を定義してパズルピースを埋めていく営み」と表現することができます。一方、M&Aは「各企業が事業戦略を達成するための手段」として用いられます。数ある両者の違いとして際立つのが「目的」でしょう。M&Aが単一の企業が抱える事業課題を解決することを目的にしているのに対し、多業種連携は社会課題を解決することを目的としています。

また「当事者間の関係性」についても、M&Aにおいては“買うものと買われるもの”という固定的かつ支配的・非支配的な関係であるのに対し、多業種連携では一時的ではあるものの支配的・被支配的な関係ではなく、あくまで相互補完的な関係です。

では、多業種連携をスタートさせるために実務的には何が必要なのでしょうか。多業種連携を始める上では、まず各フローの大きな絵を描くことが重要だと考えます。絵を描くことで、多業種連携が目指す大義と各社ごとの参画意義を整理するためです。「医療データ活用の大義および参画意義」を例にすると、データの取得から始まり、データの集約・共有・分析・活用までの各フローを大きな絵で表すことが考えられます。

ただし、描いた絵の各フローにおいて、どの企業がどのような役割を果たしていくのか、得意分野の異なる多様な企業が参画する多業種連携においては、なかなか議論が尽きないことと思います。一方で、いかに大きな絵を描くのかが、異業種連携や他業種連携にはない、社会課題を解決する“多”業種連携のエッセンスであるとも考えます。

多業種連携では法務観点からの最善のスキーム提案・実施支援が不可欠(石川仁史)

多業種連携においては法務観点での気を付けるべき留意点が存在します。まず、多業種連携における法的な枠組みには例えば、以下の3つがあります。

  • JV(ジョイント・ベンチャー):複数の企業が共同出資して設立する合弁事業体。
  • コンソーシアム:共通の目標のために企業や組織が作る共同体。
  • アライアンス:主に業務提携契約という形で、案件ごとに戦略的協力関係を結ぶ体制。

このうち、昨今選択するケースが増えているのはコンソーシアムでありますが、それをスムーズに運営する際に気を付けるべきポイントは「運営方法」「役割分担」「権利帰属」の3つです。例えば、「権利帰属」については、後日の法的紛争を避けるために、各社が持ち寄ったノウハウや権利、コンソーシアムの中で生まれた成果物の帰属などについてどのような取り扱いとするのか、事前に定めておくことが重要です。

また、知的財産権の権利帰属の定め方についても、バリエーションがあるため、詳細にではなくとも骨子・大枠などを、事前に定めておくことがポイントです。まず、コンソーシアムの活動前から保有しているなど、コンソーシアムとは無関係に取得した知的財産権については、使用不可が基本です。使用可とする場合でも、コンソーシアムの活動範囲内でのみの許諾となるでしょう。

続いて、コンソーシアムの活動に伴い得られた知的財産権については、当事者間で共有するケースが多いです。発明・創作などに関与しなかった当事者についても、基本的には使用許諾を与えることが多いですが、その場合も利用範囲などについて別途協議が必要です。

このように多業種連携においては様々な法的論点が生まれます。法的論点の洗い出しに限らず、論点解決のためのビジネス-ビジネス間、ビジネス-法務間、法務-法務間における対話サポート(リーガルコンフリクトマネジメント)の実施が肝要です。そしてそれらを通じて、業務提携における最善のスキームを法務観点から提案・実行支援することが不可欠であると考えます。

多業種連携は高難易度のチャレンジである(三宅洋基)

テイクホームメッセージとして伝えたいのが以下の3点です。

  • 一社で解決できる課題が少なくなってきている現代においては、M&A以上に多業種連携が求められている。
  • 複雑化・高度化する社会課題が顕在化しつつある中、「多業種連携すべき」ことは自明である一方、利害関係の調整や業界の固定観念を超えることは容易ではない。いかに社会実装できるかがポイント。
  • 業界横断・組織横断の視点に加え、既存ビジネスとの兼ね合い、ビジネス・リーガルなどとの統合的視点が求められ、難易度の高いチャレンジである。

このように難易度の高い多業種連携ではありますが、DTFAのネットワーク・ケイパビリティーは多業種連携推進において資するものがあると自負しております。具体的には、ベンチャー企業から大企業まで、各企業のインオーガニック戦略におけるニーズを押さえている点や、知的財産および法務の知見などが多業種連携推進に活かせるのではないかと考えています。様々な背景を持つ皆さまと多業種連携という新しいチャレンジをすることで課題解決の道筋を見付けることができると期待しています。

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