企業からの投資と女子サッカーの飛躍
DTFA Times編集部にて再編
FIFA女子W杯オーストラリア/ニュージーランドが2023年7~8月に開催されました。日本代表「なでしこジャパン」は下馬評を覆し、優勝国となったスペイン戦を含むグループリーグ3戦全勝無失点で突破しました。16強ではノルウェーを破って準々決勝へと進出し、日本中を大いに盛り上げてくれました。大会としては、米国(前回大会優勝)・カナダ(東京五輪優勝)などの従来の女子サッカーの強豪国が比較的早く姿を消すかたわら、スペイン(優勝)・イングランド(準優勝)・スウェーデン(3位)など、欧州各国の好成績が目立つ結果となりました。この大会で活躍した日本代表「なでしこジャパン」や、飛躍した欧州チームを題材に、企業からのスポーツ投資の意義を考えてみたいと思います。
※当記事はJリーグ マネジメントカップ2022に掲載した内容を一部改訂して転載しています。目次
日本代表「なでしこジャパン」
まず、日本代表「なでしこジャパン」について触れます。先述の通り、大会前のなでしこへの関心は明らかに低いものでした。女子W杯の話題をニュースで目にすることもあまりなく、そもそも日本国内での試合放映すら、採算への不安などを理由に直前まで決まっていませんでした。関心の低さはもっぱら近年の成績の悪さに起因していると考えられます。澤穂希選手・宮間あや選手らが躍動した2011年ドイツ大会での優勝をピークに、2015年カナダ大会では準優勝したものの、2019年フランス大会ではベスト16敗退と成績は下降線をたどっていたからと推察されます。
前回大会と今回大会のなでしこの結果はそれぞれ16強と8強であり、大差がないようにも感じられますが、前回はグループリーグで世界ランク下位のアルゼンチンに引き分けるなど苦戦していた一方で、今回は優勝したスペインを4-0で圧倒するクオリティの高さを見せつける展開でした。FIFAのインファンティーノ会長から異例の名指しでの賞賛を受けるなど、進化は明らかです。なぜなでしこジャパンは下降線を脱し、再び世界のトップクラスまで盛り返すことができたのでしょうか。
この点については、2011年ドイツ大会でのレガシーが効いていると考えられます。2011年のW杯制覇を受け、女子サッカー熱が高まり、多くの子どもたちがサッカーを始めるようになりました。日本サッカー協会の女子競技登録者数(図1)を見ると、大会前の2010年度の37,369人から大会翌年の2012年度には42,573人、翌2013年度には45,981人へと大きく増加していることがわかります。一般にスポーツは裾野が広く競技人口が多ければ多いほど、実力の高い選手が現れる確率が高まり、トップのレベルも高まる傾向にあります(ゆえに、日本では野球代表チームの侍ジャパンのレベルが高いことが挙げられます)。2011年のW杯優勝に影響を受けてサッカーを始めた小学生たちも、12年の時を経て現在は20代となりました。まさに選手としての実力が開花する時期を迎えており、これがなでしこジャパンの躍進の原動力になったと考えられます。なお、今大会得点王・宮澤ひなた選手は、2011年大会を見て、選手になるという夢が明確になったとのことであり、トレードマークのヘアバンドは、2011年大会でヘアバンドをつけて活躍していた川澄奈穂美選手を見て影響を受けて着用し始めたそうです。
裾野を広げるにあたっての課題
それでは、なでしこジャパンの未来は安泰なのでしょうか。この点については、現状が続くかといえば、残念ながら必ずしもそうではないと言わざるを得ません。2011年大会を機に増えた女子サッカー人口は、その後W杯2015年大会での準優勝を経て成長を続けたものの、その後成長は鈍化し、頭打ちになっています(図2)。裾野は確かに広がったものの一時的なもので、なぜ競技人口は右肩上がりに増えなかったのでしょうか。
大きな要因として考えられるのは、十分な環境が整備されていないことだと考えられます。日本サッカー協会(JFA)の年齢別女子選手数を見ると、小学生の間は概ね上昇傾向にありますが、中学進学(≒部活入部)時から減少傾向に転じ、その傾向が加速していくことが分かります(図3)。中学生になると男女の体格差が広がるため、それまでのように男女一緒にプレーすることが難しくなります。女子チームに入れるのであれば、辞める理由にはなりませんが、そもそも女子サッカー部が存在する学校が限られています。最低11人いないとチームが成立しないため、少子化の影響も相まって、学校ごとに女子サッカー部を持つハードルは高くなっていると考えられます。加えて、男女混合の部活があったとしても女子専用の更衣室が整備されていないなど、設備面の不足も影響している可能性があります。今大会のなでしこの活躍を見て、未来のなでしこを夢見る子どもたちが増えても、受け皿が十分でないと選手数の増加が持続しないおそれがあります。
企業が引き上げているイングランド女子サッカー
では、上記課題に諸外国はどのように取り組んでいるのでしょうか。近年躍進が目覚ましいイングランドの事例にヒントがあります。イングランドを始め、欧州女子サッカーの実力向上の背景にあると考えられているのが、ESG名目での女子サッカーへの企業の投資です。例えば、FIFAは2026年戦略にて女子サッカーをトッププライオリティと位置付け、加盟する211の連盟と連携しグローバルに普及・収益力向上・持続的成長のための環境形成に取り組む方針を打ち出しています。この流れに呼応する形で、英国の金融機関Barclaysはイングランド・女子プロサッカーリーグWomen’s Super Leagueと2019-22年に年間1,000万ポンドでパートナー契約を結びました。なお当該契約は、その後増額のうえ2025年まで延長することとなっています。
この契約で注目すべきは、契約内容に各地の学校や女子サッカースクールでの普及活動の支援も含まれており、イングランド女子サッカー全体の底上げが図られている点です。プロというトップを輝かせるだけでなく、そのトップを生み出す裾野にも投資が行われているのです。Barclaysの投資開始から数年経つと、裾野から生まれた選手たちがトップで輝く側に回り、プロリーグの価値向上に貢献することが想定されます。これは、Barclaysのプロリーグへの投資のリターンの増加にもつながり得ます。企業のスポーツ投資へのリテラシーの高さが感じられます。
おわりに
Barclaysの例は、我が国の企業の女子サッカーやその他スポーツへの投資について考えるうえでも示唆に富んでいます。仮にスポーツ投資がESG目的だったとしても、投資はあくまでも投資であり、リターンがあってこそ成立するものです。企業側は、単にスポーツ団体が提示するパートナーシップメニューを選択するのでなく、自らのリターンを最大化させるために望ましいパートナーシップの絵図を描き、スポーツ団体と折衝しながらカスタムメイドすることが有効な手立てとなるといえます。
なお、我が国の女子サッカーの受け皿拡大の観点でいえば、ちょうど2023年度からスタートした部活動の地域移行がカギとなる可能性があります。部活動の地域移行は、これまで学校単位で教員監督の下営まれてきた部活動を、これからは地域単位で民間事業者の力を活用しながら運営することを目指すものです。教員の働き方改革を進めるのが主な趣旨でもありますが、これが進むことで学校単位では人数確保が難しかった女子サッカー部が地域単位で実現する可能性があります。
Jリーグから開示される各クラブの財務情報の欄にも、収益・費用の項目の中に「女子チーム」に関する項目が新たに追加されました。日本ではWEリーグが生みの苦しみともいえる状況となっていますが、世界のスポーツビジネスの潮流や国内の環境変化の兆しをしっかり捉え、飛躍のきっかけをつかめるかどうか、今後の展開にも注目です。