景気循環による経済的影響は企業にとって不可避なものです。しかし、世界および地域経済に対し長期的な見通しを持つことにより、企業は景気循環のリスクを最小化することができます。デロイトは、世界のビジネスリーダーたちに必要な、マクロ経済、トレンド、地政学的問題に関する明快な分析と考察を発信することにより企業のリスクマネジメントに貢献しています。
本連載では、デロイトのエコノミストチームが昨今の世界経済ニュースやトレンドについて解説します。今回は、Deloitte Insightsに連載中のWeekly Global Economic Updateの2024年7月22日週の記事より抜粋して日本語抄訳版としてお届けします。

Ira Kalish

Deloitte Touche Tomatsu
チーフエコノミスト

経済問題とビジネス戦略に関するデロイトのリーダーの1人。グローバル経済をテーマに企業や貿易団体への講演も多数行っている。これまで47の国々を訪問したKalish氏の解説は、ウォール・ストリート・ジャーナル、エコノミスト、フィナンシャル・タイムズなどからも広く引用されている。ジョンズ・ホプキンス大学国際経済学博士号取得。

生産を拡張する中国の経済政策と、低迷する国内需要

7月第3週に公開された多くのデータは、中国経済の減速を指し示しています。データの公開は中国共産党の第3回全体会議(三中全会)に合わせて行われました。この4日間の会議は、しばしば新しい経済改革を導入するために利用され、今回の弱い経済指標をきっかけに、経済活性化のための措置を講じるよう、政府への圧力が高まることが予想されます。特筆すべきは、今回公開されたデータは、比較的強い生産の伸びと、弱含む需要がともに示されていることです。最近の中国の経済政策は、生産増に注力してきましたが、多くの専門家は、輸出依存ではなく、国内需要の刺激策を通じて生産能力の増加を吸収するよう呼びかけています。輸出は最近急速に伸びてはいますが、アメリカや欧州連合(EU)が対中貿易への更なる規制を導入する可能性があり、それにより輸出を通じた中国の成長が妨げられることが懸念されています。このため国内需要の重要性がさらに高まっているのです。

データに目を向けると、2024年第2四半期の中国の実質GDPは前年同期比で4.7%増加しました。これは同年第1四半期の5.3%増から減速し、2023年第1四半期以来の低成長率となっています。また、実質GDPは前四半期比0.7%増となり、第1四半期の同1.5%増からは減速しました。成長鈍化の理由としては、住宅市場の継続的な問題、家計需要の弱さ、民間投資の停滞などが挙げられます。内需の弱さが、最近報告された軟調なインフレ率の一因となっていると思われます。

国内需要に関して、中国政府は6月の小売売上高が前年同月比2%増にとどまったと発表しました。これは前月の同3.7%増から減速し、2022年12月以来の低水準となりました。この数字は、新型コロナウイルスのパンデミックが始まって以来の期間を除くと、記録上最も低い小売売上高の伸びでした。さらに、小売売上高は5月から6月にかけて0.12%減となりました。小売売上高が低迷している理由としては、不動産価格の下落が家計資産の減少や貯蓄増につながっていることや、労働市場の弱さなどが挙げられます。

小売売上を品目別に見ると、衣類、靴、繊維は1.9%減、化粧品は14.6%減、家電製品およびAV機器は7.6%減、文化・教育に関連する機器および事務機器は8.5%減、自動車は6.2%減となりました。自動車については、政府による下取り補助金にも関わらず減少しています。一方で、たばこと酒類の支出は5.2%増、通信機器は2.9%増、石油製品は4.6%増となりました。

堅調な生産の成長と、逆資産効果

供給面に関しては、需要とは対照的に堅調な成長を示しています。中国政府は、6月の鉱工業生産が前年同月比で5.3%増加したと報告しています。これは過去7カ月間で2番目に低い成長率であったにも関わらず、過去1年半のほとんどの月よりも高い成長率となっています。製造業部門は5.5%増となり、5月の6%増からは減速しました。特に、化学製品(9.9%増)、非鉄金属(10.2%増)、自動車を除く輸送用機器(13.1%増)、自動車(6.6%増)で高い成長が見られました。一方、コンピュータ、通信およびその他の電子機器の生産の成長は4.4%増と、緩やかな成長となりました。

2024年上半期における中国の固定資産投資は、前年同期比で3.9%増加しました。これは前月に記録された4%の成長よりも緩やかなペースです。また、5月から6月にかけての投資の増加率はわずか0.2%でした。上半期の投資額増には、航空輸送の23.7%増、鉄道輸送の18.5%増、水の生産および供給の24.2%増といった急速は投資増が含まれており、インフラ投資が全体の投資の成長を大きく牽引しているともいえますが、そのほとんどが政府資金によるものです。実際、2024年上半期の民間投資は、前年同期比0.1%増にとどまりました。

さらに、製造業における投資は9.5%増となっており、政府によるハイテク産業やクリーンエネルギーへの投資促進策によって後押しされたと考えられます。一方で、住宅市場の危機により勢いを失った不動産投資は、前年同期比で10.1%減少しました。実際に、70の主要都市のうち64都市で6月の新築住宅価格が下落したと報告されています。大半の都市における住宅価格の下落は、これで13カ月連続となり、70都市の新築住宅価格は前月比で平均0.7%の下落となりました。一方、中古住宅価格は70都市中66都市で下落しました。こうした住宅価格の下落は家計の資産や、消費意欲にも影響を与える可能性があり、これが小売売上の低迷の一因になっていると考えられます。

このデータの発表を受け、中国政府の報道官は、好ましい要因は「好ましくない要因よりも強い」と述べました。しかし同時に「下半期を見据えると、外部環境はより不安定で不確実になっており、国内にも多くの困難と課題が残っている」とも述べました。エコノミストの間ではすでに、中国の経済政策の最善策について活発な議論が行われています。

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Deloitte Global Economist Networkについて

Deloitte Global Economist Networkは、デロイトネットワーク内外の視聴者向けに興味深く示唆に富むコンテンツを発信する多様なエコノミストのグループです。デロイトが有するインダストリーと経済全般に関する専門知識により、複雑な産業ベースの問題に高度な分析と示唆を提供しています。デロイトのトップマネジメントやパートナーを対象に、重要な問題を検討するレポートやThought Leadershipの提供、最新の産業・経済動向にキャッチアップするためのエクゼクティブブリーフィングまで、多岐にわたる活動を行っています。

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社

増島 雄樹 / Masujima Yuki

マネージングディレクター・プリンシパルエコノミスト

外為トレーダーとしてキャリアをスタート。世界銀行、日本銀行、日本経済研究センター主任研究員、ブルームバーグシニアエコノミストを経て、2023年4月より現職。マクロ経済予測・費用便益分析・政策提言を中心に、エコノミクス・サービスを提供。為替に関する論文・著書多数。2018年度ESPフォーキャスト調査・優秀フォーキャスター賞を受賞。博士(国際経済・金融)。

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
コーポレートイノベーション

富樫 真理子 / Togashi Mariko

シニアコンサルタント

外資系証券会社にて日本の機械セクターの株式調査業務に従事後、米ジョンズ・ホプキンス大学高等国際問題研究大学院にて、安全保障・国際経済学修士を取得。日、米、英のシンクタンクにて経済安全保障の研究に携わった後、2024年4月にデロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社に入社。地経学研究所客員研究員。