100年前の思想がもたらしたブランディングのブレイクスルー
CIA Future Lab(長谷川、劉、諸岡)
目次
民衆的工芸:民芸
民芸とは「民衆的工芸」を略した言葉であり、農家など民衆の生活の中から生まれた、実用性を重視した手工芸です。1920年代、工業化された製造業が手工芸を代替しつつあるという背景において、柳宗悦(*1)は東洋哲学、工芸美学、物の特性などを考慮して、民芸運動を主導しながら、それに対する民芸思想を提案しました。
民芸思想の核心「用の美」では、「より良く使える」という実用性に加え、「使うことで美しさを感じる」という体験を重視しています。民芸思想に基づいて作られた民芸品は、土着的な美しさを有しており、人々は民芸品を日常生活で使うことで、その美しさを発見し、触れ、周りの人に共有するなど、「用の美」を実感できます。さらに、地場の素材を活用した生き方は、これからの時代に欠かせない循環経済などサステナブルな価値観と合致しています。
例えば、山形県で生まれた民芸品「羽広鉄瓶(はびろてつびん)」は、吊るすことに特化した持ち手や熱伝導を向上するために、裾に広がるスカートのような曲線が特徴です。他の地域では見られず、土地の生活様式に強くひもづいたデザインは、独自の美しさを有します。そして、DNAから導かれた普遍的な『独自性』はブランディングにおいて、重要な価値を持ちます。この気付きが民芸的ブランディングの出発点となりました。
*1:柳宗悦(やなぎむねよし)は1889年(明治22)は「民藝運動」の父と呼ばれる美術評論家、宗教哲学者。大正末期より民芸美論を立て、講演と調査、収集のために日本全国と海外各地を巡る。志賀直哉、武者小路実篤、河井寛次郎、浜田庄司、バーナード・リーチらの文学者や工芸家と同志的な交流を持ち、民芸運動の普及に努めた。
「民芸」において重要な「用の美」
消費者のニーズ変化への対応として、民芸思想の価値観に注目しました。前述の通り、民芸品は「用の美」を有しており、現代社会で、3つの意味があると考えています。
1.「用と美」の両立が大切である
「用の美」という語は「用に即する美」に由来します。つまり工芸品が持つ鑑賞性を超えた実用性に注目し、外観で生まれる美ではなく、実用性で生まれる美です。民芸品は、耐久性や便利性など有用性を欠けると「用の美」が失ってしまうため、コスト削減のために品質を犠牲にすることはありません。
2.地元に根付くDNAが生み出す美しさがある
土地により、異なる素材、工芸技術と文化が生まれるため、同種類の民芸品でも、全く異なる外観や使い方になる場合が見られます。民芸品を使用するとき、その土地らしい文化やストーリーを反映された独自性は、「用の美」の特徴であり、ブランディングが追求する特徴の1つと言えるかもしれません。
3.体験の集積が生み出す本質的な美しさがある
民芸品を使うユーザーは、自分で使うことの美しさや楽しさを感じるだけではなく、生き方として、身近な人と共有し、(そこから生まれる)コミュニケーションより、地元などの社会的なつながりを構築できます。完成された民芸品そのものよりも、民芸品を通じた日常生活でのプロセスが大切であり、このような体験に基づく付加価値こそが、重視すべき体験価値です。
3つの意味はブランディングにおいても重要な要素です。次に私たちが考える「民芸的ブランディング」を解説していきたいと思います。
民芸思想を活用した「民芸的ブランディング」
「民芸とブランディング」言葉だけでは一致しないものでも類似点が多く見られます。例えば、対象のDNAを見つめ直し、価値を再発見して付加価値へと昇華させるアプローチです。その中でも民芸的といえるのが、土地によって育まれた「用の美」に注目している点です。
土地の文化や風習から生まれた美しさや体験は、独自の価値といえます。さらに民芸運動ではメディアや展示会の力を使って、プロダクトの価値を広めていきました。社会へ発信し、点(視点、体験価値)から面(視座、ストーリーや価値観)へと広げることにより、ビジュアルなどの表層だけではないブランド構築手法も現代におけるブランディングのヒントとなります。
今回は、民芸についての概念と事例を紹介し、現代社会での意味を解説することで、民芸思想の力を取り入れた「民芸的ブランディング」の可能性について触れました。次回(第2回)の記事では、民芸的ブランディングを構成される要素についてとその事例を紹介します。また、民芸的ブランディングでの効果を、ユーザー、企業と社会・環境の観点を有する考え方「三方よし」で実現できる可能性を模索します。