2022年6月に施行された改正公益通報保護法が企業にもたらす変革について、法改正に携わった弁護士の中野真氏とデロイト トーマツ グループ シニアマネジャーの亀井将博が対談を行いました。全3回でその内容を紹介する連載の最終回です。第1回で改正内容の概説、第2回で改正により企業がよく直面する実務上の悩みについての対談を紹介しました。第3回は法改正を踏まえて内部通報制度の構築および運用に際しての心構えについて話します。(聞き手:編集部 村上尚矢)
なお、意見にわたる部分は、個人の見解であり、組織の見解ではありません。
目次
中野 真氏
渥美坂井法律事務所・外国法共同事業
パートナー弁護士
2011年から東京弁護士会公益通報者保護特別委員会に参画し、公益通報者保護制度の調査・研究、通報者支援、外部窓口対応などを行う。2015年10月から公益通報者保護法を所管する消費者庁に5年半在籍。公益通報者保護制度の企画立案に携わり、公益通報者保護法の一部を改正する法律案(2020年閣議決定)の立案や、同法に基づく事業者の義務の内容を定める指針案(2021年取りまとめ)の立案などを担当。現在は事業者から公益通報対応業務従事者として指定され、毎月概ね100件を超える新規の通報・相談の分析などを行う。
亀井 将博
デロイト トーマツ リスクアドバイザリー株式会社
シニアマネジャー
内部通報制度関連業務およびソーシャルメディアコンサルタント業務に従事。ISO/TC309 37002(Whistleblowing)日本代表兼国内委員会委員、元内閣府消費者委員会公益通報者保護専門調査会委員。金融機関、自動車関連、製造業、製薬業、保険業、食品製造業、サービス業など業種業態規模を問わず内部通報の外部窓口サービスの提供、および内部通報制度構築を支援。公益通報者保護専門委員会に参画。改正法案作成のために調査を行った。
法改正後も残る課題
――法改正によって、今まで指摘されていた課題は解決されるのでしょうか。
中野
改正前に指摘されていた課題は、事業者内で不正が行われているにも関わらず社員などからの通報が行われないこと、通報が行われたとしてもこれに対して適切に対応されないことの主に2つでした。改正法では、これらの課題に対処するための措置が設けられました。課題が完全に解決をしたのかどうかは、施行からしばらく状況を見なければ判断ができませんが、現時点で懸念している点を申し上げます。
まず、事業者内で不正が行われているにも関わらず通報が行われない課題に対応する措置として、今回の改正では、刑事罰によって担保された守秘義務(*1)が設けられ、誰が通報をしたのかがわからないようにしました。誰が通報をしたのかが完全にわからなければ、通報を理由とする不利益な取り扱いも行われないため、通報をディスカレッジする要素に関しては措置がとられているといえます。しかし、通報をエンカレッジする要素に関しては、今回の改正でも、措置がとられていません。通報者にとってメリットが無い事案に関する通報を促すためには、こうした通報をエンカレッジする要素、すなわち、通報に伴うインセンティブが必要です。事業者が内部通報制度を構築する際には、こうした点を意識する必要があると思います。
次に、通報に対して適切に対応されない課題に対応する措置として、今回の改正では事業者に公益通報に適切に対応する体制を整備する義務(*2)が課されました。しかし、この義務に違反した場合の措置は助言、指導、勧告、公表にとどまっている(*3)ので、実効性はやや弱いという指摘もあります。実際には、適切に調査是正をせずに問題を放置した場合は、行政機関やマスコミに情報が提供されるリスクや通報者などから訴訟を提起されるリスクがあり、こうした状況が調査是正を後押しするとはいえますが、公益通報者保護法上においても、調査是正の実効性を担保するための措置について、より高度なものを設けるべきとの指摘もあります。
*1:公益通報者保護法12条
*2:公益通報者保護法11条
*3:公益通報者保護法15条
亀井
例えば不正に加担していた人物が改心し、懲戒が少しでも減るというインセンティブやペナルティの軽減があれば通報するようになると思います。あるいは職を失ってでも通報するかどうかを選ぶとき、会社を辞めて再出発する間の当面の生活資金がもらえるかどうかは、通報制度を利用するかどうかの大きな要素の1つになると思います。
WCMS認証休止の影響
――改正法の施行前にWCMS認証(内部通報制度認証)が休止されましたが、この影響はいかがでしょうか。
中野
実効的な内部通報制度を構築していることを対外的に示すことができる制度として、WCMS認証(内部通報制度認証)がありましたが、消費者庁は、今年2月、この制度を一旦休止すると発表しました。WCMS認証には事業者に対して内部通報制度のあるべき姿を示す効果、事業者に対して実効的な体制を整備するインセンティブを付与する効果、事業者の内部通報制度に対する社員などからの信頼性を高めて内部通報を促す効果、事業者のガバナンスについて取引先や消費者からの信用を得る効果などがありました。
改正法に基づく指針(*4)が策定されたことによって、指針とWCMS認証との関係を整理する必要が生じたため、休止になったのではないかと考えていますが、WCMS認証に対する企業側のニーズ自体は現在も引き続きあると考えています。改正法により事業者に実効性のある体制の整備などが義務付けられたところ、WCMS認証は、事業者がこのような義務を履行できているか自主的に確認するための一助ともなり得ることから、むしろ、企業側のWCMS認証に対するニーズはこれまでよりも高まっていると考えています。
*4:「公益通報者保護法第11条第1項及び第2項の規定に基づき事業者がとるべき措置に関して、その適切かつ有効な実施を図るために必要な指針」(令和3年8月20日内閣府告示第118号)
亀井
私も同意見です。WCMS認証制度のマークによって内部通報制度の整備を一定以上やっていることがわかりやすいため、大企業などでは重宝されていました。個人的には早く再開していただきたいと考えていて、再開するまでの間は、指針の解説(*5)やQ&A、ISO37002などを基にして、自主的に取り組んでいるといえる場が必要だと感じます。
*5:消費者庁「公益通報者保護法に基づく指針(令和3年内閣府告示第118号)の解説」(令和3年10月
通報制度の運用において注意すべきポイント
――通報対応を行う際に注意されているポイントを教えてください。
中野
調査を行う際は、通報者保護のほか、被通報者を含む第三者に不必要な不利益を与えないようにも配慮しています。例えば、ヒアリングの際には、ヒアリングの際のやりとりを他者に伝えないように念押しする、通報があったということを悟られないような聞き方をするなどの措置をとるほか、事実を特定して質問をするのではなく、職場の問題点を抽象的に尋ね、これにより出てきた話を掘り下げて具体的な内容を聞き出す方法をとる場合もあります。弊所では、事業者から委託を受け、外部窓口として、事業者の社員の皆様からの通報・相談を受け付けており、毎月概ね100件以上の新規の通報・相談を受け付けて対応しています。通報対応を行う際の取り組みの一例について、簡単に紹介させていただきます。
通報対応を行う際の取り組みの一例として、書面による通報の場合であっても、通報者の連絡先がわかる場合には、できるだけ通報者から電話で話を聞く機会をいただいています。これは、通報者の意向を正確に確認すること、また、事案の詳細な内容を確認することなどを目的として実施しているものです。通報者と電話で応対する際には、通報者の話を真剣に傾聴することを基本としつつ、窓口は通報者の委託を受けて行動する立場ではないため、そうした点を通報者に伝えながら対応するようにしています。
また、秘密保持を含む通報者保護については、通報対応のあらゆる場面で細心の注意を払っています。例えば、受付対応の際に、同一内容の通報が別に届いていた場合でも、その通報は知らないふりをして通報者と対応します。調査に伴って通報者が特定されるリスクがある場合には、その旨を通報者に説明したうえで、意向を確認するなどしています。
また、調査を行う際は、通報に係る事実の認定だけを獲得目標とするのではなく、通報に係る事実の背景にほかの職場でも同様の問題が発生し得る構造的な要因がないか、通報に係る事実は認定できないとしても職場に改善すべき問題はないか、その他経営課題の発見に資する情報はないかなどを把握するよう努めており、会社にレポーティングをする際には、こうして把握した経営課題の発見に資する情報についても提供する場合があります。
亀井
デロイト トーマツ グループは受付、レポーティングを担っている企業であり、公益情報対応業務従事者なので守秘義務を負っています。通報内容の漏洩、改ざんには十分に注意して運用するようにしています。そこは企業であっても同じように注意しなければならない点だと思います。
また、先入観を持たない事にも留意しています。通報者の主張を聞き出して明らかにし、顧客企業に対して報告するという責務を負っているので、自分たちの推測を排除するところに気を付けています。
外部通報窓口として注意すべきポイント
- メールでのやりとりだけではなく、できる限り口頭で対応
- 真摯に対応しつつ通報者の代理人ではないという立ち位置を確認
- 通報者保護のため通報者が被るおそれのあるリスクを伝えつつ意向を丁寧に確認
- 通報者だけではなく第三者にも不必要な不利益を与えないよう配慮
- 通報の対象となった事実だけではなくその背景にある問題も把握
事業者に向けたメッセージ
中野
形だけ改正法に準拠して対応しても、通報制度の目的である企業不祥事の予防、早期発見という効果を実現することは困難です。まずは、現場の担当者が、企業価値の維持向上のためには、通報が活発に行われ、行われた通報に適切に対応されることが重要であることをよく認識し、指針や指針の解説を参考にしつつ、自社に適した、より良い通報制度、通報対応を自主的に模索していくことが重要だと考えています。
制度整備の方針や必要な予算・人員に関する決定権は、経営層を含む上位の方にありますが、まずは、現場の担当の方において、通報制度の重要性について認識いただくことが不可欠です。自分の仕事次第で企業価値が大きく変わっていくという認識と責任感を持ち、経営層と積極的にコミュニケーションをとり、通報が企業にとって重要であるという認識を経営層に共有していただくことが望ましいといえます。
そして、経営層においては、こうした現場の担当者からの熱意を真摯に受け止めていただき、通報制度、通報対応を実効性のあるものにするための予算・人員措置などを行っていただくことが重要だと考えています。
亀井
経営者の方にとっては、確実にやらなければいけないことが増えたので予算を出してください、と申し上げたいです。担当の方には、この記事を経営者の方にも読んでいただいて、ぜひ予算を勝ち取ってください。応援しています。
また、内部公益通報制度は、縁の下の力持ちのようなものかもしれませんが、秘密保持で刑事罰を科されるというようなマイナス面だけに目を向けず、情報収集はじめ多角的に研究していただきたいと思います。