クラブライセンス制度における3年連続の赤字回避が必達とされていた2019-20年シーズンを、見事3期ぶりの黒字達成で乗り越えた仙台89ERS(以下、仙台)。結果的にライセンス制度はコロナ禍により緩和措置がとられましたが、それでもシーズン終盤での興行中止という危機的な状況をはねのけ、BM面の成績でもあるBリーグマネジメントカップ(以下、BMC)において、2年連続2回目の優勝クラブとなりました。
KPIごとの成績を見てみると、平均入場者数でB2トップとなったのを含め、SNSフォロワー数、グッズ関連利益額、売上高と、全10項目中4項目でトップ3に入る抜群の安定感でした。
昨年は社長としてインタビューに応えていただいた渡辺太郎副会長への独自インタビューを通じてデロイト トーマツの目線で分析します。

※当記事はBリーグ マネジメントカップ2020調査レポートに掲載した内容を一部改訂して転載しています。

外部環境の変化を踏まえた柔軟な体制構築

渡辺副会長が社長2年目として臨んだ2019年シーズンは、過去2年にわたる表面上の赤字からの黒字転換を達成したシーズンとなりました。社長就任から一貫して堅持していた中長期的な視点でぶれることなくクラブの経営体質の改善を推し進めてきた効果がしっかりと表れた形となっています。コロナ禍によりシーズン終盤の試合が中止となり、多くのクラブが赤字化している中で、B2では唯一、前年の赤字から黒字を達成したクラブとなっている事実がその証左といえます。

昨シーズンの本インタビューでも紹介させていただいた通り、渡辺副会長は赤字の中で就任した社長1年目から、将来的な「営業利益(黒字)」の確保を達成するため、ファーストステップとしてまずは「トップライン(売上高)」の向上に主眼を置き、目先の黒字化にとらわれない徹底的なファンビジネスとしてのマーケティングとエンターテインメント性を重視した興行への積極的投資を実践してきました。このことが、2年目の黒字達成につながったことは明白で、結果としてそこで築き上げたファンとの土台がコロナ禍における有事対応にも効果的に作用したことが見て取れます。

仙台は2020年7月に、社長に元選手でGMを務めていた志村雄彦氏を据え、当時社長であった渡辺氏を代表取締役副会長とする人事を発表しています。この人事の意図について伺ったところ、今回の人事は渡辺副会長が経営の一線から退くことを意図した人事ではなく、東日本大震災から10年という節目を迎える中で、コロナ禍をクラブ一丸となって乗り越えていく攻めのフォーメーションを組むための人事であるというコメントが返ってきました。

クラブがコロナ禍という未知の外部要因のリスクにさらされている中では、有事的な対応をケアするマネジメント(渡辺副会長)と、中長期的なクラブの成長をケアするマネジメント(志村社長)の両面が必要となります。仙台の今回の人事も、その両輪をしっかりと回していくための攻めの人事という側面からは、非常に理にかなったBM施策ともいえ、また、外部環境の変化に応じた柔軟なマネジメント体制が組めるのも仙台の強みの1つであるといえるでしょう。

「NINERS HOOP」を通じた三方良しの関係

昨シーズンの本インタビューでは中長期的な投資の一環として、日本有数のホスピタリティ施設でもあるゼビオアリーナを積極的に活用していく方針を掲げていた仙台でしたが、コロナ禍という外部環境の変化を受け、そこも中長期的な視座を踏まえつつ、足元では柔軟な対応を実践しています。

2019年シーズンにおいては、ファンビジネスマーケティングにより興味関心を持っていただいたファン・ブースターに、仙台の試合観戦体験の価値を知ってもらうため、よりエンターテインメント性を重視した興行への積極投資を行い、試合の勝ち負けだけでなく、来場体験の向上によるファン・ブースターのリピート化にチャレンジしています。コロナ禍により入場料収入の総額自体は昨シーズンより減少していますが、アリーナ集客率や客単価の向上は実現しています。

一方で足元の2020年シーズンでは、バスケットボールの用語でリングを意味する「HOOP」に輪をつなぐという意味を込め、地域と地域をそして子供たちと未来をつなぐ活動として「NINERS HOOP」という取り組みを軸に、コロナ禍も踏まえた柔軟なBM施策が展開されています。

具体的には、B2におけるホームアリーナの6割使用ルールが緩和されたことを受け、ゼビオアリーナでの興行開催には逆に固執せず、周辺地域でクラブとの接点がまだなかなか創れていないエリアにおける興行をこのタイミングで積極的に展開しています。そこでは、普段会場が遠いため試合を観に行きにくいファン・ブースターに、選手の躍動感や会場における非日常的な雰囲気を感じてもらうといった観戦体験を提供するだけでなく、震災から10年を迎える今、震災当時にクラブの活動を様々な形で支えていただいた宮城県全域の方々に対する御礼の意味も込めて、クラブとして何か恩返しをしたいという想いも同時に伝えています。

このBM施策は、これまで普段バスケットボールを観てこなかった方々や、コロナ禍によりリアルな体験機会が減少している地域の方々に、活力や楽しみを届けるための施策であるという意味で、ファン・ブースターだけでなく自治体にとっても今しかできない施策であるといえます。また同時にこのBM施策は、クラブにとっても地方開催の実現によるクラブの活動に対する認知度の向上やファン・ブースターとの面での接点の維持が可能となるため、三方良しの施策でしょう。さらにクラブにとっては、結果として試合運営コストの低い会場での興行が増えたため、興行単体での収益確保にもつながっているという、秀逸な施策となっています。

コロナ禍で生み出したクラブの付加価値

ファンビジネスとしてのマーケティングという基本は維持しつつ、コロナ禍におけるクラブの価値をどこに見出すのか、渡辺副会長は「クラブの社会的価値」にも着目しています。

ややもすればリーグ戦の成績や、競技のクオリティばかりに注目が集まりやすいプロスポーツクラブですが、「NINERS HOOP」の活動に代表されるような、地域における様々なコトをつなぐハブとしての価値が、プロスポーツクラブにはあるという考え方です。そこには地域におけるビジネスとビジネスをつなぐハブ機能があるだけでなく、クラブを応援するという活動を通じたファン・ブースター同士をつなぐハブ機能もあります。それらをより具体的な価値として具現化していくためのBM施策として現在、地元TV局や新聞との連携によるメディアMIX事業を開始しています。

この事業は、コロナ禍の影響で企業の広告予算が減少してしまったあおりで苦しんでいた地元メディアの広告枠をクラブが買い、クラブスポンサーにその枠を活用してもらうというクラブとのコラボ広告企画です。地元メディアとしては、販売しづらくなっていた広告枠を販売できる新たな売り先が増えるというメリットがあり、クラブにとってはマスメディアを活用した自由度の高いBM施策が打てるようになるだけでなく、同時にクラブスポンサーに対しても試合興行以外の場所での認知度向上に貢献できるというメリットもあります。同様のコンセプトで地域のプロスポーツクラブとしての機能を社会的価値に結び付け、JR長町駅や、仙台市交通局とも、駅ナカ広告を実現し、クラブスポンサーに対して試合日以外でも提供できる付加価値を生み出し続けています。

課題から見える大きなポテンシャル

コロナ禍で先の見えない舵取りを迫られているクラブにおいて、目下の課題の1つはDX(デジタルトランスフォーメーション)のようです。外部環境として急速に進んだDXの環境変化はクラブにとってもリーグにとっても1つの光明のようにも感じますが、渡辺副会長の所感は、B2規模のクラブではDX領域に投資するだけの人的・経済的リソースを捻出すること自体のハードルがまだ高く、課題は多いというものでした。

取り組むべき、取り組みたいBM施策がありながら、限られた予算規模、限られた人員でマネジメントしていかなければならないクラブの現実との間でジレンマに直面している様子がうかがえます。多くのBクラブ、特にB2のクラブに共通する悩みの一端を垣間見た気がしますが、一方で、DXというソリューションを活かしきれていない中でも多くの付加価値を生み出している仙台というクラブのポテンシャルには、大きな期待を抱かざるを得ないと感じる一面でした。

その意味でも今後の仙台の伸びしろに、引き続き注目していきたいと思います。

次回は、FM(競技面)とBM(経営面)の関係性について分析したレポートをお届けします。お楽しみに!

FAポータル編集部にて再編