日本企業のイノベーション活動の現状
近年、日本企業においてイノベーション創出に向けた取り組みは広く浸透している。新規事業を担う専門部署の設立、Corporate Venture Capital(CVC)の立ち上げによるベンチャー投資、アクセラレータープログラムやビジネスコンテストの開催、他社とのJoint Venture(JV)の組成など、その施策は多岐にわたる。
こうした動きは、かつてはテクノロジー系企業を中心とする印象が強かったが、近年では製造業、食品、金融、通信など、業種を問わず幅広い企業へと拡大しており、イノベーション創出活動のすそ野が広がってきている。
実際、世界知的所有権機関(WIPO)が公表する「Global Innovation Index」においても、日本の順位は2011年の20位から2016年には16位、2025年には12位へと上昇しており、日本企業全体のイノベーション創出に向けた取り組みが活発化していることが伺える(*1)
一方で、こうした活動により実際に成果に繋がっている手ごたえを感じている企業はどの程度あるだろうか。この10年強を振り返ると、私自身、さまざまな企業から新規事業創出に関する相談をいただく機会は年々増えている。その相談内容を見ても、多くの企業が成果創出に課題を抱えているように感じる。
様々な企業の方からお話をお聞きしていると、新規事業創出が進まない理由には多くの共通した課題があるように見える。以降で示す代表的な課題や対応策が、新規事業創出に悩む企業の参考になれば幸いである。
新規事業創出の課題①:「自社がやるべき理由」が明確でない
なぜ自社がその新規事業に取り組むべきなのか。自社が取り組むことによる「勝ち筋」は何なのか。本来、最初に考えておくべき論点だが、こうした問いに答えられないケースは意外と多い。
新規事業の種類としては大きく2つのパターンがある。既存事業に関係する周辺事業に取り組むパターンと、既存事業と直接的な関係がない「飛び地」の事業に新たに取り組むパターンである。
周辺事業に取り組む場合は、既存事業の顧客基盤・知名度・製品/サービス・営業リソース等を活用することが新規事業の勝ち筋となることが多い。また、当該新規事業に取り組むことが、既存事業との相乗効果を生み、既存事業の成長に寄与することが見込めれば、自社として取り組む意義も打ち出しやすい。しかし実際には、こうした取り組み意義や勝ち筋について、既存事業を担う事業部門との十分な連携が行われていないケースを多く目にする。事業部門側としっかりと議論できているだろうか。
また、飛び地の事業に取り組む場合、周辺事業であれば活用できる自社のアセットが存在しないことが多く、勝ち筋が見出しにくい。社外からの見え方も、「なぜこの会社がこの事業を始めるのか」と懐疑的に見られる可能性がある。自社のなんらかの強みをてこにしたビジネスモデルの検討が必要だが、飛び地の事業の場合は自社の強みだけではビジネスモデルを描けない場合も多い。この場合は他社との提携(M&Aによる他社の経営資源の取り込み等)を通じた新たな強みの獲得も検討すべきであろう。
新規事業創出の課題②:必要なリソースが投下されていない
既存事業の成長が頭打ちになっており、それを補うために新しい事業の柱を作りたいと考える企業は多い。しかし、果たして新規事業創出に向けたリソース(ヒト・モノ・カネ)の投入をしっかり行えているだろうか。新規事業を担当する部署を立ち上げるだけで、あとはその部署に任せきりになっていないだろうか。
多くの場合、新規事業専門部署は設置されているものの、事業拡大に必要な営業、マーケティング、製造、品質保証などの機能を十分に備えていない。また、それらの機能を既存事業部門に依頼しようとしても、既存事業側が日常業務で多忙なため、十分な協力を得られないことが多い。
人材面でも課題は大きい。新規事業部署の担当者が既存部門からの一時的な異動者であり、短期間で元の部署へ戻る場合には、ノウハウの蓄積や長期的な視点での推進が難しくなる。加えて、部署自体の人員が少ないため、本腰を入れた継続的な事業開発に取り組めないケースも多い。
投資面でも、多少のマイノリティ投資やVCへのLP出資を行うための予算が与えられているだけで、大規模な先行投資や本格展開のための資金投入には慎重な企業が多い。
その結果、新規事業の規模はこぢんまりとしたものに留まったり、PoC(Proof of Concept:実証実験)から抜け出せなかったりするため、新たな事業の「柱」と言えるような一定の規模の新規事業を生み出すのは困難である。
新規事業創出に対して必要なリソース配分は、新規事業担当部署や既存事業部門だけで解決できる問題ではない。企業のマネジメント層の判断として、既存事業からのリソースシフトや投資配分の見直しなどを行う必要がある。新規事業の創出にはトップマネジメントのコミットメントが重要だと言われる所以である。
もちろん、新規事業の担当部署としても、マネジメント層のコミットメントを引き出すために、新規事業創出の必要性や取り組みの進捗などを継続的にマネジメント層へ訴え続ける必要がある。
新規事業創出の課題③:社外との連携が十分に行われていない
新規事業の検討にあたり、自社だけでビジネスモデルを考え、製品・サービスを開発し、自社の販路のみを活用しようとするケースも散見される。他社との連携は、新規事業創出において様々な局面で有用である。
例えば、新規事業のビジネスモデルの一部を他社の経営資源を活用して実現することが考えられる。自前で製品・サービスを開発するよりも時間を短縮でき、自社が有していない顧客基盤の活用なども期待できる。スタートアップとの提携により、先進的な製品・サービスを活用することも考えられるだろう。
ビジネスモデルに組み込む形だけが社外連携の形ではない。新規事業の「スジの良さ」を社外の視点から評価してもらうことも有効である。ビジネスモデルを検討した初期段階で、顧客候補に実際に意見を求め、当該ビジネスモデルをブラッシュアップすることにより、新規事業の確度を高めることができるものの、意外と取り組まれていない印象である。顧客候補だけでなく、例えばLP出資先のVCのキャピタリストにビジネスモデルを見てもらい、率直な意見を聞いてみるのも良いだろう。外部の視点を取り入れることで、独りよがりにならないビジネスモデルを検討できる。
そのほか、新規事業創出の取り組み自体について、他社の新規事業担当と情報交換を行うのも良い。新規事業創出の悩みは各社で共通する部分も多いが、意外にも会社を超えたつながりはあまり多くないように思う。お互いの取り組み状況や成功事例・失敗事例などを各社の新規事業担当者が共有しあうようなコミュニティが形成されれば、日本の新規事業創出の活動も、より活性化されるのではないだろうか。
新規事業創出の課題④:取り組みが継続されない
前述した通り、新規事業の創出活動にはトップマネジメントのコミットメントが重要である。しかし、トップが変わったり、会社の業績が悪化したタイミングで新規事業創出活動にブレーキがかかるケースを多く目にしている。新規事業の創出には一定の時間を要し、一般的に成功確率が低いため、取り組みの中止を唱えるマネジメント層が現れるのも不思議ではない。ただし、取り組みを継続しなければ、当然のことながら新規事業は生まれない。
以前、新規事業の取り組みが長く継続している企業の担当者に話を聞く機会があった。この担当者は、取り組みの継続性が担保されるように、トップマネジメントだけでなく、広く役員層に対して新規事業の取り組みの必要性を繰り返し説明していると語っていた。経営トップが交代するとしても、通常は役員層の中から後任が選ばれる。役員層全員が新規事業の必要性を理解していれば、誰がトップになったとしてもその重要性を認知しており、取り組みが継続されるというわけである。
なお、ここでいう継続性とは、特定の事業アイデアに固執することを意味しない。見込みの低いアイデアは撤退し、新たなアイデアに資源を振り向ける柔軟性も必要である。重要なのは、個別案件ではなく、新規事業を生み育てる活動そのものを止めないことである。
おわりに
以上をまとめると、日本企業が新規事業創出の成果を高めるためには、以下の4点が重要であると考えている。
1. 自社が取り組む意義と勝ち筋を明確化すること
既存事業との関連性、自社アセットの活用可能性、競争優位性を十分に整理する必要がある。
2. 必要なリソースを投入すること
人材、予算、機能面の支援を含め、新規事業を本気で育てるための資源配分が求められる。
3. 社外の資源と視点を積極的に活用すること
提携先、顧客候補、VC、外部有識者などを巻き込み、事業構想の実現性と確度を高めるべきである。
4. 短期的な成果に左右されず、活動を継続すること
個別案件の成否に一喜一憂するのではなく、挑戦を続ける組織的な仕組みを維持することが重要である。
先日、ある展示会に足を運んだ。この展示会には、過去に新規事業創出の取り組みに関わらせていただいたクライアントが2社、新規事業を出展していた。この2社とも、社外の力を活用していたが、それでも新規事業の構想が立ち上がってから対外的にサービスをリリースするまで約2年の期間を要している。
新規事業の創出は、短期間で成果が現れる取り組みではない。ゼロから事業を立ち上げ、一定の形にし、さらに成長軌道に乗せるまでには、多くの試行錯誤と粘り強い推進が求められる。
日本企業におけるイノベーション活動は着実に広がっている。しかし、その成果を確かなものとするには、単に制度や組織を整えるだけでは十分ではない。自社の勝ち筋を明確にし、必要な資源を投入し、社外とも積極的に連携しながら、継続的に挑戦し続けることが不可欠である。
本稿が、新規事業創出に日々取り組んでいる担当者の一助になれば幸いである。

