2019年シーズン、B1中地区を勝率.775と、同.439の2位の三河に圧倒的大差をつけて優勝した川崎ブレイブサンダース。コロナ禍でシーズンが途中で打ち切りとなった影響で残念ながらチャンピオンシップへと進むことはできませんでしたが、B1屈指の強豪であることを見せつけるシーズンとなりました。
その川崎ブレイブサンダース(以下、川崎)は、ビジネスマネジメント面においても大幅な飛躍を見せ、見事Bリーグマネジメントカップ2020において初優勝を飾りました。平均入場者数が前年比+34.1%、アリーナ集客率が同+20.6%、客単価に至っては同+64.8%と、驚異的な成長を遂げています。この背景にはどのような戦略があったのか、元沢伸夫社長に伺い、デロイト トーマツ グループの目線で分析しました。

※当記事はBリーグ マネジメントカップ2020調査レポートに掲載した内容を一部改訂して転載しています。

1年目の挫折と2年目の飛躍

川崎は、東芝バスケットボール部を母体とする名門クラブでしたが、同社の経営危機に伴い、2018年シーズンよりDeNAが運営を継承しました。その際、新体制のクラブで舵取り役を任されたのが、プロ野球・横浜DeNAベイスターズの執行役員として経営改革を担った元沢伸夫社長でした。

元沢社長の就任2年目でBMC優勝を果たした川崎ですが、就任初年度は決して順風満帆ではありませんでした。DeNA体制となった当初、名門クラブでありながらも社会的な認知度はまだまだ低い状態でした。また、それまで存在感のあった東芝関係のスポンサーの撤退が相次いだことに加え、コアファンの中にはチケット優待を得ていた東芝関係者が多かったこともあり、DeNAへのオーナーチェンジに伴って数百人規模でのブースターの離脱が見られ、スポンサー・集客双方の面から大きな打撃を受けました。これらは事前に分かっていたことではありましたが、元沢社長は大変な挫折感を味わったとのことです。そんな中でも、"DeNA体制3年目での黒字化" の目標を掲げ、様々な改革の種は蒔かれ始めていました。

そして、DeNA体制2年目の2019年シーズン、蒔いた種が成果として芽を出し始めます。まず、Jリーグの川崎フロンターレとのコラボレーションです。同じ武蔵小杉を拠点とする人気クラブに、ブレイブサンダース側から声をかけ、武蔵小杉駅周辺の両クラブ共同での装飾や、フロンターレの新体制発表会への元沢社長の登壇等が実現しました。現在では武蔵小杉駅前のフロンターレのショップ内にブレイブサンダースのコーナーが設けられているほか、新設予定のフロンターレの育成施設内にブレイブサンダースのアカデミー活動拠点を構える計画も発表されています。川崎市民・行政と強固な関係を築いているフロンターレと協業できたことで、「ブレイブサンダースが頑張ろうとしている。今度は彼らも応援しよう」と多くの人々に応援の意識を持ってもらうことができました。今では、両クラブが同日にホームの試合がある日は、等々力陸上競技場でのフロンターレの試合終了後に急いで隣接するとどろきアリーナに駆け付け、フロンターレのユニフォームの上からブレイブサンダースのユニフォームを着て応援している人々の姿が見られます。同じエリアを市場として持つプロスポーツクラブながら、競争ではなく共創が実現している良い実例となっています。

もう1つ注目すべきは、デジタルの取り組みです。

1年目に力を入れ始めたYouTubeが2年目に大きく伸びました。選手たちが積極的に参加する魅力的な動画を配信し、チャンネル登録者数は1年目の約3,000人から2年目には約5万人へと爆発的な増加を見せています。登録者がコアファンから周辺へと広がりを見せたことで、YouTubeが潜在的なファンとの最初のタッチポイントとして機能し、そしてそこから来場を促すことで新規ブースターを獲得するという流れが起き始めています。実際にYouTubeの登録者数増加に比例して新規入場者数が増えたことで、元沢社長は大きな手応えを感じているようです。

クラブミッションの浸透

選手たちは試合で高パフォーマンスを挙げることが第一であるとされるため、必ずしもトレーニングや試合以外の活動に積極的ではないケースが多々見られます。しかし、川崎では選手たちに積極的にYouTube動画制作に協力してもらうことに成功しています。

元沢社長はその理由を、DeNA体制になった際に設定したクラブのミッション "MAKE THE FUTURE OF BASKETBALL 川崎からバスケの未来を" の浸透があると考えています。このミッションには、単に川崎の街を盛り上げるというレベルを越えて、バスケットボールを文化へ昇華させるという意思が込められています。元沢社長は「このミッションを掲げた時、スタッフ・選手・コーチらはとても腹落ちしてくれました。もちろん、ミッションで描く世界と現実との間には大きなギャップがあり、皆、それをひしひしと感じているというのが実態です。例えばフロンターレの中村憲剛選手が街を歩いていれば道行く人皆が声を掛ける、だがブレイブサンダースの選手の場合は必ずしもそうではない。しかし、このようなギャップに直面する中で、それを埋めるために自分たちが何をできるのか、それを考えるという方向に皆のベクトルを揃えることができたと思うのです」とコメントされています。なお、その一環として、社長自らも、選手たちに経営状況を赤裸々に明かし、黒字を達成するためには何をどのような目的で実施していかねばならないのか、そしてどんな施策からどのような効果が得られたのかなどのシビアな話を包み隠さず伝えていく方針を貫いています。

とはいえ、ミッションの達成へ向けて前進している効果を現場スタッフが実感できないままでは、スタッフや選手といつまでも心を一にし続けることは難しいのも事実です。その意味で、死に物狂いに2年間で結果を出したことが大きかったと元沢社長は振り返ります。先述のYouTubeに対しても、選手たちも最初は効果に対して半信半疑でした。しかし、動画が大きな反響を呼び、また実際にアリーナ入場者数が増え、熱狂する空間でのプレーを体感したことが決め手となり、今では「どのようにしたら面白くなるか」を選手たちで考え、提案するまでになっています。

個別化されたアクティベーション戦略

先述の通り、DeNA体制となった当初は前オーナー関係のスポンサーの多くが撤退してしまったことから、極めて厳しい状況に立たされました。しかし、そこから地域企業を中心に必死のパートナーセールスを行い、2019年シーズンのパートナー企業数は昨シーズンと比べて7倍以上に増加しました。さらに、数が増えただけではなく、パートナーシップの単価もまた、昨シーズンと比べて2019年シーズンは+150%と、大きな飛躍を遂げました。

その背景には、個々のパートナー企業に対し丁寧に経営課題を聴いたうえで、1社1社カスタマイズしたアクティベーションを行ってきたことが挙げられます。経営課題には例えば、人材採用にあたっての企業ブランドを高めたいといったことや、社員のモチベーション・一体感を高めたいといったものなど、単純な広告露出を目的としたもの「以外」のものも挙げられています。特に地域企業には、地元に貢献をしたいと考えている企業が多いものの、自社単体ではなかなか効果的な活動をしづらく悩んでいるケースが多くあるといいます。そこで、川崎をスポンサードすることで、クラブのリソースを活用しながら地域貢献を行うという提案が好評を博しています。

一方で、このようなカスタマイズしたアクティベーションを提案し、実行していくには、大変な労力が必要であることは想像に難くありません。また、選手を起用するアクティベーションにはFMサイドとの調整も必要となるため、BMサイドの営業スタッフがパートナー企業に提案できる範囲は限られているのが普通です。しかし、川崎では、社長をはじめ営業以外のスタッフも全力で営業に協力・補完する企業文化が浸透してきており、それを実現しています。そして、それを可能としたのが先述のミッションであり、ミッション実現のために奔走するスタッフたちであると、元沢社長は胸を張ります。ジョブディスクリプションを明確にし、組織にとって必要な能力を備えた人材採用に対して絶対に妥協しないスタンスで臨んだ結果、少人数ながらも精鋭揃いの陣容が形成されているのも成功要因の1つと考えられます。

SDGsへの取り組みを通じた 新たなクラブの付加価値

2019年シーズン、コロナ禍では入場者数が制限され、これまでの満員のスタジアム・アリーナを目指すスポーツ興行のビジネスモデルの方向性について疑問の声もあがりました。ただ、元沢社長は、コロナ禍を経ても常時満員のアリーナを目指す方向性については変わらない考えのようです。満員ならではの空間の熱狂は独特で、それこそが人を惹きつける魅力であるからです。ゆえに、既に発表している民設民営のアリーナの新設構想も、感染症対策の意味合いから収容人数については改めて検討するものの、これまでと変わらず実現に向けて推進していくとのことです。

また、同時に興行以外のフィールド、試合日以外のビジネスにもチャンスがあると踏んでいます。既に推進しているデジタル分野も然りですが、加えてSDGs(持続可能な開発目標)の活動にもチャンスを見出しています。川崎では、行政と連携して地域の企業向けにSDGs勉強会を開催し、150名にものぼる参加者を集めていることからも、多くの企業が関心を寄せていることが分かります。それを踏まえると、先述の地域貢献と同様に、SDGsの推進を望みながらも自社単体では満足な取り組みをすることが難しい企業に、川崎へのスポンサードを通じてそれを実現してもらうことができる可能性が広がります。つまりクラブの価値を試合とは異なる領域でも発揮することが可能となってくるわけです。

川崎はBリーグ屈指の強豪ですが、地域社会の公器としてのより大きな存在へと向かっているように見受けられます。クラブとしての川崎の発展だけでなく、そのような公器を得た川崎という街が今後どのような発展を見せるのかも、引き続き注目していきたいと思います。

次回は、Bリーグマネジメントカップ 2020のB2リーグの結果を詳しく解説します。お楽しみに!

FAポータル編集部にて再編