SFプロトタイピングの特徴
SFプロトタイピングとは、一般に「専門家と作家が共同し、サイエンスフィクションの持つ技術描写手法やプロット作成を元に、技術の社会課題を考慮しながらイノベーションを物語作品の形で描き、ビジョンを共創する手法」[i]とされる。シナリオ分析が「特定のシナリオが起きた時にどのような影響(リスクと機会)が生じるかを評価する手法」[ii]である一方、シナリオプランニングは、単一の未来予測ではなく複数の未来を想定し、その中で有効な戦略を考える手法[iii]であり、それを物語によって描くのがSFプロトタイピングと言える。(表1)
表1 SFプロトタイピング等の概念
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デロイト トーマツ戦略研究所作成
SFは日本ではサイエンスフィクションと翻訳されるが、米国ではSpeculative Fiction(現実・経験・過去に基づかない思弁的な小説)との定義も目立つ[iv]。
ビジネスの現場では、2010年代に米国半導体大手Intelの未来予測担当者、Brian David Johnsonらが導入したことが先駆例とされる[v]。Intelがこの手法を導入した目的は、集積回路の開発サイクルが長期化する中、次世代製品のコンセプトを構築することであり、その後、米国の大手企業や政策コミュニティの間で、予想困難な未来への視点を得る手法として普及した。
日本では2020年代に民間企業や地方自治体で導入が始まり、2024年には科学技術振興機構(JST)において、SF作家やJSTの戦略的創造研究推進事業「さきがけ」採択研究者である杉﨑研司(現デロイト トーマツ戦略研究所)が量子技術の未来をSFで描写するプロジェクトに参加した実証事例がある[vi]。
Johnsonらが提唱した狭義のモデルは、「未来の製品・サービス開発」を目的に以下の5つのアプローチで構成される。
①コンセプト設計(Pick your tech)
②世界観とペルソナ構築(Inflection Point)
③人間的衝突・帰結の抽出(The Human Clash)
④教訓と製品・制度の施策(The Prototype / Takeaway)
⑤バックキャスティング(Reflect & Action)
表2に示す通り、Europe2031の構造はこれらの要素を満たしていると言えよう。
表2 SFプロトタイピングのアプローチのEurope2031への適用
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※バックキャスティング:描かれた未来から逆算し、実現(あるいは危機回避)に必要な政策・技術を分析。分析結果をもとに、新規事業の立案や中長期的なプロダクト開発のロードマップを構築すること
デロイト トーマツ戦略研究所作成
注視すべきは、製品・サービス開発を目的に始まったSFプロトタイピングが今や、米国やNATO(北大西洋条約機構)の安全保障政策・戦略へと拡張されている点である(米国の取り組みについては後述する)[vii]。そして、Europe2031では、対象が「製品」ではなく地政学リスクや産業政策の「合成の誤謬」に定められた[viii]。この点で本作は、製品開発を目的とした狭義のSFプロトタイピングではなく、Speculativeな国家戦略や制度を試作する広義のSFプロトタイピング(Speculative Fiction Prototyping)と位置付けられる。
政策策定の構造的限界と「限定合理性」への対応
なぜ政策当局者は、既存の政策策定プロセス(有識者会議や政策文書の蓄積)ではなく、物語を用いたSFプロトタイピングに注目すべきなのか。まず、既存の政策策定プロセスが直面する限界を整理したい。
Simon(1947)が指摘した通り、公共政策学において、政策当局者や組織の処理能力や調査予算、予測力には限界があり、政策決定は限定合理性(Bounded Rationality)に縛られる[ix]。すなわち、人間の政策当局者の多くは、過去の統計データの直線的な延長で未来を考え、省庁間のセクショナリズムや全方位的な事前合意形成を重視する傾向が強く、慣行(経路依存性)に縛られるため、結果的に指数関数的に変化する技術・地政学リスクに対し、次のような課題をもたらす。
①前例踏襲型リスク管理の限界
過去の統計に基づくリスク評価では、技術の交差がもたらすブラック・スワン(突発的危機)や、善意の規制が裏目に出る「合成の誤謬」(構造的逆説)を予見しがたい。
②非線形的な変化への対応の難しさ
既存の政策プロセスは安定性に優れる一方、非線形な技術変化への対応では補完が必要になる。未知のテクノロジーの実装が遅れ、組織が柔軟に政策執行する能力は減退する可能性がある。Europe2031の作中においても、EU(欧州連合)行政機関が行政の無謬性を信じ、完全な事前規制を追求した結果、AIを使いこなさず、理解できなかったことから甚大なリスクに直面した(無謬性神話)。
日本政府が一般的に政策・戦略の決定に用いる有識者会議での意見集約や政策文書を通じた調整は、政策立案のプロセスとして極めて安定的だが、Europe2031に描かれたような前例踏襲や無謬性神話に起因する課題が生じがちと言える。
一方、SFプロトタイピングは、上手に機能すれば、人間(多くの政策当局者)の認知限界と組織的慣性を破る「認知の拡張ツール」となる可能性がある。拡張(解決あるいは打破)される要素は次が考えられる。
①認知限界の直感的拡張
・課題:複雑な国際秩序・社会において、非線形に進化する技術の帰結を従来の直線的データ分析で捉えることは不可能。
・解:抽象的な数値データをペルソナ(生活者・官僚・起業家)の生々しい対話や行動の物語に翻訳することで、政策決定者の直感や感情に訴えかけ、複雑な非線形事象の帰結を腹の底から納得させる。
②前例踏襲の打破
・課題:人間の意思決定者は、最適な解ではなく、心理的に受け入れやすい「前例の範囲内」で思考を打ち切りがち。
・解:物語によって「極端な未来」「踏み込んだビジョン」を示し、衝撃・驚きによって思考を活性化する。
③心理的安全による合成の誤謬の可視化
・課題:行政組織内では、自らの施策が失敗するシナリオや政策の裏目を議論することは責任問題(政治リスク)を伴うため、無意識に自粛・自己検閲しがち。
・解:フィクションという形を取ることで、責任問題から切り離された心理的安全が生まれる。これにより、不都合な真実を自由かつ率直に議論・抽出することが可能になる。
こうした認知の限界や前例踏襲の問題を打破するために、物語を用いたSFプロトタイピングは有効なツールとなる。さらに、デジタル空間の拡大(SNSの普及)と生成AIによるコンテンツ(現実と見極めが難しい文章や画像)作成の進展によって、事実に基づかない情報が影響力を持ち得る環境が生まれている[x]。この結果、世界的に政治・政策決定において、データだけではなく、ナラティブ(主観的な物語)を重視する動きが現れている[xi]。政策に関して、物語の力は勢いづいていると言え、SFプロトタイピングが政策策定において注目される地合いが当面は続くだろう。
政策における「SFプロトタイピング×生成AI」
Europe2031は、AIを動かすための総合インフラ力である計算資源の確保と、AIの需要というアジェンダを物語ることで、強い共感・納得感を生み出した。本稿では、Europe2031の形式から飛躍して、よりメタ的な視点を取り、SFプロトタイピングによる政策提言にAIを活用する可能性を整理したい。
2022年のChatGPTショック以降、生成AIを用い、壁打ちし、様々なバリエーションの物語(未来予想)を構築させることが容易になった。その中、日本においても、AIを用いて、従来は作家・クリエイターの定性的な感覚に依存していた未来予測を、客観的検証可能性(Validation & Verifiability)を満たす工学的な検証に進化させようとする研究が現れた。言わば、AIによって未来予測の再現性や説得力を高める試みである。
楊・渡邉(2024)は「小説家不要のSFプロトタイピングワークショップ手法の提案」において、AIを「壁打ち」に使ったうえ、AIが生成した成果物(物語)を人間が採点・議論することで、より効果的・短期間にSFプロトタイピングを実施できる可能性を示した[xii]。安藤ほか (2026)の研究は、人間の未来予測者がAIのアイデアを事前に参照することで未来像の多様性が効果的に広がるとの検証結果を示した[xiii]。これらの研究を前提にすれば、生成AI×SFプロトタイピングは次のような成果を得ることが容易になる。
①弱いシグナル=初期兆候の検出
公的セクターの意思決定者は、無意識のうちに自らの組織防衛や前例に反する「不都合な真実」を無視する認知バイアスが生じやすい。生成AIは広範なテキストデータから技術・社会・地政学上の弱いシグナル=初期兆候を検出し、それを増幅し、可視化することに長けている。大規模データや生成AIによって、人間が見落としがちな初期兆候を抽出できれば、政策当局者の認知バイアスを補正できるかもしれない。(もちろん、AIを過大評価するというバイアスが生じる可能性もある)
②世界観とシナリオの構築、シミュレーション
AIを用いれば、法制度や地政学リスク、技術革新のパラメータを設定した仮想の空間を構築し、それを短期間・大量に修正して様々な世界観を試すことができる。例えば、実質的な成長率の仮定を変えれば、未来予測は変わる。このようにパラメータを動かしながら、仮想の空間・シナリオを調整し、その中で海外政府や外資テック企業、国内製造業、地方自治体、消費者などの行動原理を学習させた複数のAIエージェントに交戦・交渉させる。これにより、「国産化の義務付け(保護主義)が、海外の最新サイバー防御網からの孤立を招く」といった合成の誤謬を、人間だけの分析よりも、より効率的に抽出できる可能性がある。
③整合性の検証、競合の自動チェック
生成されたシナリオや政策案に対し、論理的な一貫性のチェックや既存法制との競合分析を機械的に実行する。さらに、AIの出力に対し、人間の政策当局者が対話的に採点・評価して定数や制約条件を変更することで、ハルシネーション(事実に基づかない情報の生成)を抑制し、政策案を洗練させることもできるかもしれない。
※米国の大手AI企業は哲学者や倫理学者を雇用し、AIにモラルや思いやり、人格を教えようとしている。米Anthropicに所属する哲学者Amanda Askellは同社のClaudeシリーズに魂を吹き込む担当者として注目されている[xiv]。
海外の事例:米国のシミュレーション、英国の政策ストレステスト
こうした未来予測やシミュレーションを用いた政策分析は、海外政府機関において実施を試みる動きが加速している。その中でも特徴的な米国と英国の事例を示したい。米国の事例の一部は必ずしもSFプロトタイピングではなく、英国の事例はAIを物語創作に使っていないが、いずれもデータやシナリオにより政策にどのような齟齬・誤謬が生じるか分析を試みている。
(1)米国DARPA(国防高等研究計画局)の高度シミュレーション[xv]
・SocialSim:数百万規模のAIエージェントを配置し、オンライン空間における世論拡散や世論誘導、社会不穏の拡大、ナラティブの伝播メカニズムを計算・予測する。ソーシャルメディア上で情報や物語がどのように発生し、変容し、社会を動かすか動的な予測を試みる。
・World Modelers:気候・食料・経済ショックが複雑に絡む地政学危機に対し、政府の政策介入が現場に引き起こす合成の誤謬を機械学習と因果モデルで事前計算する。
(2)米国戦争省(Department of War:旧国防総省)のAI RCC(AI迅速能力セル)等[xvi]
・Virtual Sandbox:外部から遮断されたデジタル実験場(Virtual Sandbox)で、未来志向の戦場・政策・兵器を用意し、AIが用意した多数のシナリオを基にAIのプレーヤーたちが机上演習し、データを検証する。SFプロトタイピング、シナリオ検証(机上演習)を巨大データによって超高速で実施していると言える。
(3)英国政府科学庁(GO-Science)の「AI Scenarios 2030」[xvii]
2030年までにAIが社会・経済・行政に与える変化を物語形式で検証し、政策の穴に対処する戦略の策定を目指した。技術進化や市場独占、地政学的分断等の不確実性に対応するための3段階のアプローチを定めている。その概要は次の通り。
・バックキャスティング:政府機関は自らが望む未来像を明確にし、そこから逆算して未来への計画を策定する。
・ストレステスト:シナリオごとに政策対応がどのような成果をもたらし、目標達成にはどのような調整が必要か検討し、政策の堅牢性を評価する。
・衝撃への備え:シナリオを用い、想定外のショックが政策にどのような混乱をもたらすかを検証する。発生確率は低いものの、影響が大きい事象を特定し、備える。
表3 米英の最新政策の特徴
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デロイト トーマツ戦略研究所作成
これらの米英の事例が、日本の制度にそのまま適用できるわけではない。しかし、日本が直面する制度的制約(前例踏襲・事前規制・固定的未来観)を乗り越えるための示唆を与えるのではないだろうか。特に、複数未来の許容や高速シミュレーション、ストレステストの導入は、日本の政策立案プロセス改革に応用できるかもしれない。(表3)
ただし、新たなアプローチにはリスクや限界が伴い、それらを抑制・制御するためのガバナンスが不可欠である。例えば刺激的なナラティブは政策担当者の感情を揺さぶる反面、発生確率が極めて低いリスクにリソースを投入させてしまう懸念がある。また、生成AIが出力するシナリオには、蓄積データのバイアスやハルシネーションが含まれる可能性があり、人間の専門家による検証や多様なAI同士による討議・反証によって客観性を得る取り組みが不可欠である。
SFプロトタイピングの意義は受容能力の強化
生成AIによるSFプロトタイピングを導入するメリットはどこにあるのだろうか。公共政策学の観点から、上記の米政府機関の取り組みを参照すると、それは、意思決定のスピードアップだけではなく、個人の認知バイアス(限定合理性)を打破し、組織の政策の受容能力(Absorptive Capacity)を構造的に強化することではないか。
Cohen & Levinthal(1990)によると、公共政策・経営学における受容能力は、「外部の最新知識や技術変化を認識し、消化し、組織の制度改革へ変換する能力」を指す[xviii]。受容能力が高ければ、技術革新や社会変動に対応するための基盤が整い、より持続的かつ強靭な政策執行体制を取ることができると言える[xix]。
生成AIを用いたシナリオシミュレーションが上手に働けば、政策の受容能力は高まり、政策当局は以下のメリットが得られる可能性がある。
①より柔軟なリスク捕捉、柔軟な政策調整
従来の行政は「人間による事前審査・完全な目視」を前提としてきた。しかし、自律型AIエージェントが高速で業務を処理する環境下では、事前全件審査は行政機能のマヒにつながりかねない。
AIシミュレーションを通じて「どこまでの自動化なら許容できるか」「失敗時の波及効果はどこまでか」をあらかじめ多角的に検証しておくことで、「事前の自律執行を認め、人間は事後のログ確認(リスクベース監査)に専念する」というアジャイル型ガバナンス[xx]への法解釈変更がスムーズになる可能性がある。
②前例踏襲の打破と認知のアップデート
政策担当者自身が日常的にAIエージェントによるシミュレーションを実施し、好機と悪夢の両面のシナリオを分析することで、政策決定とテクノロジーの間の認識の隔たりを縮めることができる。限定合理性が阻む「不都合な真実」を補足し、政策決定の柔軟性を向上できる可能性が高まる。
③ポジティブ・ナラティブの提示
政策形成過程における合意形成において、国民や産業界に痛みを伴う構造改革(労働慣行の見直しや行政手続きの自動化)を受け入れてもらうには、データの分析と提示だけでは足りない。現実味を持つ、望ましい未来の物語(ポジティブ・ナラティブ)を示すことが重要になる。
生成AIを用いたSFプロトタイピングは、リスクの抽出だけではなく、改革の先にある未来を描くためのツールになり得る。日本政府にとっては、目標数値(KGI)の列挙が中心となる従来の成長戦略に加え、人口減少社会をAIやフィジカルAIでいかに救うかを可視化したビジョンブック(ナラティブ報告書)を作成・公表することで、改革に対する理解を促進できるかもしれない。
結語に代えて:AI時代の政策立案への3つのアプローチ
日本の行政文化は、前例踏襲・事前規制・全件目視を基調としてきたため、非線形の技術変化に柔軟に対応することが容易ではない。前回の論考では「計算資源の戦略的確保」、「CPTPPを活用した中堅国連携」、「アジャイル型ガバナンスへの再設計」のようなAIによる技術革新を踏まえた戦略を一案として示したが、このような斬新な取り組みを実装するためには、柔軟な対応を可能にする政策立案・決定プロセスの改革が重要になる。
日本政府は国際情勢の変化や技術革新を踏まえ、「総合的な経済安全保障シンクタンク」と「重要技術戦略研究所」の設置準備を進めるなど、サプライチェーンや先端技術動向の分析や政策提言の機能の拡充に動き出している。特に前者の経済安全保障シンクタンクは複雑化した国内外の課題を整理し、政策案を示すほか、政府・与党からは「未知の未知」(Unknown Unknows、存在すら認識できていないリスクや事象)を特定する役割なども期待されている[xxi]。政策の企画とともに、緻密かつ大規模なリスクシナリオの分析[xxii]への政治・政策当局者の関心は高まっており、AIを活用する余地は広がっているように見える。
政府がリスク分析機能の強化に動いていることを踏まえたうえ、本稿の締めくくりとして、生成AIとSFプロトタイピングを政策立案に組み込むための3つのアプローチを提示したい。いずれも、さらなる分析と精緻化が必要であるが、今後の経済安全保障シンクタンクの創設や運用において参考になる可能性がある。もちろん、導入にあたっては人間の専門家による検証、複数モデルによる反証、政策判断者による最終責任が前提となる。
① ナラティブによる望ましい未来像の可視化
第一に、生成AIや併用したSFプロトタイピングにより、具体的で手触り感がある「AI時代の人口減少社会戦略」をナラティブ報告書(複数のシナリオ)として描き、公表する。従来のKGI列挙型の成長戦略を補完するような「納得感があるビジョン」を示し、国民や各界の改革の必要性に対する理解、合意形成を促進する。ナラティブ報告書は、政策立案の初期段階における未来像であり、産学官・国民の認知を揃える役割を果たす。
② バックキャスティング=逆算による制度設計
次に、SFプロトタイピングが示した複数の未来像から最も望ましい(理解を得られる)物語を特定する。その未来から逆算し、必要となる制度改革、技術投資、産学官の役割分担を示す。これにより、政策の方向性を中長期で整合的に設計できる。
③ AIシミュレーションによる政策ストレステスト
最後に、関係省庁職員やAI開発者、政策分析担当者を集め、安藤ほか (2026)や英国の事例を参照した政策・地政学リスクのデジタル分析環境を構築し、政策のストレステストを試行する。重要施策の策定においては、従来のパブリックコメントや過去データ分析に加え、生成AIを用いた多角的なペルソナ(AI事業者、自治体、中小企業、国民等)による対話・交渉で合成の誤謬や政策の脆弱性、想定外のショックを事前に検証する。限定合理性に縛られた人間の政策担当者の認知を補完し、政策の受容能力を強化する。
例えば、経済安全保障シンクタンク内に、政策担当者やクリエイター、AIエージェントが協働するユニットを設け、机上演習やSFプロトタイピングを用いて段階的に「未知の未知」の可視化を目指すことも考えられる。
国際秩序の複雑化、急激な技術革新といった非線形的な変化が進む中、政策や制度の設計において、前例踏襲の直線的思考と異なるオルタナティブを用意することが求められている。AIを併用しながら物語によって複数の未来像を検証し、政策の受容能力を高めること。これが、急激な構造変化の中、日本が成長と競争力を維持するための一手になるのではないか。
協力:平木綾香フェロー
<参考レポート>
Europe2031が警告するAI時代の国家戦略―日本に対する5つの示唆 | Strategy Institute | FA Portal | デロイト トーマツ グループ
ナラティブからの政策分析、SNS時代の日本も活用を――「保育園落ちた」投稿を事例に読み解く | Strategy Institute | FA Portal | デロイト トーマツ グループ
<参考文献・注釈>
[i] 大澤博隆. (2022). 責任ある研究とイノベーションを促進する SF プロトタイピング手法の企画調査. 国立研究開発法人科学技術振興機構. https://www.jst.go.jp/ristex/funding/files/JST_1115180_21471335_osawa_ER.pdf
[ii] TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)はシナリオ分析を「所定の仮定や制約の下で、現実味のある様々なシナリオを検討することにより、不確実な将来の変化が組織に与えるリスクと機会を評価する手法」と定義している。
Task Force on Climate-related Financial Disclosures. (2017). Technical supplement: The use of scenario analysis in disclosure of climate-related risks and opportunities. https://assets.bbhub.io/company/sites/60/2021/03/FINAL-TCFD-Technical-Supplement-062917.pdf
[iii] デロイト トーマツ グループ. (n.d.). シナリオプランニング. https://www.deloitte.com/jp/ja/services/financial-advisory/services/scenario-planning.html
[iv] トランプ政権を含め、米国の政治・政策アクターに強い影響力を及ぼすアイン・ランドの「肩をすくめるアトラス」は、存在しない米国を描いたSpeculative Fictionと言える。
Rand, A. (1957). Atlas shrugged [肩をすくめるアトラス](竹内薫訳). 日本経済新聞社.
[v] Johnson, B. D. (2012). インテルの製品開発を支えるSFプロトタイピング(渡辺由佳里訳). 亜紀書房. (原著は2011年出版)
[vi] 理化学研究所. (2024). 量子コンピュータの未来をSFを通じて考える. Q-Portal. https://q-portal.riken.jp/quantum_article_detail?qt_id=K20240003
[vii] NATOは2016年に公式の軍事・技術動向予測を基にSF作家が2036年の戦場を描く、「Visons of warfare: 2036」をまとめ、その後のドクトリンに反映させた。
Allied Command Transformation. (2016). Visions of warfare: 2036 (T. M. Phillips & A. Cole, Eds.). NATO. https://www.act.nato.int/wp-content/uploads/2023/05/visions-of-warfare-2036.pdf
[viii] Daan , J., van baarsen , S., Dada , J., Negele, M., Stelling, L., Fox , P., Petropoulos , A., & Bakker, M. (2026, June 11). Europe 2031. https://europe2031.ai/
[ix] Simon, H. A. (2013). Administrative behavior. Simon and Schuster.
[x] 米国の2024年大統領選挙ニューハンプシャー州予備選挙ではAIによって、バイデン大統領の音声を模倣した自動電話が配信された。米国連邦通信委員会は配信実務を担当した政治コンサルタントに制裁金を科した。2024年のルーマニア大統領選では海外からのサイバー攻撃とAIを用いた偽情報拡散などが実施され、憲法裁判所が選挙やり直しを決定した。
Federal Communications Commission. (2024). In the matter of Steve Kramer (Notice of Apparent Liability for Forfeiture, FCC 24-59; CG Docket No. 23-362). https://docs.fcc.gov/public/attachments/FCC-24-59A1.pdf
Independent International Scientific Panel on AI. (2026). International scientific assessment of the risks and capabilities of AI: Preliminary report. United Nations. https://www.un.org/independent-international-scientific-panel-ai/sites/default/files/2026-07/en_Preliminary%20Report_.pdf
[xi] Jones, M. D., & McBeth, M. K. (2020). Narrative in the Time of Trump: Is the Narrative Policy Framework good enough to be relevant?. Administrative Theory & Praxis, 42(2), 91-110.
[xii] 楊欽, & 渡邉英徳. (2024). 小説家不要のSF プロトタイピングワークショップ手法の提案: 生成 AIとの共同作業によるストーリーテリング支援. 人工知能学会全国大会論文集, 第38回, 2A4-GS-10-04.
[xiii] 安藤美鈴, 藤本敦也, 劉夢思, & 大澤博隆. (2026). SF プロトタイピングにおける生成AIを用いた発想支援のためのアイデア提示手法. 人工知能学会全国大会論文集, 第40回, 1L3-GS-9a-06.
[xiv] Wallace, B. (2026, July 5). The revenge of the philosophy majors: A.I. labs are hiring contrarian, chin-stroking, finger-steepling sages. Who’s underemployed now? The New York Times.
[xv] Defense Advanced Research Projects Agency. (2017). Computational simulation of online social behavior (SocialSim) (Broad Agency Announcement DARPA-BAA-17-20). U.S. Department of Defense.
Defense Advanced Research Projects Agency. (2017). World modelers (Broad Agency Announcement DARPA-BAA-17-60). U.S. Department of Defense.
[xvi] Chief Digital and Artificial Intelligence Office. (2023). Establishment of Task Force LIMA for generative artificial intelligence (Memorandum). U.S. Department of Defense. https://www.ai.mil/
[xvii] Government Office for Science. (2026). AI scenarios 2030: Helping policymakers plan for the future of AI. UK Government. https://www.gov.uk/government/publications/ai-scenarios-2030-helping-policymakers-plan-for-the-future-of-ai/ai-scenarios-2030-helping-policymakers-plan-for-the-future-of-ai
[xviii] Cohen, W. M., & Levinthal, D. A. (1990). Absorptive capacity: A new perspective on learning and innovation. Administrative science quarterly, 35(1), 128-152.
[xix] 本稿では詳述しないが、デロイト トーマツ戦略研究所内の議論においては、「外部の最新知識や技術変化を認識・消化し、制度改革へ変換する『受容能力の強化』は、行政組織の能力開発の観点から、行政改革、経済安全保障、技術政策のいずれにも接続しやすい」といった指摘が出た。受容能力を高めるという視点から学習・情報共有プログラムを設計することも検討すべきではないだろうか。
[xx] 経済産業省. (2025). GOVERNANCE INNOVATION Ver.4:アジャイル・ガバナンスの社会実装に向けた「規制・制裁・責任の一体的改革」(Society5.0における新たなガバナンスモデル検討会報告書).https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/governance_model_kento/pdf/20250930_1.pdf
[xxi] 自由民主党政務調査会 経済安全保障推進本部. (2025). 有事を見据えた経済安全保障の確保及び骨太方針に関する提言. https://storage.jimin.jp/pdf/news/policy/210740_2.pdf
[xxii] 2024年以降、太平洋戦争開戦前の1940年に設立され、敗戦を予測した「総力戦研究所」に関するテレビドラマやドキュメンタリー、映画が相次ぎ公開された。海外のAI活用シミュレーションの動向と合わせ、政治・政策関係者の間では産学官を交えた机上演習に対する関心が高まったように見える。

