2025年2月6日、高い成長可能性を有する「中堅企業」にフォーカスした「Deloitte Private / 朝日新聞社 中堅企業フォーラム」が開催されました。官と民、それぞれの視点から中堅企業の「成長」と「挑戦」をテーマとした基調講演およびパネルディスカッションが行われ、中堅企業の可能性に多くの参加者が関心を寄せました。レポート前編となる本記事では経済産業省による中堅企業政策説明および、PEファンドと注目の中堅企業による基調講演の様子をお伝えします。

藤木 俊光氏

経済産業省 経済産業政策局 局長

1988年、東京大学法学部卒業、通商産業省(現経済産業省)入省。商務・サービス審議官、製造産業局長、大臣官房長などを経て、2024年7月から現職。

藤森 義明氏

シーヴィーシー・アジア・パシフィック・ジャパン株式会社 最高顧問

東京大学工学部卒業後、1975年に日商岩井(現・双日)に入社。1997年には米GEへ。2001年、アジア人初となるシニア・バイス・プレジデントに抜擢される。2008年、日本GE取締役会長 兼 社長 兼 CEOに就任。2011年には株式会社住生活グループ(現・LIXILグループ)の取締役代表執行役社長 兼 CEOに就任し、グローバル企業への飛躍をけん引した。現在は、武田薬品工業 社外取締役や日本オラクル株式会社 取締役会長などを務めている。

久世 良太氏

株式会社サンクゼール 代表取締役社長

2002年に入社したセイコーエプソン株式会社を経て、2005年より株式会社斑尾高原農場(現・サンクゼール)へ。経営サポート部部長や専務取締役などを経て、2018年より現職。

経済産業省 藤木氏 ~中堅企業の成長を促進する政策について~

政府は2024年を「中堅企業元年」として、中堅企業の成長を後押しする政策を展開しています。まず、中堅企業の定義ですが、中小企業者を除く従業員数2,000人以下の会社等を指します。「中小企業を卒業した成長段階の企業」と言い換えられるでしょう。なぜ2,000人なのかというと、従業員数2,000人までは従業者規模の拡大と労働生産性が比例する一方、2,000人を超えると徐々にその相関が弱まってくるためです。

では、なぜ中堅企業にフォーカスした政策を創設することになったのか。それは中堅企業が日本経済の成長に大きく寄与し得るセクターだと考えるためです。具体的には、国内外の売上高や設備投資額、従業員数・給与総額の伸び率が中小企業や大企業と比べて高水準であることが多く、中堅企業に国内投資を拡大し続けてもらうことが、日本経済全体が持続的に成長する上で決定的に重要であると考えました。加えて、大都市圏以外に立地する中堅企業が4割程度を占め、地方創生や地域経済の活性化という文脈でも中堅企業は欠かせない存在であることも補足しておきます。

過去10年間における売上高は、国内外ともに中堅企業が大企業を上回る伸び率を誇る
(引用):「成長力が高く地域経済を牽引する中堅企業の成長を促進する政策について」より一部抜粋|経済産業省

政府は具体的にどのような政策を展開しているかですが、ここでは次の3つを紹介します。

① 大規模成長投資支援

② グループ化税制

③ 人材マッチング促進事業

まず「大規模成長投資支援」について、これは中堅企業が実施する思い切った設備投資に対して補助金を交付するというもの。投資下限額は10億円で、補助上限は50億円に設定しています。過去に実施した第1次公募・第2次公募ともに想定を上回る伸び申し込みをいただき、倍率は約7倍にも達しました。なお、採択社の平均投資予定額は約49億円です。

続いて「グループ化税制」について、中堅企業のグループ化を後押しする観点から、M&Aに係る税制面のインセンティブを付与しています。具体的にはM&Aを実施する際に損金算入できる株式取得価額の割合を現行の70%からM&A2回目は90%3回目以降は100%に拡大するとともに、据置期間を5年間から10年間に大幅長期化する新たな枠を創設しました。

最後に「人材マッチング促進事業」では、求人ニーズに応じて、地域企業で活躍したい大企業の社員を地域の中堅企業等へ紹介しています。金融庁と連携して進めている事業であり、中堅企業等の実情に応じて、地域金融機関が人材プラットフォームに登録されたリストより人材を仲介する仕組みです。

今後はこのような政策をさらに進化させ、経済産業省として中堅企業の自律的な成長を後押ししていきたいと考えています。

シーヴィーシー・アジア・パシフィック・ジャパン 藤森氏~中堅企業の成長に欠かせない「変革」の重要性~

予想だにしない事態が起こる現代において、企業が成長を遂げるためには環境の変化に対応しなければなりません。例えば、米マイクロソフトは「パッケージソフトからクラウドへの移行」という世の流れの中で、WindowsOffice製品中心のビジネスモデルからクラウド事業へと舵を切り、長く時価総額ランキングトップ10に名を連ねています。米マイクロソフトのように、環境の変化に応じてビジネスモデルを変革できる企業が厳しいビジネスの世界で生き残ることができるのです。

私がかつて約4年にわたり経営に携わっていたLIXILグループ(現・LIXIL)も、変革を遂げてきた企業の1です。まずその成り立ちからして同グループは、それぞれ異なる事業領域を持つ中堅企業5社が、新たなビジネスモデルの構築を企図して統合した企業になります。さらに、当時の時価総額と同等の5,000億円の借入金を用いて世界の名門企業を次々と買収し、グローバル化も推し進めていきました。LIXILグループは変わりゆく環境に対応しているからこそ、成長を続けているのです。

一方、「コンフォートゾーンに入りたがる」「変革を嫌う企業文化がある」などの理由から、なかなか変革が進まない企業も一定数存在します。変革を起こすためには「今の状態のままではいけない」という危機感を醸成したり、皆で到達したいビジョンを掲げたりすることが有効です。私は、安住の世界(コンフォートゾーン)からの脱却が変革の第一歩になるのではないかと思います。

私たちPEファンドもまた、変革によって飛躍し得る中堅企業の潜在力に着目して投資をしています。潜在力を持っている企業とは何かしらの課題があるということ。中堅企業は多かれ少なかれ課題を持っており、その問題を解決すれば中堅企業は必ず成長します。中堅企業が持っている潜在力は自分達が一番分かっているでしょう。引き続きPEファンドとして海外のネットワークも駆使しながら、これからの日本を支える中堅企業のご支援をしていきたいと考えています。

サンクゼール 久世氏~中堅企業の成長の軌跡~

今回は中堅企業の当事者として、サンクゼールの成長の軌跡をお伝えしていきます。1979年に創業した当社は、「久世福商店」や「サンクゼール」などのブランドを展開している、食のSPA企業です。売上高は191億円(20243月期)、従業員数はアルバイト・パート含め811名(20243月末時点)です。

当社の歴史は、私の父親が始めたペンション経営から始まります。そのペンション内で私の母親がリンゴジャムを提供し始めたところ、お客様の間で大変評判となり、ジャムの企画販売を開始しました。地道に営業活動を行ったこともありジャムはよく売れましたが、徐々に後発の模倣品も出回るようになります。さらに製造委託先の工場で契約外の原材料が使用されていたことも発覚しました。

こうした現状を踏まえ、理想の生産者を目指して自社工場での生産をスタートさせます。しかし、卸売業であるがために、主要な取引先からは値下げ要求を受け、何より商品の良さを直接お客様に伝えることができないという苦悩を抱えることになりました。

そこで自社店舗を持つ決断をし、軽井沢に直営1号店をオープンします。季節変動の激しい信州では、閑散期になると売り上げが非常に落ち込みます。そのため直営店1号店をオープンして以来、外へ外へと販路を拡大し、全国47店舗にまで出店することで売り上げの安定化を図りました。売上高は30億円を突破します。しかし、ここでもまた、デベロッパーからの声が激減したり、ブランドの旬が過ぎたりと様々な壁にぶつかります。このまま5年も経てば主力事業の売上は下がり、会社として立ち行かなくなるだろうことは目に見えていました。

そんな停滞期にあった当社が着手したのが新業態ブランド「久世福商店」の開発です。新業態プロジェクトでは、ブランドコンセプト・店舗開発・物流拠点・システム開発・商品開発、それぞれの組み合わせにより付加価値を高めること、つまりイノベーションを起こすことを意識しました。例えば商品開発では提案書を持って逸品を探しに全国の生産者の方に会いに行ったり、また店舗開発では店舗イメージとなる「大正ロマン」が細部にまで表現されているかどうかを模型で確認したりしました。

こうして発想のヒントを得てからわずか1年後の201312月に久世福商店の第1号店をオープンしました。その後、全国にスピード出店をしていき、売上高は20135月期の36億円から20245月期には191億円にまで拡大することができました。

当社は季節変動が大きいという一見弱みにも思える特色を持つ信州に生まれたからこそ、全国展開ができる素地が整いました。当社のこれまでの歴史を踏まえても、企業というのは、地域の特色を活かして弱みを克服することで独自性を持ち、やがて中堅企業へと成長していくものだと考えています。これからも地域経済のために尽力していきたいと思います。

官民から見た、中堅企業の成長の可能性と課題(後編)に続く>>

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
コーポレート ファイナンシャルアドバイザリー

西本 雅代 / Masayo Nishimoto

マネジャー

邦銀・欧州系・アジア系銀行で主に日系グローバル企業のリレーションシップマネジメントに従事。進出国におけるファイナンスのアレンジや貿易金融、キャッシュマネジメントの導入で支援する。2022年デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社に入社。化学・流通セクターを中心にカバレッジ業務に従事する。記事についてのお問い合わせは、masayo1.nishimoto@tohmatsu.co.jpまでお願いします。

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