NEC×デロイト トーマツ、ブランド価値評価の取り組み(後編)
デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
川端 一成

125年の歴史を持つグローバルテックカンパニーであるNECが、自社のブランド価値の定量化に取り組み始めた過程について話を伺った前編。後編ではプロジェクトが具体的にどのように進められていったかをお聞きしました。もちろん、何もかもがスムーズに進んだわけではありません。いくつかの難点をクリアし、成果を生み出すために、NEC・デロイト トーマツはどのように取り組んだのか、それに加え、定量化に続く、ブランド価値向上のための今後の取り組みについてもお話しいただきました。
目次
ブランド価値可視化を実現するまでの道のり
——NECで実践されたブランド価値の定量化の取り組みについて教えてください。
角谷(NEC 経営企画・サステナビリティ推進部門 ブランドエクイティエグゼクティブ)
企業のサステナビリティを示す一環として、無形のブランド資産への投資や活用戦略を順次開示していきたい。そのためにはガバナンス構築に取り組み、投資家や金融機関から適切な評価を受けることを最終目標に定めました。そこから何をすべきか落とし込み、ブランドが企業価値向上に貢献していることの証明、ブランド価値の他社比相対評価、「意味のある」ブランド活動の実践と効果測定に取り組んでいくこととしたのです。
——最初に着手したことは何ですか。
長谷川(NEC 経営企画・サステナビリティ推進部門 ブランドエクイティマネジメント室長)
まずはブランドが企業価値向上に貢献していることを証明するために、デロイト トーマツからPPA(Purchase Price Allocation)というM&Aの手法でブランドの価値を疑似的に評価することをご提案いただきました。複数の評価手法のうち、ロイヤリティ免除法(第三者からブランドの使用許諾を得る際に、支払うロイヤリティコストが節約されるという想定に基づく評価)を使うのか、超過収益法(企業の収益から、ブランド以外の貢献資産の期待収益を差し引いた残余の利益を基に評価する)を使うのか、どのようにほかの無形資産の金額を認識していくのかなど、NECからも質問を重ねてデロイト トーマツにご支援いただきながら、一つ一つ詰めていきました。
パートナーとしての信頼と伴走型での支援
——今回のプロジェクトを推進する際、デロイト トーマツと協働することを選んだのはなぜですか。
森(NEC 経営企画・サステナビリティ推進部門 ブランドエクイティマネジメント室 主任)
私たちから商標やロゴだけでなく、ブランド活動を含めた価値を算出したいと希望したことが、擬似PPA選択の決め手になりました。これは、これまでにない新しい取り組みで、デロイト トーマツの専門知識を学びながらも、伴走いただいた成果もあり、単に定量化するという目的だけでなく、そもそも企業価値とは?資産とは?企業価値のうちどの程度が無形資産なのか?といったように様々な角度で議論を深められるようになりました。
新しい領域の理解と浸透
——価値算出の難点になった部分はありますか。
森
NECとしては、公開財務データを用いてホワイトボックス型で算出をしたいというこだわりがありました。これは、自分たちで算出の根拠・過程を理解し、数字を出せるようにする、つまり経営陣・社員にもきちんと説明できる形を取りたいと考えたことに加え、今後もブランド価値金額の推移を経年で追っていく必要があったためです。最初は理解が及ばず、同じような質問を繰り返してしまいましたが、デロイト トーマツから丁寧な説明を頂けたことで私たちのレベルも上がりました。今回は社内への説明、今後の活用も含めて数字を整理していったのが特徴と捉えています。
福嶌(NEC 経営企画・サステナビリティ推進部門 ブランドエクイティマネジメント室 主任)
デロイト トーマツから知識を吸収した私たちメンバーと異なり、ブランドはまだまだ大きな資産の一つとして捉えられていないですし、ましてやPPAという手法を知らないことのほうが一般的です。そうした中で、プロフェッショナルであるデロイト トーマツではなく、私たちから説明し理解してもらうのはかなり苦労する部分でした。専門的な内容を可能な限り簡潔にシンプルにまとめつつ、とはいえ嘘や間違ったことは言ってはいけないので、デロイト トーマツに確認・ご支援いただきながら、地道に丁寧に理解・浸透を進めました。
自分ごとへの小さな変化の兆し
——この取り組みによって得られた効果はどのようなものですか。
福嶌
前編でも話に出ましたが、NECグループのブランド価値金額が可視化できたこと。そしてそれを社員一人当たりのブランド価値創出として社内公開できたことです。また、競合他社のブランド価値金額も算出、比較することができるようになりましたし、NECが目指すべきブランド価値金額も設定できました。ブランド価値の算出が可能になり、定量化できたことで、「ブランドに価値があるのか」という話から「次は何をするべきか」という前向きな議論が増えたことが非常によかったと思います。
角谷
とはいえ、私たちの活動はまだまだ道半ばにあります。ブランドは人の心の中にあるもので、私たちがマネージすることはできません。人々がどう思っているか、社会の声に常に耳を傾けて、私たちの思い込みではないものをしっかり捉えていく必要があるでしょう。一方で従業員に関しては、NECグループブランドは社員一人ひとりが創っていくもの、NECブランドを持続可能かつ成長し続けるものにしていくためには、各自が自分ごと化して、ブランド価値・企業価値向上を目指すことが必要と伝えていきたいと考えています。
森
実際に一人当たりのブランド価値創出を、全従業員が見られるポータルサイトで伝えたところ、「ブランドの重みを感じた」「一人当たりのブランド価値創出は意外と低いと思った」「どのように価値向上させていくか考えたい」などのコメントが寄せられました。まだまだ反応は少ないですし、それぞれ捉え方は異なりますが、このような意見が社員から出てくるような環境に変わっていくということ自体が非常に大切だと考えています。
可視化はあくまで第一歩
——ブランド価値向上についての現状、今後の展望について教えてください。
角谷
現代の企業会計のルールに則り、企業が支配できる、測定・管理可能なものの中で算出したのが今回のブランド価値です。ブランドという目に見えないものを可視化でき、社員の自分ごと化につながったという点で大きな前進ですが、自分ごと化のさらに先の具体的なアクションにつなげるにはもう一歩必要だと考えています。ブランドエクイティマネジメント室では、社会がNECをどう思っているのか、つまり”民意”についても、並行して実施している企業ブランド調査を通して定点で計測しています。調査結果をスコア化し、インデックスにしてこちらも管理可能にすることで、NECブランドの目指すべき方角を定め、意味のあるブランド活動につながるような示唆を提示しています。これらの活動を組み合わせ、社員一人ひとりがブランドを自分ごと化し、さらに民意もきちんと理解したうえで、ブランド価値、ひいては企業価値に必要なアクションを自分で考え行動できるような仕掛け・仕組みづくりを目指していきたいと思います。