日本は超高齢化で世界の先頭を走るが、「健康寿命」を延伸させることで個人も社会も財政も良い方向に向かう。そんな三方良しのヘルスケアサービスを社会実装するためのカギは、「地域発の多業種連携」にある――。ヘルスケア産業に長く携わる伊東真史 デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー パートナーからの問題提起。

日本人の健康寿命について問題提起したい。

健康寿命とは「健康上の問題で日常生活が制限されることなく生活できる期間」のこと。最新の統計によれば、日本人男性の健康寿命は72.68歳で平均寿命は81.41歳、女性は健康寿命75.38歳で平均寿命87.45歳(いずれも2019年時点、令和4年版高齢社会白書より)。70歳代前半で健康寿命が尽きてからの余命は10年程度という平均像が見えてくる。

健康寿命をもっと延ばせないものか――。そうすれば、病院や施設の世話にならず、元気に生活を楽しむ時間が増える。仕事好きの人なら歳をとっても働くことで地域や社会に長く貢献できる。医療費や年金支出が抑えられ社会保障制度の負担も軽減される。個人、社会、財政にとって三方良しとなる。

健康寿命を延ばすような新しいヘルスケアサービスを社会実装できるか。成功へのカギは次の二つである。

(1)全国一律ではなく地域ごとの特性に合わせたきめ細かいサービスを提供する

(2)一社単体で小さくまとまらずに多種多様な業種・業態の連合体をつくって取り組む

ぜひとも良い流れを創り出していきたい。

地域ごとに超党派の連合体を結成せよ

大げさに言えば、これは日本が世界に誇る「国民皆保険制度」への挑戦である。皆保険制度の良いところをしっかり守りつつも、制度に頼り切らず、なるべく使わないで済むようにしようという逆説的な提案だからである。

日本の国民皆保険の下では、病気になっても最大3割の医療費負担で誰でも医療を受けられる。これは世界に胸を張って誇れる素晴らしい制度なのだが、それだけに人々が制度に過度に依存してしまう意識も一部に生み出してきた。「病気になったら病院に行って治せば良い。保険が利くのだから」という健康ケアの先送り癖とも言える現象がそれである。「予防」や「未病」(病気に向かう状態)といった病気になる前の人たちを対象としたヘルスケアビジネスが日本においてなかなか育たなかった遠因と言える。

もちろん、何度かの健康ブームもあって国民全体の意識が高まる方向に向かっているのは確かである。そのため、健康寿命を延伸するためには、意識向上にとどまらず、支援サービスを社会実装していく必要があるし、その段階に来ていると思う。

例えば、オンライン診療に関する規制が緩和されたが、地方の高齢者には気軽に使いこなすことができない。オンライン調剤・配送も同様。テクノロジーと規制緩和で全てが解決するわけではない。ヘルスケアには人の手がどうしても必要なのだ。

過疎地ならば、宅配業者や郵便局が病院と連携して高齢者のオンライン診療を手伝ってあげるサービスは重宝されるのではないか。そして、調剤薬局、ドローン業者と連携して薬を配達する。通信事業者とセキュリティ会社、医療機器メーカーが連携して便利で安価な見守りサービスを提供する。ゲーム会社とスポーツ関連会社が高齢者にも気軽に楽しめるゲーミフィケーションでワークアウトブームを仕掛けたりしても面白い。自治体や医師会なども参画して、地域ごとに超党派の連合体を結成する。多業種連携のちからで本当に役に立つヘルスケアサービスを創り出していく――。

ポイントは、先述したように全国一律や単独主義を目指さないことである。日本のヘルスケア課題はとても複雑化しているので全国一律の単品サービスでは利用者の多様なニーズを満たせない。なにより、全国レベルで連携しようとすると日本特有のしがらみに縛られて話がまとまらない。だから、地域ごとに、柔軟に、相性の良い組み合わせで連合した方が断然速い。そして、各地域に生まれた多種多様な連合が、ヘルスケア分野を超えて新たなビジネスを創出していくことにも期待したい。

日本人の健康寿命を延ばすための試行錯誤が、結果的に日本社会全体の幸福感や安心感を向上させることにつながれば、最高である。

コロナショックを忘れないうちに

夢のような希望的観測かと言うと、そうでもない。先進的な企業、自治体、医師会はもう動き始めている。成功事例も出てきている。今後、ほかの地域で採用する横展開にも弾みがついていくだろう。

では、先行きを楽観できるのかと言うと、やはりそうでもない。新型コロナウィルス禍で日本人の健康志向は確実に高まったが、慣れというかコロナ疲れというか、行動変容が定着する前に気持ちが緩み始めているような気配を感じる。コロナショックの教訓を忘れて元の木阿弥にならないうちに、支援し、決断し、行動する必要がある。

健康寿命を延ばすことは今の高齢者だけの問題ではない。若い世代も含め、自分の健康を自分で守っていくことについて考えることは、超高齢化時代における日本人の人生観、死生観に向き合うことにもつながっていくのではないかと思う。

(構成=細田孝宏・DTFAインスティテュート客員研究員)

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社 パートナー

伊東 真史 / Masafumi Ito

外資系コンサルティングファームを経て、現在のデロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社に入社。ライフサイエンス、TMT、製造業などのクライアントに対するM&Aアドバイザリー業務をはじめ、M&A戦略の策定コンサルティング、事業計画分析・評価、ビジネスデューデリジェンスに従事。現在は、医薬品・医療機器事業の売却アドバイザリーやベンチャー企業の事業性評価、カーブアウト案件やJV設立における各種アドバイザリー業務など、戦略から統合フェーズまでM&Aに係る業務に幅広く従事している。

独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)技術委員


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