クラブチームの運営では、試合に勝利するだけでなく、収益の確保や事業拡大に向けた「ビジネスマネジメント」も重要になります。このビジネスマネジメントの観点における評価で、プロバスケットボールリーグであるBリーグの各チームで"優勝"を争うのが「Bリーグマネジメントカップ」です。
その最新版であるBリーグマネジメントカップ2020は、Bリーグから公表されているクラブの財務情報を中心に、ビジネスマネジメントにおいて最も重要なテーマである「マーケティング」「経営効率」、「経営戦略」、そして「財務状況」の4つの視点で、BM(ビジネスマネジメント)レベルを総合的に評価しました。評価対象は、B1とB2を含めた36チームです。
目次
Bリーグマネジメントカップは、ステージごとにデロイト トーマツ グループが設定したKPI(Key Performance Indicators:重要業績評価指標)に基づいてディビジョン別にランク付けを行い、そのランキングに応じたビジネスマネジメントポイント(BMポイント)を付与していきます。最終的に累計BMポイントが最も多かったクラブがCup Winnerとなります。
このように評価した結果、2018年、2019年と2連覇を果たした千葉ジェッツふなばしを抑え、2020年シーズンは川崎ブレイブサンダースが優勝を果たしました。
それでは、分析結果を見ていきましょう。なお、Bリーグマネジメントカップでは、マーケティング/経営効率/経営戦略/財務状況の4つの視点を実際のリーグになぞらえて「クォーター」と呼んでいます。また、詳細な分析については、「Bリーグ マネジメントカップ 2020」のWebサイトをご覧ください。
1stクォーター:マーケティング
「満員のアリーナ」を実現することは、スポーツ興行において最も基本的な目標となります。一方で、コロナ禍でアリーナへの来客誘導に制限が課せられる環境下での興行を余儀なくされるため、アリーナ来場者へのBM施策と、来場できないファン・ブースター向けのBM施策をバランス良く実施していく観点が今まで以上に重要になると思われます。
平均入場者数
2019年シーズンにおけるB1の平均は前年比+164人(+5.3%)の3,260人でした。
トップは昨年に続き千葉の5,116人で、2位の川崎4,963人が迫ってきています。B1の各クラブの平均入場者数の伸び率においては、川崎が+1,262人(+34.1%)と最も入場者数を増加させています。
平均入場者数が5,000人を目前としている川崎の過去4年間のCAGR(年平均成長率)は27.9%となっており、堅実に集客力を成長させています。2017年12月に東芝からDeNAへ経営権が譲渡されて以降、来客実績の乏しいシーズンシートの廃止やターゲット層に合わせた「企画席」の設置などのBM施策により観戦体験の向上にチャレンジしている結果ともいえます。2020年シーズンには、NTTドコモと資本業務提携を行い、収容人数1万人規模の『新アリーナ構想』を掲げており、さらなる観戦体験の向上を目指しています。
また、川崎以外にも、入場者数を10%以上伸ばしたクラブは5クラブ(SR渋谷、三遠、名古屋D、大阪、島根(昇格組))ある一方で、新潟のように前年比▲612人(▲18.2%)と大きく減少しているクラブもあり、集客力が二極化しているという側面もあります。 ※1
※1 最終節の無観客試合は集計から除外しています。
2ndクォーター:経営効率
BMとフィールドマネジメント(以下、FM)の関係に焦点を当てたKPIである「1勝あたりチーム人件費」と「1勝あたり入場料収入」。BM側は、「勝利数」というFM的要素を前提としながらも、いかに効率性を追求しつつ顧客満足度も高められるかというトレードオフの課題に常に直面しています。このKPIに絶対解はなく、クラブごとの最適解を見つけることができるかどうかが、BMの重要なミッションの1つです。
1勝あたりチーム人件費
2019年シーズンにおけるB1の平均は、前年比+7.1百万円(+50.4%)の21.2百万円でした。全体的にチーム人件費が上昇傾向であり、1勝のために必要な投資規模が拡大しています。
最も効率的に勝利を重ねたのは滋賀で、1勝を11.2百万円で挙げたことになります。対して最下位の三遠は1勝を挙げるのに52.6百万円を費やしたことになっており、その差は5倍近くにもなります。
このKPIの値はマネジメントの観点からは基本的には小さい方が望ましいと考えられますが、その分析はあくまでも相対的に行うべきという点に留意が必要です。
一般的には、BMの判断による多額のチーム人件費の投入はFM面にプラスの影響を与えます。そのことはA東京、千葉、宇都宮などの東地区上位クラブがトップクラスのチーム人件費水準となっている事実や、他のプロスポーツの例を見ても明らかです。ただし、チーム人件費に投入できる資金は有限であり、財務的な健全性を求められるBクラブにおいては、無尽蔵なチーム人件費の拡大はリスクであるともいえます。そのため、各クラブは自クラブの相対的な位置づけを客観的に把握しながら、いかに限られた原資で効率的に勝利を挙げられるかを思案する、BM施策への真摯な向き合いが重要であるといえます。
3rdクォーター:経営戦略
クラブの資産(アセット)をどこに割り当てるかというBM施策は重要です。FM面への投資となる「売上高・チーム人件費率」、社会的影響力への投資となる「SNSフォロワー数」、ブランディングやクラブ財源確保への投資となる「グッズ関連利益額」。興行以外のビジネスにいかにリソースを割いてクラブ経営に役立てているかが読み取れる指標です。
売上高・チーム人件費率
2019年シーズンにおけるB1の平均は、前年比+4.5P(+11.3%)の44.0%となり、2016年シーズンから4年連続での増加となりました。本KPIは、クラブにおいて期初の売上予算からチーム人件費が設定される傾向があることを踏まえると、BM戦略が反映されやすい指標といえます。また、有力選手の獲得に代表されるチーム人件費への投資はFM面の戦力強化を狙うことができる一方、クラブの経営を圧迫する要素にもなるため、諸刃の剣となり得る性質も有します。
2019年シーズン、B1で本KPIが最も大きかったのは島根でした。B2を戦った昨シーズンの48.3%から+11.8P(+24.5%)の60.2%となり、B1で唯一60%を超える結果となりました。チーム人件費は昨シーズンの220百万円から減少し、B1平均である403百万円を大きく下回る211百万円であったにもかかわらず、売上高がそれ以上に減少(456百万円から351百万円)したことが影響しました。B1昇格というFM面での好成績を、うまくクラブの売上につなげることができなかった悔しいシーズンだったと推察されます。
来シーズンにおいても、コロナ禍による経営面への影響は残るものと思われます。売上高の維持・拡大、売上高と人件費とのバランス確保および、競技成績の向上のためのBM施策の重要性がより大きくなるものと考えられます。
4thクォーター:財務分析
Bリーグでは「バスケットボール界全体の安定的・持続的な成長と発展に寄与すること」を目的にクラブライセンス制度が導入されています。中でも「財務基準」は、3期連続赤字や債務超過、資金繰りに対して厳しいチェックがなされます。コロナ禍によりライセンス交付の要件に特例措置が導入されましたが、それでもクラブの安定的な財務体質の確保は急務です。
売上高
2019年シーズンにおけるB1の平均は、前年比+6百万円(+0.7%)の930百万円でした。トップはA東京の1,585百万円、最小規模は島根の351百万円と、同一リーグ内でおよそ4.5倍の差が開いている状況です。
過去2年連続でトップであった千葉は▲267百万円の1,494百万円となりました。千葉はスポンサー収入を+85百万円と伸ばしたものの、入場料収入が▲193百万円の大幅減となり、コロナ禍による試合中止の影響が、6月決算の千葉の収入に大きく影響したものと考えられます。一方、3月決算のA東京は、前年比+207百万円と大幅増を達成しています。
B1平均の売上高構成比は、スポンサー収入の割合が最も高くおよそ56%を占め、続いて入場料収入が17%、物販収入が6%となっています。昨シーズンのスポンサー収入は52%、入場料収入は22%であるため、コロナ禍によりスポンサー収入比率が約4P高まっている状況です。スポンサー収入は大企業の資本傘下にあるクラブが高い傾向にあり、名古屋D(三菱電機)やA東京(トヨタ自動車)は構成比率が70%を超えています。一方で、宇都宮や川崎はスポンサー収入と入場料収入・物販収入の合計がそれぞれ約40%と、より収入源が分散された構成となっています。いずれにしても、コロナ禍においてスポンサーメリットをいかに維持できるか、BM手腕が問われることになるといえるでしょう。
次回は、優勝した川崎ブレイブサンダースをビジネスマネジメント観点で分析しつつ、驚異的な成長を元沢伸夫社長に伺います。お楽しみに!